絵におけるリアリティとは

『誰でも描ける風景スケッチ9つのコツ~アニメ作品のテクニックに学ぶ』
12月15日発売 発行:NHKエンタープライズ 販売元:ポニーキャニオン 1万1,025円
(C)2010 NHK

――DVDでは、風景画を学ぶタレントさんたちも完全初心者でしたが、増山さんから見てどうでしたか。

増山「教えているうちに、お二方がどんどん上手になっていくのがわかりました。今、風景画講座で若い人やお年寄りに教えているのですが、あまり子供も大人も変わらないですね。義務教育の美術の時間に、技術を習得するという事としては、しっかり教えていないので。だからセンスだけで描くことになりますから、本当は教えたらちゃんと描けたはずの人も『自分は絵が下手だ』といった苦手意識を持ってしまうことになっていると思います」

――確かに、空を描くときのグラデーションの作り方などは、学校で教わった記憶はないですね。

増山「あれは、アニメーション独特の技法です。この業界の先人が試行錯誤して築き上げた技法のひとつです。PCならグラデーションツールで簡単に出来てしまいますが」

――アニメーション業界でも、やはりデジタルツールに依存している部分というのは多いのでしょうか。

増山「それは感じます。デッサンの基礎が出来ている人は問題ないのですが、デジタルツールはそれだけで描いている気分になりやすいんです。それでは、ある程度のレベルまでは描けるのですが、それ以上のリアリティが絵になかったり、画面全体に力がないということが多いんです」

――言葉で語っていただくのは難しいと思うのですが、「絵におけるそれ以上のリアリティ」とはどういうことなのでしょうか。

増山「自分がその場所にいるように感じるかどうか、画面の外にもその世界が広がっているように感じられるかということですね。ツールだけで描いていると、パーツの集合体のような作品になってしまうことが多いんです。フレームの外に何があるのか、どんな世界が広がっているのか、想像力を働かせないで作れてしまう部分がある。また、美しい風景を観ている時は、視界全部に意識がいっているわけではありません。印象を再現しようとすると、おのずと画面の中での主題と、それを取り巻くものとの描き分けが必要になります」

増山氏の描いた川面。後方の実景と比較してみて欲しい

――制作現場では、後進の方々にそういった技術は伝えているのでしょうか。

増山「そうですね。高卒の方でも、美大卒の方でも、関係なくそこは学んでいただかなくてはならないテクニックなので教えるほうも大変です。このDVDで紹介したような技法にしても、今まで隠していたわけでなく、どこも忙しくて公開する暇がなかったという感じではないでしょうか(笑)」

――確かに、このDVDはそのまま背景作画の教科書になるという感じもしますね。

増山「そうですね。デジタルでブラシツールを使うとしても、学ぶ部分はまったく同じですから」

――増山さんは、このDVDでは普段のお仕事と違って、実際の風景を観て描いているわけですが、そのふたつの作画に大きな違いはあるのでしょうか。

増山「ありますね。私は、元々スケッチが好きで絵を描いていました。みんな初めは誰からも強制されることなく絵を描いていたはずですから、仕事で描くのが全部となってしまうと、なぜ絵を描いているのか見失う場合もあると思うんです。生の風景を見て感動して描いていたのが、ただの仕事の道具になってしなうのは、もったいないことです。そうならないためにも、描く原点は常に意識したいと思っています」

――教科書ともいえるこのDVDを、どのように楽しんで欲しいですか。

増山「クリエイター志望の人で、アナログで絵を描きたい人には、筆使いなどがそのまま参考になると思います。デジタルで描く人にとっても、明暗の原理原則、パース、立体の解釈などは共通で使える法則なので活用して欲しいですね。とにかく、自分が肉眼で観ている風景がどのような物なのかを、普段から意識して見て欲しいです。クリエイターはそのツールを用いただけで、何となく出来たような気分になってしまうんです。『表現』はあくまでもなにかを伝えるという根本的なテーマがあって発生するもの。表現したいものに合わせて、技術というものは、本当にそれを使うべきか検証されるべきものだと思います」

――アニメーション業界に限らず、クリエイティブでは、デジタルでの作業が主流となっています。テクノロジーやテクニックに関しては、それを用いる理由や検証が必要というのは、確かに感じます。

増山「これから業界に入って、新しい技術を使うというだけで満足して、そこで終わらないでいて欲しいんです。アニメ業界がデジタル化しているといっても、ワークフロー自体はあまり変わっていません。アナログでやっていた処理をデジタルに置き換えているだけで、デジタルにとって最適のものは、まだ定着していません。新しい発想を持つ人が、アニメ業界に入ってきて、根本的にワークフロー自体を変える可能性もあります。そのためにも、その表現に最適な技術が何かという検証は常に必要だと思います」

――これから増山さんはどのような活動をしていきたいのでしょうか。

増山「会社を作った理由のひとつに、絵を描くだけでなく、『こういう作品があればいいのに』というような社会のニーズを埋めることをやっていきたいというのがあります。今回のDVDのように、媒体もアニメ作品に限らず書籍などもあるので、絵を軸に色々と展開していきたいですね」

「誰でも描ける風景スケッチ9つのコツ~アニメ作品のテクニックに学ぶ」より

インタビュー撮影:糠野伸

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