消費者利益保護は置き去りに

中国で情報通信業界を管轄する信息産業部の統計によると、2007年末時点で中国には5億 4,700万の携帯電話ユーザーがいる。モルガン・スタンレーの推計では、中国で違法に送られる迷惑ショートメッセージの件数は1日10億件にも上るという。迷惑ショートメッセージ1件を1年にわたって送信するための通信料金を1元と仮定すると、キャリアは毎年迷惑ショートメッセージだけで10億元(約150億円)の収入を得ていることになる。迷惑ショートメッセージによる最大の受益者は、やはりキャリア自身だったのである。

自らの利益に関わるようなことがあった場合、キャリアはすぐさま対応措置をとる。例えば、河南省・鄭州で起こった一枚のSIMカードによる悪意の巨額料金滞納事件について、通信キャリアはそのカードを特定。当局と共に容疑者を探し出して警察が逮捕、「国家財産の着服」と大きく報じられた。おそらく、単に一般の携帯電話ユーザーの利益にかかわることにすぎなければ、キャリアの反応はこれほど素早くはなかったことであろう。

通信業界通の間では、第三者による監督が機能しないため、キャリアとSPの間の不正常な関係を規範化することは難しいとされている。消費者の利益保護を主旨とする「3.15」のような運動にもこうした関係を直接牽制する効力はなく、しかも年に一回の行動では役には立たない。

巨大な闇のビジネスチェーンが、携帯キャリア、SP、広告事業者、海賊版の携帯電話メーカーなどの間で出来上がっているのが、いまの中国の携帯業界の姿なのである。

実名制導入には慎重な議論が必要

いま、中国は「実名制の時代」に入ろうとしている。銀行貯金実名制、ネットカフェ利用実名制などが既に実施されており、今度は携帯電話にも実名制を導入しようということが検討されている。

確かに、違法、詐欺紛い、売春紹介などの迷惑ショートメッセージを抑制することで携帯キャリアの経営を正常化し、携帯ショートメッセージによる違法行為などを摘発する面で、携帯電話実名制は大きな役割を果たすだろう。

しかし、携帯実名制の実施には反対意見も多数ある。例えば、実名制を実施しただけで果たして現在の携帯電話による犯罪行為を抑止することができるのだろうかという意見だ。また、ユーザーの身分証明証データのセキュリティはきちんと守られるかなどといった意見もある。

携帯実名制が実際に導入された場合、電話番号と姓名、身分証明証番号などの情報がセットとなり、個人情報が構成される。だが、携帯の利用者には自らのプライバシーを守る権利があり、職務上そのプライバシーに接触する人に対しプライバシー保護を求める権利があるはずだ。

そう考えると、第一に襟を正すべきは携帯キャリアと代理業者だ。彼らは利用者の携帯電話に関わるプライバシーに直接接触するため、個人情報の保護に最大の責任を持つべきである。そしてより重要なことは、公権力機関、とくに公安機関のいたずらな権力行使からいかに携帯電話ユーザーのプライバシーを守っていけるかという点にも、十分な吟味が求められると思う。

個人情報が万が一漏洩した場合の司法責任をどうするかといった、実施にあたっての細則もまだなんら発表されていない。違法行為を取り締まるために導入する実名制が、かえってより深刻な個人情報の侵害につながらぬよう、社会全体で実施方法を検討する必要に迫られているといえよう。