電子部品大手のアルプス電気は、自社の強みであるセンシング技術と無線通信技術を融合させた小型モジュール「IoT Smart Module」を製品化するなど、市場拡大が期待されるIoT分野での新規事業開発を推進している。

今回マイナビニュースでは、同社のIoT(モノのインターネット)関連の取り組みを牽引している中心人物であるアルプス電気の稲垣一哉氏への取材をもとに、IoT事業の最新状況、5月に開催される2017 Japan IT Week 春の「IoT/M2M展」での同社ブースの見どころなどを紹介していく。

アルプス電気株式会社
民生・新市場業務部 1G グループマネージャー 稲垣一哉氏

IoT向けセンサをワンパッケージ化、その狙いとは?

稲垣氏は、通信関連の新規事業開発、米MITとの産学連携事業担当などのキャリアを経て、2015年からIoT分野に取り組んでおり、アルプス電気の強みである通信技術とセンサを融合させ、IoT分野での新規事業の開拓を担う。同社の現在の売上の約半分が自動車向けだが、主力の自動車産業とIoT分野では、事業環境に大きな違いがあると稲垣氏は言う。

「自動車の場合、3年先、5年先、10年先まで技術ロードマップがきっちり策定されていて、それに従って製品開発が進んでいきます。そのため、当社としても事業計画は立てやすい。一方、IoT事業には、現時点でさまざまな業種の企業や団体が参入してきており、事業フェーズも実証実験レベルから商用化一歩手前のものまで、いろいろな段階が入り混じっている状況です。明確なロードマップは誰も持っていない。その中で、何が本命となって大きな市場に成長していくのか、現時点で予測するのが大変難しいところがあります」

このように今後の展開予測が難しく、先の見通しが立てにくいIoT市場であるが、展示会などに関連技術を出展すると、その反響は極めて大きいという。

「通常ですと、1製品につき50件くらいの問い合わせがあれば、そのうち1件くらいはものになるという感じなのですが、IoT向けセンサモジュールに関しては、一度に300~400件くらいの問い合わせが来ることもあるんです。それだけIoTへの関心は高く、また裾野が広いということです。ところが、引き合いは多いのに、実際のビジネスにはなかなか結びつかないということが続いていたんですね」

引き合いの多さがビジネスにつながらない―― このことも、IoTをめぐる事業環境が、同社の従来のビジネスの枠組みとは大きく違っていたことを物語っている。これまでの同社のビジネスモデルは、自動車メーカーや家電セットメーカーの要求に合わせて作りこんだ電子部品を大量生産して利益を出すというものだ。しかし、このモデルはIoT市場では通用しないということがわかってきた。顧客によって要求がバラバラである上に、ひとつひとつの事業規模も現時点ではまだ小さいため、個別の要求に合わせて少量生産してもビジネスとしては成立しないのだ。

「問い合わせをいただく企業の大多数が、私たちにとってはこれまで交流のなかったサービス業など異業種の方であり、従来の得意先である大手電機メーカーは極めて少ないということもわかってきました。従来の顧客といままでどおりのやり方で仕事を続けていては、この先IoT市場で当社にできる仕事はなくなる、と危機感を抱きました」

このまま対策を取らずに手をこまねいているわけにはいかない。また、IoT事業化で悩みを抱えている多くの企業に対して、いまできることを目に見えるわかりやすい形で提示する必要もある。そこで稲垣氏らのチームは、ひとつの決断をした。

「現時点で、顧客の要求に100%応える製品を作ることはできない。それなら75%の要求をカバーする最大公約数的な製品でいいから、とにかく形にして、まずは市場に出そう。その製品をこれからのIoT市場の動向を探り、事業の方向性を見極めていくための情報収集・分析ツール、事業開発キットとして使っていけばいい。そう考えました」

こうして製品化にこぎつけたのが同社の「IoT Smart Module」だ。さまざまな顧客からの問い合わせを分析し、幅広く必要とされている機能に絞り込んだ。また、完成品としてパッケージングされた製品を求める声も多く、各種センサと通信モジュール、そして電源を収めるための小型・透明の筐体を用意した。価格は9800円に設定し、Webを通して幅広く販売する戦略をとった。

特定顧客の要求に合わせて仕様を細かくカスタマイズし、価格も個別に見積をとって決めるという同社の通常の事業とは真逆の進め方である。不安もあったが、販売開始から現在までの約2年間に2000個以上のモジュールを出荷することができた。モジュールの実際の使用事例が蓄積されてきたことで、その分析をもとに、IoT事業の次のステージに向けた戦略構築を進めているところだという。

アルプス電気の技術の結晶「IoT Smart Module」

こちらがIoT Smart Moduleの実機

ここで、「IoT Smart Module」とは具体的にどんなものか、その製品概要を見ておこう。筐体のサイズは、27mm×44mm×11mm。この透明ケースの中に、低消費電力通信規格 Bluetooth® Low Energy に対応した無線通信モジュール、方角と加速度を検知する6軸センサ、気圧センサ、温湿度センサ、UV/照度センサ、そして電源としてボタン電池(CR2032)が内蔵されている。もっと小さな電池を使えば筐体サイズはさらに小さくすることもできるが、ワールドワイドに普及している電池を使用したほうがよいという判断で、このサイズが選ばれた。

センサで検知した各種データは無線で伝送し、スマートフォンなどで受信。そこから先はネット接続でクラウドサーバ上などに用意したアプリケーションに送ることで、用途に合わせたデータ利用が可能となる。データの記録や視覚化のために必要なアプリケーションなど、標準的なソフトウェアもあらかじめ用意されている。

センサネットワークモジュール(出典:アルプス電気)

この「IoT Smart Module」は、これまで同社が取り組んできたさまざまな分野の電子部品事業の技術が結実したものといえる。まず、通信技術については、ラジオ、テレビのチューナーから無線LAN用モジュールまで連綿と続いている高周波回路技術がある。同社は、高周波回路設計や電源/信号品質解析・アンテナ特性解析といったシミュレーションベースの技術と、シミュレーション結果を実証・測定するためのEMC(電磁干渉)評価技術を合わせもっており、自動車をまるごと入れることのできる最先端の大型電波暗室も保有している。また、ハードだけでなく通信ソフトウェアの開発技術にも注力。Bloutooth®や無線LANモジュールなどの開発においては、高級車内での快適な通話を実現するための途切れない通信環境の確保といったところにも同社のソフトウェア技術が活かされている。

また、同社のMEMSセンサ技術も、自動車用センサなどから発達した抵抗体材料技術、オーディオ機器の録音/再生ヘッドやHDD用磁気ヘッドなどに使われてきた磁性材料技術・磁性解析技術・薄膜加工技術など、長年の事業の中で蓄積してきたさまざまな技術の延長上で実現されている。こうした幅広い技術ノウハウがあるからこそ、微細かつ複雑な構造形成が必要なMEMSセンサの分野で、信頼性の高い製品を大量に提供できるようになっているといえる。

「HDDヘッドの製造プロセスでは何百層もの薄膜を重ねて作っていきます。このため、一般的な半導体製造と比べても、プロセスコントロールが非常に精緻であるというのが特徴です。こうした製造技術をもっているので、何百万個作っても同じように動くという性能品質が保証できるわけです」

電子部品の製造技術に加え、半導体の独自設計技術も保有しているところにも同社の特徴がある。半導体自体の自社製造ラインは保有していないが、ASIC(特定用途向け集積回路)の設計に関して多くのIPを保有しており、顧客の要求に従って素早く設計できる体制をとっている。このため、センサモジュールと同時に必要になる信号処理用ICなども最適なものを揃えることができる。

同社センサ製品のもうひとつの特徴は、光/磁気/接点/電波/圧電/静電容量/抵抗など、扱っているセンサの要素技術が多岐にわたっているということだ。多様なセンサのラインナップを組み合わせることで、顧客ごとに最適な提案ができる体制が整えられている。これも長年にわたり幅広い製品を作ってきた同社だからできることといえる。

IoTで何ができるのか? 目に見える実例を提示していく

モジュールを小型化できたため、さまざまなモノにセンサを取り付け、その状態をインターネット経由でモニタリングするというIoT的な使い方が実際にできるようになった。そうした使い方をわかりやすい形にして提示するためのモデルケースとして開発したのが、工事現場のヘルメットに「IoT Smart Module」を搭載した製品だ。

工事用ヘルメットへのIoT応用事例(出典:アルプス電気)

ヘルメットの後頭部に「IoT Smart Module」を搭載し、室内外の環境情報に加え、温湿度センサと照度センサによるデータから計算した数値を暑さ指数としてスマートフォンやタブレット端末などに表示。熱中症など危険な状況を察知して警告を出せるようにした。6軸センサのデータからは、ヘルメットに衝撃が加わったり、作業員が横倒しの姿勢になるなど、なんらかのアクシデントが起こったと考えられる状況を読み取ることもできるようにし、その場合にもやはり警告を出す。このように「IoT Smart Module」を利用することで、工事現場の安全管理に役立つシステムを作ることができるとして展示会などでアピールした。

こちらが取材時に公開頂いた工事用ヘルメットと専用アプリケーション

「何か目に見える形でアプリケーションの例を提示したいということで、このヘルメットを作ったのは半ば思いつきに近かったんですが、発表してみると我々が予想した以上の反響がありました。現在、大手ゼネコンを含む多数のお客様から、実際に使ってみたいという引き合いをいただいています。こうしたニーズというのは建設業界の中では実は以前からあったようで、80年代後半頃にも企画されたことがあったらしいのです。ただし、その当時の技術ではデバイスが小型化できず、ヘルメットがゴテゴテとした大げさなものになってしまい実用化には至らなかったとのことです」

センサや半導体の微細化、通信ネットワーク環境の整備など、IoTの実現に必要ないろいろな技術がタイミングよく揃ってきたのが今日の状況ということだろう。

「我々としても、たとえば、5年くらい前にこうしたモジュール化をやろうとしたら、恐らく名刺サイズくらいの大きさになっていたと思います。それが何故小さくできたか。とにかくスマートフォンの中にすべてを収めたいという要求があって、そのために必死にやってきたからなんですね」

IT企業とのアライアンス強化で総合的なサービスを提供

IoTをハード面から支える小型のセンサネットワークモジュールについては、現実的・実用的なモノが提供できるようになった。そこで、もうひとつ非常に重要になってくるのが、ソフト面の取り組みだ。これについては、他社とのアライアンス強化が重要になっている。

アライアンス強化を軸にIoT事業を展開していく(出典:アルプス電気)

「IoTのシステムを提供していくとき、アルプス電気が自社独自でカバーできるのはデバイスレベル、通信レベルまで。しかし、システム、アプリケーションといったより上の階層も含めた総合的なサービスを提供していかないとお客様には満足してもらえません。そのため、IoT事業を推進していく上では、クラウドサービスを提供するIT企業との協業やシステムインテグレータとの連携が不可欠と考えています。すでにIBMやユニアデックスなど有力企業と提携を結んでおり、さまざまな協業の取り組みが進行中です」

その代表的な例が、IBMが提供しているクラウドベースのアプリ開発環境「IBM Bluemix」との連携である。このサービスを利用することで、ユーザーはIoT向けのアプリ開発を短期間で行うことが可能になる。サービス追加による機能の拡張も容易に行える。インフラとして信頼性の高いIBMのクラウドサーバを使用できるため、安心して利用してもらえる価値の高いIoTサービスが提供できるというメリットもある。

こうした信頼性の高い外部システムと連携することで、センサノードから得られる多種多量なセンシング情報の処理・分析システムを容易に構築できるようにする。それによって、顧客が新規システムの事業性確認を迅速に行える環境を提供し、IoT事業化の加速を進めるのがアライアンス強化の狙いである。

また、IoTとともに大きなビジネスキーワードになっているAI(人工知能)についても、こうしたアライアンスの中で積極的に関与していくことになるという。

「AIとIoTを組み合わせるIBMの取り組みとして『Watson IoT』があり、当社もこれに連携していきます。すでに当社製センサのデータを人工知能のワトソンに取り込んで解析するといったことができる状態になっています。機械学習に必要なセンシング情報にはどんなものがあるかなど、現在、ヒアリングを行っているところです」

最近のAIのめざましい発達速度を考えると、センサネットワークモジュールがAIの感覚器官となり、センサを通して集まったデータをAIが解析することによって、これまでとは次元の異なる新しい情報社会が立ち上がってくる―― そうした未来もさほど遠くはないかもしれないと思えてくる。

プラント向けIoTに焦点あてた製品開発を推進

IoT分野の事業を今後どのような方向で進めていくべきか。これまでに販売した約2000個の「IoT Smart Module」の使用事例の分析を踏まえ、稲垣氏は次のような仮説を立てている。

「いまのところIoT市場としてE・S・T・A・M・Pという6つのセグメントを考えています。E=環境エネルギー(Environment&Energy)、S=セキュリティ(Security)、T=物流・流通(Traceability)、A=農業(Agriculture)、M=医療・ヘルスケア(Medical&Healthcare)、P=設備・人の状態/動作検知(Plant)ですが、この中において現時点でもっとも具体化した動きがあり、早期にまとまった市場が立ち上がると予想されるのがPカテゴリ、プラント関連であるという仮説です」

製造業でのプラント向けIoTシステムとしては、大きく分けると、水・ガス・電気などユーティリティのサービス化、品質の向上、生産調整改善という3つの目的が考えられる。このうち、センサの導入が最も期待できる用途が、生産設備の異常予兆診断や、品質悪化原因の早期解析などによる品質向上分野である。そのため同社としては、当面この分野にフォーカスした製品開発を進めていく方針であるという。

ただし、この予測が本当に正しいかどうかは、まだ予断を許さないとも稲垣氏は考えている。予測の確度を上げるためには、さらなる情報収集と分析が必要となる。

「市場の動向については、日本国内を見ているだけでは、正直よくわかりません。面白いことに、IoT分野では、アメリカと欧州で同じような要求がほぼ同時期にシンクロして出てくることが多いんです。グローバル展開していくことで、市場の動向についても見えてくるものがあります」

そのためにも、日本国内に閉じず、グローバル対応できる製品にしていくことが必要となる。ゲートウェイについても、グローバルに使われているものにデフォルトで接続できるようにしておく必要があり、ゲートウェイ各社との交渉を進めているところだという。

一方、グローバル展開とはいっても、実際に世界各地で販売する際には、地域ごとのローカライズが必要になると考えられる。そこで主要国・地域の規格認証を取ることも重要な課題となってくる。この点に関しては、TELEC(日本)、CE(欧州)、SRRC(中国)、FCC(アメリカ)など、主要な通信規格にはすでにほぼ対応できており、同社のセンサモジュールを使って国や地域をまたいだ実証実験なども可能な状況であるという。

現在のIoT市場の段階については、総合的に見ると、概念実証段階(PoC: Proof of Concept)であり、ようやく商業化手前のパイロット期間にさしかかってきたと稲垣氏は分析している。

IoTの事業化ステップ(出典:アルプス電気)

「我々がこれまで手がけてきた製造業の世界ですと、PoCが終わればすぐに商業化の段階まで行けることが多いのですが、それと比べてIoT分野では、PoCと実用化のあいだのパイロット期間がかなり長くあるということがわかってきました。センサモジュールによるデータ取得といった個別要素の確認ならPoC段階でできるんですが、それをたとえば農業や物流・サービスといった実際の使用環境でシステム全体として運用したときに、どれだけの経済的メリットがあるのかということが確認できないと、本格的な商業化フェーズには移行していかないんですね。ですので、世の中まだまだIoT化の動きというのはあまり進んでいないように見えるかもしれませんが、実はそんなことはなくて、いまはパイロット期間でいろいろと事業化の確認が進められているところなのではないかと捉えています」

同社としては、こうした認識に立ち、IoTの企画段階から、PoC段階、パイロット期間の大規模実証実験まで、幅広く対応できるモジュールを用意して対応。とくに、商業化前のパイロット段階にある顧客に向けては、大規模実証実験に対応した品質保証をつけた製品を提供していく体制をとるとしている。

2017 Japan IT Week 春で最新情報を公開

ここまで紹介してきた同社のIoTの取り組みについて、さらなるPoC事例も含めて、まるごとつかむことのできる絶好の機会が、5月10日~12日の3日間、東京ビッグサイトで開催される2017 Japan IT Week 春の「IoT/M2M展」だ。同社ブースでは、注目のプラント向けIoTソリューションをはじめ、現在開発が進んでいる最新の製品情報が具体例を交えてわかりやすく展示される予定という。

ゲートウェイ、クラウド、アプリケーション開発といった面で着実に進んでいる他社との連携内容も、ブースでの展示の目玉になる。センシング、通信、さらに収集したデータをネットに上げるところまで、すでに強力な連携が構築されている。「IoTでこんなことがしたい」というアイデアさえあれば、それを迅速に形にできる段階になっていることが理解できるだろう。

「他社との協業で進んでいる案件が多いため、Webサイトで公開できる情報には限りがあります。展示会当日、当社ブースの実際の展示に触れていただくことでしか得られない情報がたくさんありますので、ぜひ会場に足を運んでいただきたい」と稲垣氏。新しいステージに入っているアルプス電気のIoTを、実際に見て、聞いて、触って、実感できる貴重な場になりそうだ。

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