高級ワインの産地の一つとして知られるアメリカ・カリフォルニア州の産地ナパ・ヴァレー。銘醸地として特に有名なナパ・ヴァレーでは、1本5万円を超えるような高級ワインがごろごろ生まれています。数々の傑作ワインの中でも特に長い歴史と伝統を持つ赤ワイン「インシグニア」の最新ヴィンテージ、2022年産がこの度お披露目されました。
ブルガリ銀座タワーで20日に行われたローンチイベントには、インシグニアの生産者であるジョセフ・フェルプスからデイヴィッド・ピアソンCEOが来日。さらに、大ヒットワイン漫画『神の雫』の作者である亜樹直として、樹林ゆう子氏と樹林伸氏も登壇し、ローンチしたばかりのインシグニア2022を含む4つのヴィンテージについて“神の雫的コメント”を寄せました。
今回は、そのインシグニア2022ローンチイベントの模様をレポート。トークセッションや試飲の感想をお届けします。
「インシグニア」を生み出したジョセフ・フェルプスとは?
ジョセフ・フェルプスは、同名のワイナリーの創設者です。彼はアメリカの大恐慌時代に生まれ、父親が経営していた建築会社を引き継いで事業を成長に導きました。そして、会社経営の傍らで取り組んだのが、ワイン造りという夢だったのです。
著名な醸造家であるロバート・モンダヴィや、老舗ワイナリーオーナーのジョー・ハイツらがジョセフ・フェルプスに協力し、1973年にワイナリーを建設。ワインの生産と販売を開始しました。
ジョセフ・フェルプスのワインはその品質の高さから瞬く間に話題となりました。初年度にリリースしたヨハネスブルグ・リースリングという白ワインは、著名な評論家から「私が飲んだこの品種のワインの中で世界一」と絶賛されています。
そんな彼が自らのフラグシップとして生み出したのが「インシグニア」。カベルネ・ソーヴィニヨンを主体とした赤ワインで、卓越した品質を象徴するという意味から「インシグニア(記章・しるし)」と名付けられました。実売価格は約5万円の超高級ワインですが、風格あるラベルと豊かな物語性で、贈答品としても人気を集めています。
当時のインシグニアは、様々な点で画期的でした。たとえば、高級ワインになればなるほど、単一の畑で栽培・収穫したぶどうを使うのが一般的でしたが、インシグニアは「複数の畑から最高のぶどうをブレンドして理想の味をつくる」という手法を採用したのです。
また、ワイナリー名やぶどう品種をそのまま商品名にすることが多かった時代に、独自の“ブランド名”を付けた点も革新的でした。今でこそオーパス・ワンやドミナスなど似た発想のワインが存在しますが、インシグニアはその先駆けと言えます。
現在、ジョセフ・フェルプスはナパ・ヴァレーの8つの畑を所有し、それぞれの特徴を生かしたぶどうを緻密にブレンド。芸術作品のようなインシグニアを造り上げています。
2022年ヴィンテージはミルキーで蠱惑的、今すぐ飲んでも極上の体験ができる
イベントでは、最新を含む4年分のインシグニアが提供されました。最初にテイスティングしたのは、今回リリースされたばかりの2022年ヴィンテージ。ピアソン氏によると、9月初旬の熱波が特徴的な年だったといいます。
熱波で気温が上がると、ぶどうは熟しすぎてワインに適さなくなる恐れがあるため、収穫時期の見極めがポイントになります。ジョセフ・フェルプスでは、熱波が過ぎ去るのを待って収穫。その結果、十分に熟しながらも過熟を避けた絶妙なバランスで仕上げることに成功しました。
2022年ヴィンテージのインシグニアについて、樹林ゆう子氏と樹林伸氏は「登山家を誘う魔女のささやき」と表現し。「取っ掛かりは優しく誘ってくれるが、深みにはまると出られなくなる。時間の経過と共に、森の香りが漂い、魔女に誘惑されるようなワイン」とコメントしました。
筆者のテイスティングでも、思わず吸い込まれそうになる甘い果実や花のような蠱惑的な香りが印象的。渋みはしっかりしているのに口当たりはなめらかで、ミルキーな温かみを感じさせます。高級赤ワインはよく熟成させるべきと言われますが、2022年は今すぐ飲んでも極上の味わいが楽しめるヴィンテージです。
2021年の品質はトップクラス、熟成させてから飲みたい
続いて2021年ヴィンテージを試飲。2022年とわずか1年違いながら印象が大きく異なり、凝縮感と渋み、ボリューム感が際立つ仕上がりでした。樹林両氏はオリエンタルスパイスの香りと長い余韻を挙げ、このヴィンテージを「夜通し響き渡る和太鼓」と表現。この日テイスティングしたインシグニアの中でも、「特に気に入った」とコメントしています
筆者もその完成度の高さを明確に感じました。スケールの大きなワインで、個人的には10年ほどは熟成させるべき一本です。現在は鉛筆の芯のような香りやスパイスの香りが強く、渋みも多いため、飲みづらく感じる人もいるかもしれません。しかし、長期間の熟成によって、他のどのヴィンテージも及ばないほどの高みに達するでしょう。
2019年ヴィンテージは料理と合わせて楽しみたい
ナパ・ヴァレーでは2020年と2017年に山火事があり、ぶどうの品質に影響が出ました。2019年ヴィンテージは、そんな山火事の年に挟まれた特別な年のワインです。
ピアソン氏によると、2019年はやや寒い年だったそうです。冷涼な年の赤ワインは、温暖な年ほどボリューム感が出ず、上品な仕上がりになりがち。濃厚さよりも繊細さを感じさせる味わいです。
樹林両氏は2019年ヴィンテージを「今日のインシグニアの中でもっともボルドー(フランスの赤ワインの銘醸地)的」と評価。シナモンのような独特な香りの個性があり、夕暮れ時のような温かく柔らかな雰囲気を感じさせることから、「夕方の玄関先で母親が『行ってらっしゃい』と送り出してくれたときに感じる安心感と寂しさ」と表現しました。
2019年がやや線の細い仕上がりという点は、筆者もそのとおりだと感じました。他のヴィンテージと違い、青い植物のような香りが明確に感じ取れます。この香りが清涼感となり、エレガントなフランスワインに似た雰囲気を醸し出しています。ワイン単体というよりは、レストランなどで手間を掛けて作られた料理に合わせて真価を発揮する一本だと感じます。
2016年ヴィンテージは“眠れる才能”、あと10年待ちたい
最後にテイスティングした2016年は、特筆すべきトラブルのない、理想的な年だったといいます。9年が経過し熟成が進んだ今、香りや味が一時的に閉じこもる“閉じた”状態にあるとのこと。ピアソン氏は「1997年に似ている」と語りました。
樹林両氏は2016年ヴィンテージについて、「多彩な色の花が咲き誇る前の花畑。またはこれから走り出していきそうな元気に満ち溢れた少女」と表現。完成前のワインの生命力を見事に捉えていました。
筆者の印象でも、今はまだ内なるエネルギーを蓄えている段階。10~15年後には偉大なワインとして花開くポテンシャルを秘めています。
ジョセフ・フェルプスが注力する再生農業
イベントでは、ピアソン氏がワイナリーの哲学についても語りました。
ジョセフ・フェルプスでは、アグロエコロジー(再生農業)に注力し、自然と人間の共生を重視したワイン造りを進めています。単一作物栽培による生態系の破壊や化学肥料への依存といった従来型農業の課題を指摘し、「自然をコントロールするのではなく、リスペクトする」姿勢を強調しました。
こうした理念のもとに生まれるインシグニアは、カリフォルニアの自然と人間の調和が息づく芸術品とも言えるでしょう。





