フェムトセルを手にするソフトバンクモバイルの宮川潤一CTO

ソフトバンクモバイルは2日、6月29日に発表した小型基地局「フェムトセル」を利用する通信システムの実験についてデモ展示会を開催し、そのねらいと今後の見通しについて、同社取締役専務執行役員兼CTO技術統括でインドアソリューション本部長の宮川潤一氏が説明した。技術検証と法整備が順調に進んだ場合、来年春にもフェムトセルを利用したサービスを開始したいとしている。

宮川氏は同社3Gエリア展開の現状について、46,000局の計画に対して同日現在約42,000局が開局しており、当初予定よりは遅れながらも9割以上の整備が進んでいると紹介したが、一方でエリアに対する利用者の要求もより高いものになっており、最近では「アンテナのバー表示が2本では足らず、3本ではじめてユーザーは満足する」(同氏)のが実情だと話す。フェムトセルはブロードバンド回線さえあれば、それに接続するだけで携帯電話の基地局として動作するので、山奥のペンションといった場所でもサービスエリアにできるほか、家の中で特定の部屋だけ電波が弱くて携帯電話が使えないといった場合でも、その部屋をアンテナバー3本が立つ環境にできる。

加えて大きなメリットとなるのが、基地局のネットワーク帯域を1台の携帯電話で独占できることだ。宮川氏によると、1基を数百人で共有する従来の基地局では、せっかく電話機が3.6MbpsのHSDPA通信に対応していても、実効速度が1Mbpsも出ないことも多いというが、フェムトセルでは携帯電話と基地局の関係がほぼ1対1になるので、インフラとなるブロードバンド回線の帯域内で最大の速度を得ることができる。実験では最大1.8Mbpsの通信に対応したチップセットが利用されているが、サービス開始までには3.6Mbpsに対応し、将来的にチップセットが安くなれば7.2Mbpsへの対応も視野に入れる。

従来からある3G携帯電話とブロードバンド回線にフェムトセルを追加するだけで室内のエリアが拡大する

ソフトバンクモバイルでは通信全体の約8割が屋内におけるものということで、フェムトセルの普及が進めば従来の基地局の負担も減り、結果的に屋外での通信もより快適になることが期待できる。宮川氏は「基地局は46,000局で完成ではなく今後も整備を続けていくが、月額980円のホワイトプランを提供するソフトバンクが(ネットワーク容量を従来のマクロセル型基地局で)追いかけていくのは厳しいので、トラフィックを屋内に抜いていく」と説明する。

実験では、インフラにはソフトバンクBBのYahoo! BBを利用しており、サービスが開始された場合もYahoo! BBが最初の対応ISPになる見込みだが、接続元を制限する予定はなく、例えばNTT東西のフレッツ網を利用しているユーザーであっても、フェムトセルにLANケーブルの接続さえ行えば、ソフトバンクモバイルの基地局として利用できるようなサービスにしたいとしている。

将来はフェムトセルを足がかりに家庭内ネットワークへ進出

ここまでが従来の携帯電話サービスの品質を向上させるための内容だが、宮川氏は、その後に控えるさらに大きな将来の構想についても明らかにした。

Yahoo! BBの利用者には専用のADSLモデムが提供されているが、同氏は「これまでモデムを500万台配ってきたが、本当に実現したかったのはモデムのホームサーバー化。しかしコストを優先したので搭載メモリのサイズはそんなに潤沢ではなかった。HDDでも積んでいたら、レコーダーとして、家電のコントローラーとして使えたかもしれない」「フェムトセルでは同じ失敗はしない。その後ろにどんな端末がつながるかまで考えて、FMC(固定通信と移動体通信の融合)やホームターミナルとしての使い方を徹底的に追求する」と話し、各戸に備え付けたハードウェアをゲートウェイとして利用するサービスの提供が真のねらいであるとの考えを示す。固定通信のADSLだけでは実現できなかったサービスに、今度は移動体通信の携帯電話からアプローチしようとするものだ。

宮川氏は「『ドコモはおサイフケータイ、auはエンターテインメントコンテンツがあるが、ソフトバンクは何をやるんだ』と問われることが多い」と話すが、それに対するひとつの回答がこのフェムトセルであり、「音声定額、データ定額なんてものではなく」(同氏)、あくまで電話としての音声通信やメールを中心に据える既存通信事業者では発想できない「次の産業を産業を作っていかなければいけない」(同)と説明。フェムトセルは、携帯電話のエリアを広げたいという事業者側・利用者側に共通するニーズを通じて、同社のサービスターミナルが家庭の中に入っていくための新しい道筋になる可能性がある。

将来的にはフェムトセルが家庭のゲートウェイとして機能する。さらに、ソフトバンクBB、ソフトバンクテレコムの回線とバックボーンを共通化し、FMCサービスを提供する

課題は法制度 - 現行法ではサービス不可

今回、一応の技術的な見通しが付いたことで実証実験を開始したが、解決しなければならない課題は多い。技術的には、フェムトセルを設置したことによって既存基地局の通信に影響があったり、複数のフェムトセルが近くにあった場合互いに干渉したりしてはいけないので、それをどう調整するか、また、利用者がPCで大きなファイルのダウンロードを始めたら帯域不足で電話が切れてしまった、というようなことが起きてもいけないので、利用者宅やISPネットワーク内におけるQoSをどのように実現するか、といった問題がある。

だが、現行の法的規制との整合性をどのように確保していくかという課題のほうが、さらに大きいとも言える。従来の基地局の場合、その先につながる回線はすべて携帯電話の事業者が用意したもので、ソフトバンクモバイルがこれまでビル内などに設置してきた小型基地局の場合も、同社の事業用回線が接続されていた。しかし、フェムトセルの場合はユーザー名義のADSL回線に基地局設備を接続することになり、日本では現在のところこれは認められないという。

また、従来の携帯電話の基地局には、利用者に安定的なサービスを提供するため、停電しても3時間以上動作できるだけの非常用電源の設置や、自由な電源断/入や移動の禁止など、さまざまな条件が科せられている。現在同社が提供している家庭用の簡易中継機「ホームアンテナ」ではこれらの条件を守るため、電源にカバーをかぶせて利用者が勝手に電源を切ることができないようにするなどしていたが、フェムトセルの大量展開を前提にすると、こうした規制をすべてクリアするのは現実的でない。

フェムトセルを想定していない現行法の規定を全部守ろうとすると、大量展開を行うことは現実的には不可能になる

携帯電話は新機種が毎月のように発売されるので、フェムトセルのファームウェア更新も頻繁になる。Yahoo! BBで得たノウハウを投入する

同社では現在総務省と法制度の見直しについて協議を重ねているということで、実際に規制が緩和され次第サービス提供を行いたいとしており、来年3月末までに法制面の課題を解消することを目標にしている。宮川氏は同社と総務省との関係について「いまのところ、ADSLのころにケンカしてきたようなニュアンスではない」と話し、海外でも見え始めているフェムトセルで日本が遅れを取るのが得策ではないことには、同省からも一定の理解を得られており、比較的好意的であるとの見方を示した。

同社では次世代の無線ブロードバンド通信方式としてモバイルWiMAXの実証実験を行っており、先月には同方式でイー・モバイルと連携していく旨の発表を行っているが、今回のフェムトセルを利用したシステムに対してどういった位置づけになるのかはいまひとつ見えにくい。宮川氏は、モバイルWiMAXは商用サービス化の可能性を探り始めた段階で、フェムトセルとは特に深い関係はないとの考えを示し、モバイルWiMAXへの"本気度"については慎重な表現にとどめている。

ip.accessによるフェムトセルのデモ。2台の携帯電話をフェムトセルに接続してテレビ電話を行う

モトローラのデモ。フェムトセルのプロトタイプはやや大型だが、実サービス時は半分程度に小型化する

Ubiquisysのデモ。既にHSDPA通信が実際に稼働することを示す

ほか各社の静態展示。日本アルカテル・ルーセントのフェムトセル

同、サムスン電子

同、日本ソナス・ネットワークス

同、日本エリクソン

同、NEC