Masterworks発表は、企業でのスーパーコンピューティングの適用事例を発表するもので、今回のSC07では、14件のMasterworks発表が行われた。これらの発表はいずれも興味深いものが多いのであるが、SCは7会場程度で並列にセッションが行われるので、一人で取材していると、一部の発表しか聞くことが出来ず、今回聞いたのは、BMW SauberチームのHigh Performance Computing: Shaping the Future of Formula Oneと題する発表である。発表者はBMW Sauber F1レーシングチームのHead of CFDという肩書きを持つTorbjorn Larsson氏である。CFDはComputational Fluid Dynamicsの略で、コンピュータによる流体力学計算を意味している。

F1レーシングカーも、航空機と同様に、従来は風洞による実験で開発されて来たが、最近ではコンピュータシミュレーションが実用的な精度になり、BMWでは2台目の風洞の建設を止め、スパコンでの解析を行うことを選択したという。筆者には、Head of CFDなどという肩書きがF1チームにあるということ自体が驚きであった。

F1の空力設計について発表するBMW SauberチームのHead of CFDのLarsson氏。

F1コースを周回するタイムを決める重要要素は、車体重量、エンジン、タイヤ、空力設計、ドライバーである。しかし、車体重量は600Kg以上、エンジンは2.4Lという制約があり、エンジンはこのところ進歩が止まっている。また、タイヤも各チームとも条件は同じで、天候やコースに合わせてどれを選ぶかという程度である。また、ドライバーの技量の差もタイムとしては0.5秒程度の差でしかない。従って、勝敗を分けるのは空力設計であるという。多少、Head of CFDの我田引水の感が無くも無いが、理解できる話である。

F1カーでは、最高速度の350Km/hで走ると、ウイングなどの空力パッケージで、車体重量の3倍の1.8t程度のダウンフォースを発生する。これが路面とタイヤの摩擦を増加させ、加速や減速性能を左右するという。バルセロナのコースを、最適に設計された空力パッケージで走ると74.1秒で周回できるが、シミュレーションでダウンフォースをゼロにすると、加速や減速に時間が掛かりタイムは93.07秒に伸びてしまう。ダウンフォースを発生するウイングなどは空気抵抗(ドラッグ)生み出し車速を落とす。しかし、ウイングなど取り除けば最高速度は上がるが、ダウンフォースが無くなるほうが影響が大きく、ドラッグが無くなったとしても、タイムは91.47秒にしかならないという。

F1の設計では1B(10億)セルの流体解析を一日に1000程度の異なる条件設定について行う必要があり、スパコンが必要になる。F1レーシングカーは毎年新しくなるし、年間17レース行われるコースごとに条件が違うので別個の計算が必要となり、1回計算をやれば終わりではなく、毎回計算が必要という。航空機とは違い実寸のモデルを入れられるので風洞実験の精度は高いが、追い抜きなどでは先行する車の発生する乱流を受け車の空力特性が大きく影響を受けるが、風洞でこのような条件を再現することは困難であり、スパコンによる数値解析による設計が必須という。

先行車の発生した乱流をかぶる状態のシミュレーション結果。