東京大学大学院工学系研究科の十倉好紀教授、理化学研究所(理研)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」の徳永祐介研究員らによる研究グループは、室温での「マルチフェロイック材料」につながる新しい材料を開発したことを明らかにした。

"マルチフェロイック材料"は、磁石の性質(強磁性)と誘電性(強誘電性)の性質を併せ持つ材料のことで、電場(電圧)により磁石の強度を制御でき、また、磁場によっても電気分極の強度を制御できるという、従来にはない機能を持つ材料で、現在、世界中で激しい競争が始まっている。

中でも、強磁性体としての性質と、らせん磁性体としての性質を併せ持った「円錐スピン磁性体」と呼ばれる特殊な種類の磁石では、強磁性体としての性質と強誘電体としての性質が特に強く結びつくことが知られているが、円錐スピン磁性体構造を取る転移温度が室温を超える物質はこれまでほとんど発見されておらず、さらにマルチフェロイックの特性を持つものという報告はなかった。

研究グループは今回、家庭やモータに使われているごくありふれた永久磁石(フェライト磁石)として用いられる「六方晶バリウムフェライト(BaFe12O19」に特殊な元素を微量に添加することで、室温においても円錐スピン磁石の構造を保つ物質の合成に成功した。また、同物質は、低温で磁場により電気分極の大きさや方向を制御することが可能であり、マルチフェロイック材料としての特性を示すことも確認された。

具体的には、高圧浮遊溶融帯単結晶作製法を用いて、Feイオンの一部をスカンジウム(Sc)イオンと極少量のMgイオンで置き換えたBaFe12O19の単結晶試料を合成することに成功した。

図1 作製されたスカンジウム置換六方晶バリウムフェライト単結晶

その後、理研にて、Scイオンの量を変えながら磁気的な性質を調べると同時に、JAEAの東海研究開発センター 原子力科学研究所の研究用原子炉「JRR-3」に設置された中性子散乱計測装置「TAS-1」を使用して同物質の磁性のもとになるスピンの並びを調べ、円錐スピン構造への転移温度が最大で97℃まで上昇することを突き止めた。

図2 今回の研究対象となったスカンジウム置換六方晶バリウムフェライトの結晶構造と磁気構造。左のBaFe12O19は、六方晶フェライトの中で最も単純なM型と呼ばれる構造を取っている。真ん中はスカンジウム置換六方晶バリウムフェライトにおいて磁場を加えない状態で実現される円錐スピン構造の模式図。ここでは、らせんが進行する方向([001]方向)と円錐の向き(強磁性モーメントの向き)は同じで、電気分極は持たない。右図は磁場により円錐を[001]方向から右方向に傾け、紙面手前方向に電気分極を生じた状態

さらに、低温で電気分極の磁場依存性を調べた結果、これらの物質が磁場により大きさや方向を制御可能な電気分極を発生するなど、マルチフェロイックス物質としての性質を示すことを確認。

加えて、強磁性モーメントの方向を磁場で反転した際の電気分極の振る舞いが、温度やScの濃度によって異なることも明らかにした。

図3に示された温度によって変化する典型例を見ると、磁場により誘起される電気分極の符号が、らせんの巻き方(右巻き・左巻き)とスピンの作る円錐形が傾く方向とで決まっているというすでに知られている事実を含め、この振る舞いの変化は、強磁性モーメント(スピンの作る円錐の方向)が磁場によって反転する際に、らせんの巻き方が右巻きと左巻きとの間で入れ替わるか、それとも保存されるかが、温度によって変わっていると考えられる。

図3 磁場による電気分極の制御。磁場を[001]方向から45°傾いた方向で振動させることで、結晶に誘起される電気分極の時間変化を調べた。-263℃では磁場とともに分極が符号を変えるのに対し、-243℃では磁場を反転しても分極の符号が保たれている

このように、この物質においては、磁場と温度を変えることによってらせんの巻き方(右巻き・左巻き)と磁気モーメントの方向(プラス・マイナス)の関係が制御可能であることが明らかになった。

図4 強磁性モーメント(円錐の向き)の反転に伴う、らせんの巻き方の変化。-263℃では強磁性モーメントを磁場により反転する時に、らせんの巻き方は右巻きと左巻きとの間で入れ替わる。これに対して-243℃では、らせんの巻き方は磁気モーメントが反転する際に保存されている

なお、研究グループでは、今回の成果は、マルチフェロイック特性の室温動作に向けた重要な設計指針を与えるもので、将来的には低消費電力で高集積なメモリデバイスなどへの応用が期待されるとしているものの、同物質は室温では絶縁性が十分でないため、室温での電気分極発生を確認することはできなかったとのことで、今後は、室温動作に向けて試料の絶縁性の向上などの改善を目指すほか、室温で磁場を加えなくても強磁性体としての性質と強誘電体としての性質の両方を示す物質の開発を目指すとしている。