前回、UAV(Unmanned Aerial Vehicle)に自律的に行わせるのは具合が悪い機能として「識別・交戦」を挙げた。
やはり、相手を識別して交戦の指示を出すところは人間が行えるようにしないと、技術的な話よりも先に、法的・社会的な問題を惹起すると考えられる。業界用語でいうところの "man-in-the-loop" である。この場合のloopとは、「捜索~探知~識別~意志決定~交戦~命中判定と損害評価」という一連の流れを指しており、"man-in-the-loop" とは、その過程で人間を介在させるという意味になる。
ところが、UAVの活用を妨げる問題は、なにも武装化の話に限らない。それ以前に、まずUAVと有人機の空域共有が問題になる。
空域共有とは
空域共有とは読んで字の如く、同じ空域の中でUAVが飛んだり、有人機が飛んだりすることである。有人機といってもいろいろあるが、一般的には民間管制部門の管理下で飛んでいる民間機を指すようだ。
そもそも、人間が乗って目玉で見張りを行い、さらに(ちゃんとした体制が整っている国であれば)レーダーや管制官による監視・指示まで行って、それでもニアミスが起きるのである。そこにUAVが入り込んだらどういうことになるか、と心配する向きが出てくるのも無理はない。
有人機同士であれば、乗っているパイロットが周囲の状況を見張っているだろうし、高度の区分やニアミスが発生したときの回避についても挙動を読みやすい。ところが、機上に人が乗っていないUAVでは、まず周囲の状況認識からして問題がある。地上管制ステーションの前に座っているオペレーターが、機の周囲の状況を有人機並みに把握する手段はない。
現在ではTCAS(Traffic Alert Collision Avoidance System)のような自動衝突回避システムがあるのだから、それをUAVに搭載すれば、という考えもある。TCASは、それを搭載した航空機同士が秒間数回という頻度で、相互に「誰何」と「応答」を行うことで相互の位置関係を把握した上で、衝突の危険があると判断したときには回避行動の指示を出すシステムだ。誰何には1,030MHz、応答には1,090MHzの電波を使用する。
また、ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)が普及すれば、「相手が見つけてくれるのを期待する」代わりに、より積極的に「自機の位置を放送する」ことで、衝突回避の前段となる状況認識の改善を期待できる。
しかし、TCASやADS-Bといった手段によって、有人機とUAVの間に存在する「状況認識格差」「挙動の読みやすさの関する格差」を完全に埋められるかどうかは分からない。有人機が相手なら、いざとなれば相手に無線で直接コンタクトできるが、UAVではそういうわけにはいかないことも、話を複雑にしそうである。それに、軍用のUAVは隠密行動を必要とするだろうから、自機の位置を放送するなんて「とんでもない」ということも少なくないだろう。
こうした事情があるので、現在はUAVと有人機の空域を完全にセパレートしている。しかし、UAVの利用分野や導入事例が増えてくれば、それでは具合が悪い場面が出てくるだろう。
たとえば、軍の飛行場から発進した監視用UAVがオン・ステーション空域に向かう過程で、どうしても有人機の空域を横切らなければならないとしたら? また、たとえば災害発生時の状況把握など、民間でもUAVが有用性を発揮する分野がいろいろ考えられる。そうなると、必然的に民間の有人機とUAVの空域共有が必要になる。
空域共有に関する研究の例
こういった事情から、欧米ではUAVと有人機の空域共有に関する研究や実験を進めている。たとえばEU(European Union)では、UAVと有人機の空域共有について、「2016年までに制限付きの初期段階を実現」「2020年までに完全な実現」という目標を掲げている。
これを受けて、欧州防衛庁(EDA : European Defence Agency)がMIDCAS(Mid-Air Collision Avoidance System)という計画名称で、UAV用の衝突回避技術を研究している。2009年に計画がスタートしており、フランス・ドイツ・イタリア・スペイン・スウェーデンからメーカー13社が参画、5,000万ユーロの資金を投じて作業を進めている。
また、EDAでは実際に民間空域でUAVを飛ばして試験運用を行う、DeSIRE(Demonstration of Satellites enabling the Insertion of RPAS in Europe)という計画を進めており、2013年6月にイスラエル製のヘロンUAVを使った実証試験を実施した。こちらは欧州宇宙庁(ESA : European Space Agency) との共同計画で、衛星経由で航空管制や任務に関するデータをUAVに送信して、見通し線圏外でも確実に管制できるようにしようというものだ。
こうした話では、単に技術を開発するだけでは済まない。国ごとに機器や手順が異なっているのでは使い物にならないので、国際的に歩調を揃えて開発や実装を進めていく必要がある。そういうところは、たとえばインターネットにおけるプロトコルの標準化仕様策定と似た部分がある。
また、技術的に実現可能な段階まで熟成できたら、今度はそれを法律や規定といった形で明文化して、誰もが確実に運用できるようにする必要がある。しかも民間航空分野だけでなく軍や政府機関も関わってくる話なので、調整が大変そうだ。
日本に配備して問題はないか?
では、法的な位置付けや空域共有の問題を解決できる、あるいはできる見通しが立つ前に、第13回の冒頭で取り上げた高々度監視用のUAVを日本で配備することになった場合、どう運用すればよいのだろうか。
空域共有ができない、あるいは避けたいのであれば、民間機がいない場所に拠点を置いて、オンステーションする空域(ほぼ間違いなく南西諸島方面である)まで上昇するために、専用の回廊(コリドー)を設定するのが現実的ではないか、と個人的には考えている。いったんオンステーション空域に到達してしまえば、HALE UAVの運用高度は民航機よりずっと高いから、その部分に限定すれば両者は干渉しない。
ただし、不具合を起こしたUAVが近隣の飛行場にダイバートすることになれば、話は別である。そういった事情、あるいは今後にさまざまな分野でUAVを活用する可能性が考えられることからすると、法的な位置付けや空域共有の問題は、日本でも解決しておかなければならないはずだ。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。