捨てられない本がある。たとえば、これ、子供の頃に読んだ昆虫図鑑。もうボッロボロ。思い出のたくさん詰まった本だけど、捨てられないといつまでも残しておいたら一向に片付かない。掃除とは捨てること! 今こそ決心して捨てます。

大学生の頃、一度、この図鑑を手放したことがある。子供の頃から大事にしていた思い出の図鑑だけど、そのときも決心してゴミ置き場に捨てた。陽射しの強い夏の日だった。部屋に戻る途中、目の前を不思議な光が横切った。ギランとした強い光だった。追ったけど家の壁を通り抜けるように、そこらで消えた。

この場所では夜、たくさんのホタルが出た。でもさっきの光はホタルのようなゆったりとした光の軌跡ではなかった。光量も違う。お墓の多い町だったから、火の玉?とも思ってみたけど、昼間だし…。なんの光だったんだろう? 光の消えた壁のあたりをよーくみると、そこにへばりついている昆虫がいた。

ああああ! タマムシ!

ものすごく美しかった。タマムシは初めて見た。このタマムシが飛翔すると、あんなに光を放つのか……。知らなかった~、大感動! 図鑑でしか知らない憧れの昆虫だった。一度は生で見てみたいと思っていた。

あ! 図鑑!

ゴミ捨て場に戻ったらまだ回収されていなかった。小脇に図鑑、捕まえたタマムシを手に掴んで部屋にもどった。あの光をもう一度見てみたいと思って、部屋の中でタマムシを何度か放ってみたけど、だめ。外の陽射しでなければ、あのギラーンとした光にはならないみたい。そのうちタマムシは飛ばなくなって、放っても、畳でバウンドしてひっくりかえり、手足を空中で掻いて、動きもゆっくりとなって間もなく息絶えた。

風邪薬の空のビンにタマムシを入れて、窓辺に飾った。

窓辺の陽射しはよく入り込んだので、ガラスの中のタマムシは死んでるとは思えないほどよく光った。緑色の金属のような光沢、背に二本の太い線は角度によって虹色に光る。腹は緑から赤への光沢ギランギランのグラデーション。角度によって光の色が変化する。飛んでるときも色がさまざまに変わっていた。自然につくられたものに思えない。生きた宝石。こんな美しいもの作ったの誰?

図鑑を開いてタマムシの写真を指でなぞった。色あせた写真。ホンモノはこんなもんじゃない。ホンモノは輝いてる。こんなに目立った光で天敵の鳥に見つかりやすいんじゃないの? と思ったけど、説明書きによると、あの変色する光は天敵である鳥に警戒させるためらしい。

次の日もその次の日も、窓辺のタマムシは光っていた。ビンからとりだして凝視することもあった。そのたび、ウットリとした気持ちになって、世界の背後に素晴らしく有能なデザイン集団がいるような、そんな遠い気持ちになり、軽くノイローゼぎみになった。

虫の思い出をさらに遡る。小学生の頃のある日、クラスに必ずいるような昆虫大好き少年Fクンが、ビニール袋に赤色の液体、トマトジュースのようなものを入れてきたので、近づいてみてみると、それはなんと! 液体ではなく、大量のてんとう虫だった!

ぎゃーーー!

この話、次回に続きます!

タナカカツキ


1966年、大阪府出身。18歳でマンガ家デビュー。以後、映像作家、アーティストとしても活躍。マンガ家として『オッス! トン子ちゃん』、『バカドリル』(天久聖一との共著)など作品多数。1995年に、フルCGアニメ『カエルマン』発売。CM、PV、テレビ番組のオープニングなど、様々な映像制作を手がける。映像作品『ALTOVISION』では「After Effects」や「3ds Max」を駆使して、斬新な映像表現に挑んだ。キリンジのアルバム『BUOYANCY』など、CDのアートディレクションも手掛ける。