連載の第29回から第34回で警戒監視について取り上げたが、その際、空・海・陸・宇宙空間・サイバー空間における警戒監視活動と、それに関連する話題について取り上げた。しかし、このときには警戒監視のアウトラインに関する話が主体になっていた。

そこで、今回と次回の2回に分けて、警戒監視において重要な要素となる、各種の技術的情報収集について取り上げてみよう。

TECHINTの種類いろいろ

前回、「スパイが暗躍して秘密情報をかっぱらってくるような、いわゆる人的情報(HUMINT : Human Intelligence)は今でも重要だが、さらに現代では、各種の技術的情報収集(TECHINT : Technical Intelligence)の重要性が増している」という話を書いた。

典型的なTECHINTとして、以下のものがある。

  • 画像情報(PHOTINT : Photographic Intelligence) : 偵察機や偵察衛星で撮影した静止画のこと。近年では動画も増えているので、ひっくるめてIMINT(Image Intelligence)という言葉を使うこともある
  • 通信情報(COMINT : Communication Intelligence) : いわゆる通信傍受。それを実現する手段のひとつに、暗号解読がある
  • 電子情報(ELINT : Electronic Intelligence) : レーダーや電子戦装置など、各種の電子機器に関する情報収集

これら以外にもさまざまな「○○INT」があるのだが、スペースの関係もあるので、とりあえず今回は割愛させていただく。とりあえず最初のお題として、画像情報(PHOTINT)から話を始めることにしよう。

PHOTINTで分かること

これは「百聞は一見にしかず」ということに尽きる。百の能書きを並べるよりも、一枚の写真が雄大な説得力を持つというわけだ。それに、人間が眼で見たものをいったん言葉にして報告するよりも、映像をそのまま送ってしまう方が、誤解のない確実な伝達が可能になる。

現在ではセンサー技術の発達により、可視光線だけでなく、赤外線センサーや合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)など、さまざまな映像取得手段を利用できる。赤外線なら夜間でも使えるし、SARなら夜間でも曇っていても使える。ただし波長の関係で、可視光線より解像度が低くなる難点はある。

ただし、相手も偵察写真を撮られていることは承知の上と考えるべきだから、写っている内容が必ず本物だと思うのは危険である。わざと贋物が写るように工作したり、大事なものは隠蔽したり、といった手を講じているかも知れないのだ。

映像で便利、かつ厄介なところは、分析や比較照合といった作業である。たとえば、同じ地点を異なる日に撮影した2枚の写真を比較することで「何か変化が起きていないか」と調査する手法がある。

具体的にいうと、「北朝鮮の核施設で新たに土木工事が始まった」とか「イランのウラン濃縮施設で、山の中に掘られたトンネルに通じる道路が造られた」とか「中国のどこそこで、空母が横付けできるような巨大な桟橋が出現した」とかいった具合だ。

昔なら2枚の写真を並べて、分析担当者が眼で見ながら比較していたところだが、今ならコンピュータを援用しようと考えるのは自然なことだ。ただし、場所が同じでも天候や光線の条件は異なるだろうから、そういう要素は排除して、本当に異なる要素だけを拾い出すようなアルゴリズムを作り、それをソフトウェアの形にしなければならない。それができないと、比較・照合の自動化は難しい。

PHOTINTの収集手段

PHOTINTの収集手段としては、偵察機と偵察衛星が双璧である。

第二次世界大戦の頃は、専任の偵察員を乗せて目標地域に送り込み、その偵察員が眼で見た結果を通信文の形で報告する「偵察機」が多かったので、カメラを載せた偵察機は「写真偵察機」と呼んで区別していた。

しかし現在ではカメラを載せるのが当たり前だから、いちいち「写真偵察機」とは呼ばない。その偵察機とは別に「観測機」という分類もあるが、これは主として陸戦で、それも比較的狭い範囲で使用するものだ。つまり、上空から偵察員や指揮官が状況を把握するための手段と考えればよいと思う。その観測機にしても、目視だけでなく光学センサーや赤外線センサーを載せることがある。

ただし、偵察機にはひとつ問題がある。戦時ならともかく平時には、他国の領空を侵犯して写真を撮ってくるわけには行かない。実際にはそれをやった事例も少なからず存在するのだが、U-2偵察機がソ連上空で撃墜された「パワーズ事件」みたいに、ばれれば大騒動になって政治的失点につながる。つまり、リスクが大きすぎる。

その点、無人偵察機ならパイロットが捕まって尋問される危険性はないが、機体の出所がばれれば、やはり政治的失点につながるリスクはある。

ところが、宇宙空間を周回している偵察衛星であれば、領空侵犯とはいわれずに済む。これも、カメラ(白黒とカラーがあり、一般的には白黒の方が解像度が高い)、赤外線センサー、SARと、さまざまなセンサーを搭載したものがある。

もともと偵察衛星は国家、とりわけ軍の専有物だったが、近年ではリモートセンシング衛星の普及が進んでいるし、デジタルグローブ社に代表されるような、民間の衛星オペレーターもいくつか出てきている。だから、軍事専門誌に載る衛星写真も、この手の民間オペレーターの衛星が撮影した写真が多くなっている。

プレデターUAVが搭載する電子光学センサー・ターレット。旋回・俯仰が可能で、静止画も動画も撮影できる(出典 : USAF)

銀塩からデジタルへ

偵察機にしろ偵察衛星にしろ、カメラは銀塩からデジタルに移り変わってきた。これは我々が使っている民生用カメラの世界と同じだ。

銀塩の場合、フィルムを回収して現像するまで、何が映っているかは分からない。偵察機なら任務が済む度に基地に戻ってくるから比較的迅速だが、それでも撮影から現像までに何時間かはかかる。

これが偵察衛星になると、フィルムをカプセルに入れて投下、それが大気圏に突入した後で飛行機を使って回収、と面倒な手順を踏む必要があるので、ますます時間がかかり、その分だけ情報の鮮度が落ちてしまう。

しかしデジタル化すれば、撮影したデータはその時点でデジタル・データとして存在しているわけだから、それを通信回線を通じて送り出せばよく、それだけ迅速な入手が可能になった。

これが動画になると、デジタルでなければ使い物にならない。映画用のカメラを偵察機に積んで飛ばすなんて現実的ではないが、動画を撮れるデジタルカメラや赤外線センサーを偵察機に積んで送り出せば、通信回線を通じてリアルタイムでデータを送らせて「実況中継」するようなマネができる。

すると民生品と同様、画質をできるだけ損なわずに通信回線の負荷を軽減するための、静止画や動画の圧縮技術が重要になってくる。この辺は軍民を問わない課題だから、民生用の動画圧縮仕様をそのまま軍用のセンサーに持ち込むことが多い。実際、たとえば動画でH.264を使っている軍用電子光学センサーはいくつもある。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。