東京大学の染谷隆夫教授を中心とした研究チームは折り曲げ、伸縮可能なアクティブマトリクス駆動型有機ELディスクプレイの作製に成功、その成果を5月11日の英Natural Materials誌(オンライン版)で発表した。このディスプレイは自由曲面や可動部の表面にも貼り付け可能で、さまざまな用途での応用が期待されている。

伸縮性有機ELディスプレイを折り曲げて持つ染谷教授(左)と折れ曲がった有機ELディスプレイの拡大画像(右)

同研究チームでは、ゴムシート上に有機EL素子、それを選択・駆動するための有機トランジスタを、カーボンナノチューブ(CNT)を利用した伸縮する導電性の新素材(伸縮性導体)による配線を利用して集積、アクティブマトリクス型の有機ELディスプレイを実現した。今回作成したディスプレイは、フレキシブル・フィルムの小片に、有機EL素子1個と同素子の駆動用有機トランジスタ1個、同素子を駆動素子として選択するための有機トランジスタ1個およびキャパシタを組み込んで画素(有機ELセル)を構成、同画素を16×16個配置している。

今回開発された伸縮性有機ELの構造イメージ図

各画素を5mm間隔で格子状に並べ、有効面積10cm×10cmのディスプレイとした。有機EL素子の輝度は最高発光強度は5000cd/m2以上。有機トランジスタはチャネル材料にペンタセンを採用、チャネル長20μm、チャネル幅6mmの構造としている。有機EL素子、有機トランジスタは塗布プロセスを中心に形成されている。

画素数16×16で、実際に折れ曲がりながらも発光が可能

このディスプレイは各有機EL素子の輝度は一般的な銅配線の有機EL素子と比較しても約10%しか減少しておらず、30~50%引き伸ばしても機械的・電気的な劣化はない。球面上に同ディスプレイを貼り付けた上でのアクティブマトリックス動作も確認している。

配線の違いによる性能の違い(左)とCNT含有量と引張ひずみの相関関係(右)

このディスプレイ実現の鍵となったのが、印刷により伸縮性導体配線形成(プリンタブル伸縮性導体)を可能にした点である。伸縮性導体は、単層CNTをイオン液体で溶きほぐしたペースト状の導電物質(バッキーゲル)をフッ素系ポリマー(3元系フッ素ゴム)に分散させることで作られる。染谷教授らは2008年8月にも伸縮性導体を発表しているが、その時点ではプロセスに超音波を利用しているためにCNTが短くなり、材料の粘性が低く、印刷することができなかった。

左が従来の伸縮性導体、右が新開発の伸縮性導体(粘性が高く、ひっくり返しても下に落下しないのが見て取れる)

今回は対抗するジェットミル法を利用した独自技術により、細いが一定の長さを保ったCNTを、ポリマー中に均一に分散することをできるようにし、高粘性のペースト材料を実現した。ジェットミル法はインクジェット・プリンタのトナーの形成などに利用されるもので、ノズルから噴射される高圧の空気・あるいは蒸気を粒子に衝突させ、その衝撃によって粒子を粉砕、数μm~nmレベルの微粒子とする技術。今回は対抗するノズルからイオン溶液とCNTを噴射、衝突させることで一定の長さを保ったCNTを持つバッキーゲルを形成、同ゲルをポリマーと混合を行うことでCNTの均一な分散を可能にし、高粘度化を達成した。また、分散効率が高まるため、使用するCNT量を20%から5%へと大幅に削減することも可能となっている。

プリンタブル伸縮性導体はバッキーゲルとフッ素系ポリマーを混合させる

ジェットミル法を用いて作製

今回開発したプリンタブル伸縮性導体は導電率102ジーメンス/cm2という高導電性と伸縮率118%を実現した。スクリーン印刷で形成した配線の精度は100μmを達成、さらに微細化も可能であるとしている。また、印刷技術であるため量産性、コストダウンの点でも実用化に適している。

実際に印刷法で作製した伸縮性導体

プリンタブル伸縮性導体の電子顕微鏡写真

一方、個々の有機EL画素についても、フレキシブル有機ELディスプレイの技術を有する大日本印刷(DNP)も研究チームに加わり、新規技術による改良が進められた。特に伸縮に伴う有機EL素子のバリア性が損なわれることが問題となるため、水、酸素が発光層に侵入することによる発光特性の劣化を防ぐ、新しい封止構造の開発を行った。

研究にたずさわった大日本印刷のアンビエントエレクトロニクス研究所長である前田博己氏(左)と、実際に同社が開発した部分

今回の研究による伸縮性ディスプレイを自由曲面に貼り付けることにより、さまざまな機器の表面を電子化することが可能になる。それにより、人や外部の機器、モノ、環境とのインタラクティブでユビキタスなエレクトロニクスの実現が期待される。