日本を代表するゼネコンの 1 社である株式会社熊谷組は、近年の建設業界におけるトレンドとなっている「建設DX」にも注力しています。既存システムのモダナイズを数年前より進めているほか、「BIM(Building Information Modeling。以下、BIM)を活用した高品質・高精度な建築生産ワークフローへの取り組み」は、昨今のテレワーク需要の拡大に合わせて一気に加速。安定した BIM 作業環境を柔軟かつ迅速に構築するため、VDI(仮想デスクトップ基盤)の導入が検討されます。そして、数多くの VDI サービスを検証した熊谷組が選択したのは、Microsoft Azure 上で提供されるクラウド型の VDI サービス「Azure Virtual Desktop(旧称Windows Virtual Desktop:WVD)」でした。

テレワークの導入を推進したことで、既存の BIM 作業環境における課題が顕在化

「独自の現場力を高め、独自の価値をつくり、時代を超えてお客様と社会を支え続ける」というグループビジョンを掲げる熊谷組では、以前よりデジタルテクノロジーの活用を積極的に推進しています。BIM/3D CAD に注目した時期も早く、2013 年には BIM 導入の推進 WG を発足。さまざまな BIM ソフトを検証し、数現場程度で限定的な BIM 運用を進めてきました。2018 年からは施工における BIM の活用現場を増加させる計画を進めた同社ですが、同時期は世界的な CPU 供給不足により、BIM の活用環境を迅速に用意できないという問題を抱えていました。今回のAzure Virtual Desktop(以下、AVD)による VDI 環境構築プロジェクト全体を管理している、株式会社熊谷組 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 課長 長田 公秀 氏は、当時をこう振り返ります。

「2018 年頃から BIM の活用現場を増加させる取り組みを推進したのですが、当時は PC の調達に数カ月から半年近くかかる状況でした。BIM を効果的に使うには、必要なタイミングで利用することが重要と考えていたので、PC の配備不足によって BIM の活用が出来ない状態を回避する必要がありました」(長田 氏)。

あらゆる建設現場に対して使いたいタイミングで BIM 環境を提供するには、従来のワークステーション(デスクトップ PC)による運用に加え、突発的な事態にも対応できるような体制が必要と考えた同社は、安定した BIM 作業環境を迅速に提供するため、VDI サービスに注目します。今回のプロジェクトで AVD 環境の構築を担当した、建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 係長 山口 紘平 氏はこう語ります。

「2019 年に入り、BIM の推進が進みワークステーションの必要台数も急増していったため、このまま BIM の活用を拡大していくとワークステーション単体での運用に限界がくると感じました。そこで、以前より動向調査を進めていた VDI の導入検討を開始することになりました」(山口 氏)。

こうして 2019 年末~2020 年初頭にかけて、社内の研究開発テーマとして VDI の本格的な導入検討が開始されます。2020 年 4 月には新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言が発令されたことで、熊谷組もテレワーク環境の構築を推進。その結果、従来の BIM 作業環境がテレワークでの利用に向かないことがわかったと山口 氏は語ります。

「当初は社内のワークステーションに VPN 経由で接続して運用していましたが、急速にテレワークを推進したため VPN や、ネットワークに関する問題が顕在化。通常の業務では問題がない遅延でも、BIM/3D CAD を扱う業務では使いものにならず、業務効率が大幅に低下してしまう事態を引き起こしました。そのため、テレワーク環境における生産性向上を実現すべく、2020 年 4 月より VDI 導入の検討を加速させていきました」(山口 氏)。

  • 株式会社熊谷組 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室担当 課長 長田 公秀 氏

    株式会社熊谷組 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 課長 長田 公秀 氏

  • 株式会社熊谷組 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 係長 山口 紘平 氏

    株式会社熊谷組 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 係長 山口 紘平 氏

“使った分だけ”の従量課金制と、スモールスタート可能な柔軟性が AVD 採用の決め手

こうして本格的な VDI 導入に着手した同社は、2020 年 7 月より AVD を含む複数の VDI サービスのデモやトライアルを実施。これを支援し、さまざまなソリューションを提案したのが、BIM/CIM の導入をはじめ、数々の企業の“建設DX”をサポートしている株式会社大塚商会でした。同社 PLMソリューション営業部 首都圏建設PLM2課 セールスリーダーの中川 正博 氏は、今回のプロジェクトに参加した経緯をこう話します。

「VDI の導入自体は 2019 年の夏頃から提案していましたが、BIM の作業環境として本格的に導入を検討するということで、AVD を含め複数のサービスを提案しました。AVD は比較的新しい製品であるため、今回は熊谷組様が採用している『Archicad』という BIM ソフトを中心に、問題なく動作することを検証するための PoC を実施し、要求を満たすソリューションであることが確認できたことで AVD を採用いただきました」(中川 氏)

大塚商会で AVD をはじめ VDI サービス全般を担当しているPLMソリューション営業部 プロジェクトPLM課 上級課長の吉岡 卓也 氏は、同社で行っていた CAD on AVDソリューションのサービスインのタイミングと、熊谷組の VDI 導入検討のタイミングが合致したことが、AVD の採用を支援できた要因と話します。

「オンプレミスを含め、VDI は 6 年以上前から建設業界への導入実績を積み重ねてきました。2019 年より AVD(当時は WVD)上で、BIM/CIM の動作検証を行っており、その検証結果に基づき、AVD 利用時のサービス&サポート体制を準備してきました。熊谷組様が VDI の導入検討を始められたタイミングでは、弊社は CAD on AVD を提案する上で充分な体制が整っていたので、最適な提案が可能でした」(吉岡 氏)。

  • 株式会社大塚商会 PLMソリューション営業部 首都圏建設PLM2課 セールスリーダー 中川 正博 氏

    株式会社大塚商会 PLMソリューション営業部 首都圏建設PLM2課 セールスリーダー 中川 正博 氏

  • 株式会社大塚商会 PLMソリューション営業部 プロジェクトPLM課 上級課長 吉岡 卓也 氏

    株式会社大塚商会 PLMソリューション営業部 プロジェクトPLM課 上級課長 吉岡 卓也 氏

山口 氏は、数ある VDI サービスのなかから AVD を採用した決め手として、「運用コスト」が想定していたイメージにもっとも近かったことと、スモールスタートが容易だったことをあげます。

「AVD はクラウド型のサービスで従量課金制を採用しています。利用していないときは停止させることが可能なため、コストの削減が図れます。また、AVD はスモールスタートが可能で、仮想マシンを 1 台単位で比較的容易に増減できるため、BIM 作業環境を段階的に拡大していきたいという要求にも合致していました。さらに、1 つの OS に複数ユーザーが参加できる『マルチセッション』にも対応し、仮想マシン自体の台数を削減できることも、他の VDI サービスにはないメリットでした」(山口 氏)。

加えて、AVD の基盤が信頼性の高い Microsoft Azure(以下、Azure)であることも採用を決めた要因だったと山口 氏。Azure のサーバー自体はこれまで利用していませんでしたが、大塚商会のサポートもあり問題なく導入が進められたといいます。今回のプロジェクトはクラウド、仮想化、BIM/CIM、ネットワークといった技術を複合的に利用しており、システム構成を決めるにあたっては、大塚商会の持つ豊富な知見が大きな役割を果たしました。コストと処理性能のバランスを考慮し、AVD の GPU には AMD を選択。マルチセッションのユーザープロファイル管理には FSLogix を利用するなど、パフォーマンスと利便性にすぐれたシステムが構築されています。

  • システム概要図

BIM 作業環境の迅速な提供を実現し、運用管理者・ユーザー双方に大きなメリットをもたらす

AVD の採用を決めた熊谷組は、早期導入を目指していた生産BIM推進室が先行して導入を開始。2021 年 1 月 8 日から 1 月 22 日までの 2 週間という短期間でシステム構築を完了し、2021 年 2 月から、テレワーク環境などでの試行運用を開始しています。現在は限定的な運用ですが、今後は「テレワーク時の BIM ソフト利用」と「建設現場での BIM ソフト利用」の両面で導入を拡大していく予定です。すでに生産BIM推進室におけるテレワークでは全面的に利用している状況ですが、建設現場では一部作業所での試行が始まった段階となっています。管理者や利用者の目線から BIM の運用に問題がないかを確認している同社 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 係長の遠藤 元樹 氏は、試行運用を開始したAVDに確かな手応えを感じていると話します。

  • 株式会社熊谷組 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 係長 遠藤 元樹 氏

    株式会社熊谷組 建築事業本部 建築技術統括部 生産BIM推進室 係長 遠藤 元樹 氏

「実際に運用を開始して、これまでワークステーションでしか行えなかった BIM/3D CAD の利用が、一般業務用のノート PC でも軽快に作業できることに手応えを感じました。さらに、セキュリティやコスト最適化といった側面でもメリットを実感しています。当社では、社外から社内のワークステーションにアクセスする場合、VPN を利用していますが、AVD では 社内のワークステーションに VPN 接続でアクセスする必要がないためセキュリティリスクを軽減し、安全な状態で作業できます。VPN のライセンス不足や通信速度低下といった問題が発生しないのもポイントです。また、今後作業所や支店に利用が広がっていけば大型のワークステーションを現地に送付する際の設定、梱包、運送にかかるコストや環境負荷も軽減できると考えます」(遠藤 氏)。

実際、ワークステーションが設置されていない現場に対して Web 会議で作業手順を説明し、現地に行かずに事務用のノート PC で BIM を利用するための初期設定を行えたという試行運用例も出ており、BIM 作業環境の運用管理者への負担も軽減されてきているといいます。山口 氏も「オンプレミスと違い物理的な機器の導入がなく、メールと Web 会議だけで構築できます。ユーザーはログイン ID とパスワードだけあれば自動で割り当てられた PC が利用できるため、管理者と利用者双方に大きなメリットが生まれています」と導入効果を喜びます。

  • Azure Virtual Desktopを利用する様子

現在は1 台あたり 3 ユーザーが同時接続できる、コスト効率を考慮した環境を用意。実際に BIM で作業したユーザーからは、全画面で利用すると、ワークステーションと AVD の違いがわからないといった声が聞こえてきており、通信環境が安定した環境ならば十分なパフォーマンスが得られていることがわかります。

“BIMを引き金”とし、DX 実現を加速させていく

「建設DX」を推進している熊谷組では、2021 年度から DX推進部を新設し、今後も DX の実現に向けた取り組みを加速させていく予定です。長田 氏は今回のプロジェクトが目指す「BIMを活用した高品質・高精度な建築生産ワークフローへの取り組み」が、同社における“DX”で重要な役割を担うと考えています。

「BIM の推進に関しては、2019 年から全国の建築現場において段階的に適用現場の目標を上げており、BIMソフト『Archicad』のライセンスも大幅に追加し、全現場で利用するのに十分な数を確保しました。ライセンスの問題が解決したあとは BIM 作業環境の運用体制強化が求められており、今回の AVD 導入プロジェクトはその一環となります。本年度は足場固めとしてテレワークでの活用や少数現場への試行運用で課題点を洗い出すことに注力し、来年度以降は、既存のワークステーションと併用しながら、現場での BIM 活用を推進していきたいと考えています」(長田 氏)。

また同社では、今期の重点実施施策として「多彩多様な人財が活躍できる環境整備・働き方改革の推進」を掲げており、AVD を活用することで、高性能なワークステーションを使うために出社するという状況を解消できることを期待しています。

IT インフラのモダナイズから、AVD の導入をはじめとする“BIM”まで幅広い DX を推進する熊谷組の取り組みからは、「建設DX」を成功させるための“気づき”が得られるはずです。

  • 集合写真

[PR]提供:日本マイクロソフト