タイトルやキャストといったテキスト情報と、映像とを組み合わせた映画の冒頭部分を「タイトルバック」と呼ぶ。今でこそタイトルバックは映画本編の一部であり、また独立した映像表現としても浸透しているが、そうした常識を創ったのが天才グラフィックデザイナー、ソール・バスだ。バス自身がタイトルバックの制作意図を解説している作品集『ソール・バスの世界』がDVDで発売された。このDVDには、彼が遺した数々の作品のうち『黄金の腕』(1955年)や『グラン・プリ』(1966年)など、計10作品のタイトルバックが収録されている。

『荒野を歩け』(1961年)のタイトルバック。ソール・バスのタイトルバックは、ひとつの作品として評価された

タイトルバックの歴史を創ったソール・バス

無声映画の時代からキャストやスタッフのクレジット表記は存在していた。しかし当時のタイトルバックは名前を羅列しただけの味気ないもので、映画本編とは切り離して考えられていた。観客は関心を示さず、本編が始まるまでは映写技師の判断で劇場の照明を消灯しないこともあったという。そうした風潮に新たな概念を吹き込んだのがバスだ。彼は「映画の冒頭から作品のムードを伝え、魅せるべき」という信念を持っていた。本編から独立した作品として、また物語にスムーズに導入するシークエンスとして、観客を飽きさせない表現を、タイトルバックの世界で追求したのである。

例えばバスの代表作のひとつ『黄金の腕』。タイトルバックの歴史を変えたといっても過言ではないこの作品でバスは、主演のフランク・シナトラを差し置いて、メイン・ビジュアルを大胆にもグラフィックのみで構成した。不条理で支離滅裂な薬物依存症の主人公を表現した、ねじれた腕。映画音楽家エルマー・バーンスタインのジャジーなBGMに合わせて動くラインの描写。バスはこの作品で、映画のオープニングに対する固定概念を根底から覆し、タイトルバックもまた映画を楽しむ一大要素であると観客に印象付けた。…続きはこちら

『黄金の腕』のタイトルバック。キャストの登場しないタイトルバックは当時としては斬新なものだった