チーム・コミュニケーションを円滑にするビジネスのサポートツール「Slack(スラック)」。コロナ禍におけるリモートワーク文化が進んだことも相まり、近年は多くの企業が導入を始めている。では、Slackはどのように企業のコミュニケーションを円滑にしているのだろうか。今回は、コロナ禍におけるリモートワーク中、Slackを活用しながら新商品開発を実現した、資生堂「BAUM」開発チームの事例を紹介する。

資生堂が生み出した新ブランド コロナ禍の制作舞台裏

2020年6月、創業150年を超える資生堂がコスメブランド「BAUM(バウム)」を新たにローンチした。

自然由来の素材にこだわり、サステナブルな社会を目指し開発されたという本商品。化粧品本体の機能だけではなく、プロダクトそのもののデザインやブランドフィルム、Webサイトに至るまで、ブランド全体に統一された”美しさ”を感じさせられる。

これほどまでに繊細なブランドをゼロから立ち上げるには、関係者間での綿密なコミュニケーションが不可欠であったはずだ。しかしブランドが登場したのは、まさにコロナ禍によって社会全体が分断されていた時期。

「BAUM」を生み出した担当者らは、どのようにコミュニケーションを図りながら、ブランドの精度を上げていったのだろうか。資生堂 バウム グローバルブランド ユニットの桑原晋氏に話を伺った。

メールやオンライン会議のコミュニケーションが中心だった

「BAUM」開発プロジェクトが本格的に稼働しはじめたのは、2020年1月頃。ブランドの統括部門が7人、クリエイティブ部門は5人、マーケティング部門が3~4名ほどのメンバーが参加していた。情報共有を行うにあたり、クリエイティブ部門からコミュニケーションツール「Slack」の導入を打診されたことがすべての始まりだったという。

「導入以前の社内コミュニケーションは、メールやオンライン会議ツールを利用していました。社内向けのチャットツールも導入していたものの、形骸化している状態でした。意思決定を行う場合はオフラインで週次定例を開催し、対面での打ち合わせが多かったです。ローンチが迫ったなかで細かなコミュニケーションが必要になってきたこと、そしてすでに社内の他部門で活用されていたことによるハードルの低さもあり、BAUMチームでもSlackを導入することに決めました」(桑原氏)

資生堂 バウム グローバルブランド ユニットの桑原晋氏

資生堂 バウム グローバルブランド ユニットの桑原晋氏

メンバーが積極的にSlackを活用するための環境整備

Slack導入直後、新型コロナウイルス感染者が国内外で増加。国内の緊急事態宣言に伴い、資生堂も2月末から全社員が在宅ワークに切り替えた。BAUMチームでは、Slack中心のコミュニケーションがその時期に加速し始めたという。

しかし、新規のツールを”浸透”させることのハードルは決して低くはない。BAUMチームは、なぜスムーズにSlack中心のコミュニケーションへと移行できたのだろうか。桑原氏は導入当初、チームメンバーがSlackを使いこなせるよう、いくつかの工夫を凝らしたという。

同氏は「本来ならメンバーに対面で使い方をレクチャーする予定だったのですが、そのタイミングを逃したまま在宅ワークに切り替わってしまい……。クリエイティブ部門で使われていたルールを参考にしながら、まずは私がツール内の環境を整備していきました」と、当時を振り返る。

Slackでのやり取りが活発になるよう、桑原氏が意識していたのは「業務ごとにチャンネルを整備すること」「議論にはスレッドで返信すること」「距離感の近いコミュニケーションをデザインすること」の3つだ。

1.業務ごとにチャンネルを整備すること
桑原氏が最初に行ったのは「チャンネル」という業務ごとのチャンネルを開設することだった。BAUMでは店舗開発やSNS運用、ビジネス戦略など、あらゆる業務を少人数で並行し、遂行する必要があり、それぞれのテーマに合わせてチャンネルを作成した。メンバーから「こういったチャンネルを開設したい」という提案があった時も、環境が乱雑にならないよう、まずは桑原氏にアイデアが集約されるように管理した。

テーマに合わせて案件ごとにチャンネルを作成した

テーマに合わせて案件ごとにチャンネルを作成した

2.議論にはスレッドで返信すること
基本的に特定の議題に返信する時は、スレッド(特定の発言に対してレスポンスする機能)で返信するように、というルールも設け、誰がどういう議論をしているかを整理できるようにした。Slackを導入したメリットは「過去の情報を探しやすくなったこと」だと桑原氏は振り返る。メールのようにタイトルが古いまま新しい情報のやりとりが進むことがない。欲しい情報がどこに入っているか、過去のトーク履歴を遡りやすくなったことが、仕事をスムーズにした。

3.距離感の近いコミュニケーションをデザインすること
特に導入当初、日々の考えを共有するツールと捉え、メンバーが気軽にコミュニケーションを取れるような環境作りを意識したという桑原氏。導入後1か月は使い方が分からないメンバーも多かったため「こういう記事があったんだけど」といった些細なことでも率先して情報共有し、コミュニケーションを発生させたほか、雑談用のチャンネルを作り、なんでも話せる環境も整備した。

画像やリンクで情報共有を率先した

画像やリンクで情報共有を率先した

こうした取り組みと並行しつつ、桑原氏はコミュニケーションを”仕事っぽく”しないよう、絵文字のカスタマイズも増やした。

「絵文字も”気持ちをちゃんと共有するためのツール”として活用しています。特にコロナ禍でのリモートワークは”ちゃんと人とコミュニケーションをしている感覚”が大事でした。ちょっとしたニュアンスの差が表現できるように『それな』『それなあ~』『せやねん』など、画面越しにメンバーの気持ちがわかるような絵文字を揃えるようにしました。Slackは感情をカスタマイズして表現できるところ、それをワンクリックで出せるということがポイントだと思います。そうやって使っていくうちに、Slackの中で議論が活発になり、優先順位の低い相談ごとから、チーム内での意思決定につながるような話まで、幅広いコミュニケーションが取れるようになっていきました」(桑原氏)

多様な絵文字を用意している

多様な絵文字を用意している

Slackを導入したことで生まれたオンラインイベントも

Slackで活発なやり取りが日々繰り広げられるなか、桑原氏は導入前との”はたらく環境”の変化に気づいたという。

同氏は「コロナ前は隣の人との気軽な会話などで、アイデアの壁打ちをしていました。コロナでそれがやりにくくなった中、Slackは思ったことを”とりあえず投げる環境”として最適でした。アイデアを共有し、オープンで討論し続けられたからこそ、生まれた企画もあります。昨年10月に開催したオンラインイベント『#BAUM_TREEDAY』も、Slack上でのコミュニケーションから生まれました」と述べており、Slack発の雑談からイベントを開催するなど、その波及効果も大きいようだ。

昨年10月にオンラインイベントの「#BAUM_TREEDAY」を開催した

昨年10月にオンラインイベントの「#BAUM_TREEDAY」を開催した

桑原氏は、イベント企画を形にできた決め手について、Slackでのコミュニケーションが深く関係した、と語る。

「新しいブランドであるがゆえに、付随するキャンペーンを企画するにも、方向性をすり合わせる難しさはありました。ただ、電話やメールではコミュニケーションと比べ、文字の精度が低くて済むのはスラックのいいところ。画像やファイルのリンクを共有し、具体と抽象を行き来しやすいプラットフォームだと、改めて感じました」(桑原氏)

また、近い距離感でのコミュニケーションが活発になったことで生み出された変化も。同氏は「物事の進む展開が速くなったように思います。メールとSlackでは意識が違うので、良い意味で”あけっぴろげ”になります。コミュニケーションが近くなったが故に、タスクや議題を解決するスピードが上がりました。毎週開いていた定例会にも変化が訪れました。大きな方針決定だけ月例会議で議論し、方向性を決めたあとは『じゃあ残りはSlackでやりましょうか』となっていますね。毎月4~5時間は確保していた定例の時間を、月1~2時間にまで短縮できたのは大きかったです」と成果を口にしている。

今後、BAUMチームでは既存のツールと使い分けながら、Slackでのコミュニケーションを中心に業務を展開していくという。

そして、桑原氏は「従来の会議や重要な意思決定の場を会議室と捉えるなら、Slackは日々の業務を遂行するためのデスクスペースのような場所。ちょっとしたことや簡単な内容をオープンに話せる空間だと思います。正直、Slackの導入がなければここまでチームの連携は取れていなかっただろうし、BAUMは生まれなかったかもしれません。現在、外部の皆様ともSlack コネクトでつながっています。ゆくゆくはメールの量を1/10以下にし、Slackを中心としたビジネス・コミュニケーションが行えるようになればと思っています」と、将来的な展望を話していた。