2019年10月3日に横浜で開催された組み込みシステムの技術者イベント「Design Solution Forum 2019」では、英Armの日本法人でビジネスデベロップメントマネージャを務める五月女哲夫氏が「Arm DesignStart & Flexible Access ~最速で、最も実績のあるシリコン化の方法」と題して講演。Armの半導体設計資産(IP)を使ってSoC(System on Chip)の開発に取り組む企業を支援する2つのプログラム「Arm DesignStart」「Arm Flexible Access」が、ArmのIPライセンスモデルをいかに革新し、SoCを開発する企業にどのようなメリットをもたらすかについて解説した。

  • Arm DesignStart & Flexible Access ~最速で、最も実績のあるシリコン化の方法

    講演「Arm DesignStart & Flexible Access ~最速で、最も実績のあるシリコン化の方法」

IP提供モデルを革新する2つのプログラム

アーム株式会社 ビジネスデベロップメントマネージャ 五月女哲夫氏

アーム株式会社 ビジネスデベロップメントマネージャ 五月女哲夫氏

Armは設立以来、プロセッサコアのIPを設計し顧客企業にライセンスするIPビジネスを展開してきた。そのIPを巡る環境はいま大きく様変わりしようとしている。その環境変化について、五月女氏は「従来、Armの顧客は、自社でチップを設計・製造できる大手半導体企業がほとんどで、Armはその企業に向けてIPを開発してライセンスを提供していればよかった。しかし、IoT化の進展とともにSoCの開発を手掛ける企業が増加し、ツールの価格や製造コストが低下するのに伴って、ArmのIPを必要とする企業は、半導体企業だけでなく、はじめてチップ開発を手掛けるようなベンチャーにまで拡大しつつある」と分析する。

Armは、こうした環境の変化に対応して、多くの企業が初期導入コストを気にせず、ArmのIPを活用したSoCの開発に容易に着手できるよう、IP提供モデルの改革に取り組んでいる。そのひとつがライセンス料なしで手軽にSoCの設計を開始できる DesignStartプログラムの強化、もうひとつがライセンスを取得する前に広範なIPにアクセスし、試作や評価を可能とするFlexible Accessプログラムの提供開始である。

DesignStartで初期投資にかかわる懸念を払拭

電子デバイスは、ICなどのシステムの動作に必要なすべての部品をプリント基板上に配置することによって構築できるが、これらの機能のすべてを1つのチップ上に実装するカスタムSoCを実現できれば、小型化だけでなく、効率化やコスト削減など数多くのメリットを享受することができる。

  • カスタムSoCの実現がもたらす小型化、効率化、コスト削減などのメリット

    カスタムSoCの実現がもたらす小型化、効率化、コスト削減などのメリット

しかしカスタムSoCを開発しようとすると、必要なIPのライセンスを事前に取得する必要があり、初期投資がどれくらいの規模になるか心配だ。「DesignStartは初期投資にかかわる懸念を払拭するためのプログラムとして位置づけられる」と五月女氏は説明する。

DesignStartが開始されたのは2010年以前のこと。当初はフィジカルIP(レイアウト・レベルの回路ライブラリ)のダウンロードサービスとしてスタートし、その後、マイクロコントローラ向けのCortex-M0の無料評価アクセスが開始された。そして2017年6月にはCortex-M0とM3の無料ライセンスが開始され、評価だけでなく商用利用も可能になった(ロイヤリティは別途必要)。

2018年10月にはアプロケーションプロセッサ向けのCortex-A5も追加された。ただしCortex-A5のライセンスは完全無料ではなく、7万5,000ドルの前払い金が必要になる。また、同時期にザイリンクスのFPGA上でCortex-M1とM3のIPを利用できるようになり、こちらはライセンス料もロイヤリティも無料で利用できる。

  • DesignStartの歴史

    DesignStartの歴史

五月女氏によると、2017年に無料ライセンスのプログラムが開始されて以降、対象となるIPのダウンロード数は急激に増加しており、過去24カ月間でCPU試作のダウンロード数は5.000以上、CPU商用化ライセンス数は400以上とのことだ。

上海のスタートアップ企業のEiGENCOMM社は、Narrow Band IoTチップの設計にDesignStartを活用することによって、設計時間の多くを無線回路部分に割くことができ、企画から6カ月以内にテープアウト(ASIC設計完了)することができたとしている。

CPUと周辺IPの統合でSoC開発を高速化

DesignStartには、評価用途専用の「DesignStart Eval」とASIC量産可能な商用向けの「DesignStart Pro」という2つのプログラムがある。また、DesignStart Proのバリエーションに、Xilinx FPGAに対応する「DesignStart FPGA for Xilinx」がある。ちなみにIPに関してはArmが提供するのはCortex-M1とM3のコア部分だけで、システムIPはXilinx Vivado環境のIPを利用するため、ライセンス料とロイヤルティはともに発生しない。

DesignStart Evalの場合、対象となるIPはCortex-M0とM3で、その利用は評価に限定されており、テープアウトすることはできない。そのかわり契約書を交わす必要はなく、サイト上で登録を行うだけで、気軽にIPなどの提供物をダウンロードし、評価、設計、試作などに活用することができる。

一方、DesignStart Proの場合、対象となるIPはCortex-M0とM3、A5で、ライセンス料は無料だが、前述したようにCortex-A5は設計・評価に7万5,000ドルの前払い金が必要になる。商用向けのため契約を交わす必要があるが、契約書は定形かつシンプルなもので、サイトからダウンロードして内容を確認し送り返すだけでよい。

  • DesignStart EvalとDesignStart Pro

    DesignStart EvalとDesignStart Pro

契約が成立すれば、Web上で商用SoC用の完全なIPへのアクセスが可能になり、すぐに設計を開始することができる。設計が完了しテープアウトを行ってASICが上がってきたら、それを製品に組み込んで出荷したり、ASICとして外販したりできる。ロイヤルティは実際に出荷された数に応じて発生する成功報酬型のモデルになっており、出荷数が1,000個を超えなければロイヤルティが発生することはない。

実際にカスタムSoCを設計しようとすると、CPUだけでなくインターコネクトやブリッジなど、周辺のさまざまなコンポーネントを緊密に統合する必要がある。実は、DesignStartではこうした周辺コンポーネントをあらかじめ組み込んだ「Corstone」と呼ぶシステムIPをCPUコアとともに提供している。これにより、「デバイス設計者はDesignStartを導入してフラッシュメモリや独自の周辺機構を組み込むだけでカスタムSoCを迅速に設計できる」と五月女氏はそのメリットを強調する。

  • システムIPをCPUコアとともに提供

    システムIPをCPUコアとともに提供

IPライセンスモデルを変革するFlexible Access

SoCの開発に取り組む企業は、既存のIPライセンスのモデルにどのような懸念や不安を抱いているのか。五月女氏によると最大の懸念は、IPを選定してライセンス料を支払うまでIPの内容を知ることができず、プロジェクトの要件に適合しているかどうかの不安を拭えないこと。もうひとつは、ライセンス契約が複雑で手続きに手間がかかること。さらにIPの種類が多すぎて、どのIPを選んだらよいかわからないことだという。

こうした懸念を払拭するべく、2019年7月に発表された新しいIPライセンスモデルであるArm Flexible Accessは、SoC開発企業がIPのライセンスを取得する前から設計に着手でき、製造段階に入るものに対してのみライセンス料の支払いを行うというものだ。

Armの従来のIPライセンスモデルでは、SoC開発企業がIPを選定してライセンス契約を結ばないと、契約したIPにアクセスしてSoCの設計を開始できなかった。一方、Flexible Accessでは、年間アクセス料を支払っておくことで、ライセンス料の支払いは設計が完了したあとでよくなり、ライセンス料を支払う前にArmのIPを入手して、評価や設計を行い、機能や性能がプロジェクトの要件を満たしていることをあらかじめ確認できるようになった。

  • 標準のArmライセンス条件とFlexible Access

    標準のArmライセンス条件とFlexible Access

SoCを開発する企業から見たFlexible Accessの効果について、五月女氏は「ライセンス料を支払うことなくプロジェクトを保留したり、変更したり、さらには中止したりできるメリットは計り知れず大きい」と力を込める。また、SoCの製造を他社に委託し、設計を自社で行うといった役割分担にも効果的に対応することができる。

Flexible AccessでSoC開発を加速

Flexible Accessのメインストリームパッケージには、ArmのIPのすべてが含まれているわけではないが、Cortex-A/R/Mシリーズをはじめ、GPU、Corstone foundation IP、システムIP、セキュリティIPなど、最先端の一部のIPを除いて、かなり広範な製品が含まれている。また、ツール&モデル、サポート&トレーニングサービスもカバーしており、妥当なSoCを作るためのさまざまな技術を利用できる(パッケージに含まれる製品のリストはArmのWebサイトで確認可能)。

Flexible Accessのメインストリームパッケージには、年間アクセス料の異なるEntryとStandardの2種類のグレードが用意されている。その主な違いは年間のテープアウト数であり、Entryが1であるのに対してStandardは無制限となっている。パッケージに含まれるIP製品には違いはなく、年間アクセス料はEntryが7万5,000ドル、Standardが20万ドルとなっている。

Flexible Accessの提供に伴って、IPライセンス料の体系も変更されている。これまでIPのライセンス料は同じ製品であっても顧客ごとに異なる料金が設定されていたが、IP製品ごとにライセンス料が共通化されることになった。新たな料金体系では、すべてのIP製品にベース価格と割引価格が設定されており、複数のIP製品を使用する場合には、最も高い価格の製品はベース価格で、その他の製品は割引価格で計算する。

Flexible Accessの会員は、最初の年だけアクセス契約を取り交わし、翌年以降は年間アクセス料を支払うことで自動更新される。会員は、IPを自由にダウンロードして評価を行い、設計を開始する段階でSoC構成などを決定しプロジェクト登録を行う。設計が終了し製造を決断するとライセンスの取得を申請し、契約が成立すればライセンス料を払ってテープアウトを行い、製造を開始する。プロジェクトごとにこのサイクルを繰り返せばよく、事務処理も簡素化される。なお、Entry会員は年間1回しかテープアウトができないが、IPの評価は何度でも行うことができる。

  • Flexible Accessは事務処理も簡潔

    Flexible Accessは事務処理も簡潔

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