次に、グローバルプロジェクトの共通言語としてのSAPを見ていきましょう。

英語によるコミュニケーションが苦手な日本企業にとって、グローバルシステム導入における最大のチャレンジは、英語でコミュニケーションをとりながらプロジェクトを進めていくことです。日常的なコミュニケーションだけでなく、企業の業務プロセス設計をすべて英語の専門用語で進めていくことは、ネイティブスピーカーにとっても非常に難しいのですから、日本人にとってはなおさらといえます。さらに、同じ企業に所属していたとしても、国が変わると言葉の使い方やルールなど、前提となる考え方が異なっていることが多いのが現実です。そのため、プロジェクト進行中に議論が噛み合わないことや後戻りすることが少なくありません。

ですがSAPをグローバルシステムとして選択する場合、SAPシステムがプロジェクトの共通言語となり、こういったコミュニケーションの問題の多くを解決してくれます。これには3つの特徴があります。

第1に、SAPシステムの持つ業務モジュール(財務会計、管理会計、販売管理、購買・在庫管理、倉庫管理、生産計画・管理など)や、ひとつひとつの業務トランザクション(受注登録-VA01、入庫転記-MIGOなど)などSAPシステムの持つ標準業務・機能が、全世界で共通であることです。

SAPシステムの構築において、業務プロセスの設計を行う際、SAPシステムにログインし、実際の画面を参加者で共有しながら検討を進めていくカンファレンスルームパイロット(CRP)というやり方を採用することが多いのですが、このやり方はまさにSAPシステムを共通言語として活用しながら、国や言語やバックグランドの異なるプロジェクトメンバー間の認識を共有化していく、SAPシステムならではの強みであると言えます。

第2に、SAPシステムという共通言語は、システム導入時のスコープ定義においても大きな役割を果たします。

より具体的に解説しましょう。海外では一般的に、システム導入を行うコンサルティングカンパニーやシステム導入ベンダは、そのスコープをきわめて厳格に、かつドライに定義します。その契約形態も日本のような一括請負形式(定額計画)ではなく、タイム&マテリアル形式が一般的です。仮に一括請負形式で契約する場合も、コンティンジェンシー費用(予測されないリスクに対する保証)を契約に含めることやスコープ増加に対して確実に追加費用を請求することで納入業者側のリスクを担保します。

SAPのようなパッケージ製品を使わずに、システム導入を行う際のスコープ定義と費用見積りは、スコープ定義の前提となる言語(コミュニケーションとしての言語、システム構築の考え方/見積り前提)が統一されないため、非常に難解となります※。システムのグローバル導入を推進したい企業にとって、システム導入費用が正確に見積もれないこと、また見積もったシステム導入費用が都度変動してしまうことは大きなリスクとなります。

※ とくに注意が必要なのが、多少のスコープのズレをサービサー側の努力で消化してしまうのは日本固有の文化であり、海外では通用しないという点です。

SAPシステムの場合、システム構築スコープを定義する際に、導入対象となる業務モジュール、業務トランザクション、及び標準の業務トランザクションで実現できない機能に対する追加機能(アドオン)の対象範囲/数/内容を定義します。1つの業務トランザクションに対して、設定、マスタデータ投入、単体テスト、操作マニュアル作成、…と作業内容が標準化されているため、スコープ定義の精度は非常に高くなります。また、追加機能(アドオン)についても、標準機能との乖離(ギャップ)により導かれるため、対象業務/数/内容をより正確に見積もることが可能となります。

当然、SAPシステムの導入であっても納入業者側の作業範囲などをきちんと定義する必要はありますが、共通言語を用いてスコープ定義を行うことで、精度の高さはパッケージ製品を使わずにシステム導入を行う場合を比べて、飛躍的に向上します。

最後が、SAPシステムの導入を進めていく際の方法論であるASAPロードマップという共通言語です。

国内のコンサルティングカンパニーやシステム導入ベンダは、システム導入方法論を有していますが、システム導入の各フェーズでの作業名称、作業内容、成果物が企業ごとに異なっているのが現状です。当然、クライアント企業や協力会社との間で、システム導入方法論の言葉の定義を合わせることは非常に困難といえます。使用言語が日本語であり、コミュニケーションが国内に限定されたプロジェクトにおいてすら、そういう状況なのですから、英語でのプロジェクト推進が一般的なグローバルプロジェクトでは、なおさら言葉の統一が困難なのは言うまでもありません。

一方で、SAPシステムの導入方法論はASAPロードマップで全世界共通です。たとえ、言語が異なっていても、作業名称、作業内容、成果物を統一することができるため、プロジェクトの推進に与えるメリットははかりしれないといえます。