富士通および富士通研究所は6月3日、独自の"空洞"構造を有するInP高電子移動度トランジスタ(HEMT)において、94GHzのミリ波帯で、トランジスタ自体から発生する雑音を従来比約30%減となる0.7dB以下に低減することに成功したことを発表した。
30GHzから300GHzのミリ波と呼ばれる電波は、薄壁や布地を通り抜ける性質(透過性)を備えており、各国の主要空港などで採用が進められているセキュリティ向上のためのイメージセンサなどで用いられているほか、商用無線局が少なく広い周波数帯域を確保しやすいことから、数Gbpsを越す大容量データの伝送にも適した電波として、光ファイバ網の敷設が困難な地域における基幹回線の代替としても期待されている。
イメージセンサは人や物体が放射する微弱なミリ波を受信する必要があり、一方のミリ波の大容量通信装置も送信機から送出され空中を伝播するうちに弱まった電波をキャッチする性能が必要で、いずれの用途においても、微弱なミリ波を受信できる高い感度を実現したミリ波帯受信機が求められていた。
こうした受信機側の高感度化には、内部の増幅器に用いられるHEMTで高い信号増幅率とともに発生する雑音を抑える必要がある。従来は高い信号増幅率と低雑音性を得るために、HEMTを微細化する手法がとられてきた。しかし、微細化には特殊な加工装置が必要な上、歩留りや均一性の低下を招くことから限界があった。そこで富士通ら研究チームは、従来とは異なる手法として、雑音発生メカニズムの解析に基づく独自の低雑音化技術を開発した。
具体低には、従来のInP HEMTでは、ゲートとソース・ドレイン間の結合容量が大きいと、ミリ波帯での信号増幅率が下がるという問題があったが、ゲート電極周辺部の層間絶縁膜を除去して"空洞"を形成、結合容量を低減した。同技術は、総務省委託研究としてInP HEMTの高速化を目的に開発したものだが、"空洞"による結合容量の低減が低雑音化にも有効であることが初めて実証されたものとなる。
また、HEMTのゲート電極は雑音発生源となるため、雑音を低減するにはゲート抵抗の削減が効果的であり、家庭用衛星放送受信機などに用いる低周波用HEMTでは、微細電極の上部に低抵抗のヘッド電極をのせたT型ゲートにより、ゲート抵抗を下げ、低雑音性を実現している。しかし、94GHz帯では、低抵抗のT型ゲートを用いても、T型ゲートとソース・ドレインとの距離が狭まるため、かえって結合容量による雑音が増大してしまっていた。今回、94GHz帯においても"空洞"構造を適用することで、T型ゲート利用時の結合容量を低減できることを確認。さらに、T型ゲートのヘッド長を大きくすることで低雑音化が可能となることも実証した。
これらの技術を用いて、ゲート長75nmのInP HEMTを試作。動作結果として、従来に比べてトランジスタ内部雑音を30%カットすることに成功。トランジスタ内部雑音の指標である雑音指数は0.7dBを下回る性能を実現した。
このHEMTを用いて増幅器を構成することで、ミリ波帯受信機の感度が向上し、イメージセンサでは画像取得時間のほぼ半減が可能となるほか、ミリ波大容量通信装置でも通信距離が約20%伸びる効果が期待できるという。
なお、両社では今後は、開発した低雑音InP HEMTを用いた増幅器を高性能イメージセンサや大容量通信装置への搭載を進めることで、2012年に実用化を進める予定とするほか、電波天文や地球環境観測などの分野にも展開していく計画としている。