技術流出防止策を強化する米国

絶え間のない先端技術の中国への流出に業を煮やした米国が、安全保障を目的とする国防権限法に基づき、さらなる規制対象となる先端14分野を発表した。

リストにはマイクロプロセッサをはじめAI、先端コンピューティング、ロボティクス、データ分析、先端材料など半導体・ITに直接関係する分野がずらりと並ぶ。

米国は中国との貿易交渉で中国の輸入拡大などのアジェンダに加えて、知的財産権保護について激しくやり取りしているが貿易交渉でのこの分野での進展はあまり見られない。

それならばと、米国先端企業への中国からの投資に規制をかけ、流出を基から断とうとする戦略だ。この規制対象先端技術リストには対象国についての言及はないが、米国が中国への技術流出を一番懸念していることは明らかだ。

しかし、この技術規制に日本を含む米中以外の国が巻き込まれる可能性は十分にある。この規制には半導体企業同士の"クロスライセンス"が大きく関係しているからである。

クロスライセンスとは、個々の企業が持っている基本特許などを含める知的財産を合法的に持ち合うことである。クロスライセンス契約が結ばれる過程は、

  1. ある企業が他の企業と密な関係を持ち共同開発をする
  2. ある企業同士がお互いに対して特許侵害などで訴訟合戦をした挙句の最終合意

の2つのケースが典型的である。しかし、このクロスライセンス契約をしなくてもある企業の知的財産を取得する方法がもう1つある。企業買収である。米国は中国からの米国先端企業への財力に任せた企業買収に待ったをかけ、技術流出を阻止しようとしているということだ。

これには米国政府機関のCFIUS(対米外国投資委員会)が眼を光らせる。CFIUSの判断で米国のLattice Semiconductorへの中国系ファンドによる買収工作が阻止されたのはつい昨年のことである。

参考:吉川明日論の半導体放談 第3回 「国家安全保障と密接に関わる米国の半導体産業」

中国による世界の先端技術保有企業の買収は、知的財産だけでなくそれを産み出した優れたエンジニアも丸ごと取り込んでしまうという点で非常に強力な方法であり、米国にとって大きな脅威であることは十分に理解できる。これは日本企業にとってもまったく対岸の火事ということではない。米国企業とクロスライセンス契約を結んでいる日本企業が中国企業に買収されるという話があった場合、CFIUSはそれを法的に阻止することができるからだ。

ポイズン・ピルという毒饅頭を飲み込んだAMD

AMDとIntelはx86マイクロプロセッサの黎明期に共同戦線を張り、Motorolaの68000(68K)マイクロプロセッサを打ち負かし業界標準の地位を勝ち取るという協力関係にあった。

その頃に結ばれた2社間のクロスライセンス契約は、半導体デバイスの設計と製造に関する重要な基本特許を含めて広範にわたっていた。一度結んでしまった相互ライセンス契約というのは、実際の製品に使われてしまうともはや仕分けができなくなってしまうというのが現実で、事実AMDとIntelはその後たもとを分かって訴訟合戦を延々と繰り広げたのだが、結局このクロスライセンス契約はそのまま継続され、現在でも両社の間に存在する。訴訟合戦については私自身が深くかかわっていたので、過去のシリーズコラムで詳細を書かせていただいた。

参考:巨人Intelに挑め! – 最終章:インテルとの法廷闘争、その裏側 第1回 「序章:2014年の奇妙な記事」

今回の米中の知財戦略をめぐる報道を読んでふと思い出したことがある。それは「ポイズン・ピル条項」、という法律用語である。

多くの読者にとって聞きなれない言葉であると思われるので多少説明を加えておく。ポイズン・ピルとは英語で"毒薬"を意味し、ポイズン・ピル条項をWebなどで調べてみると「敵対的買収に対する防衛策として自社株を買収者にとって魅力的ではないものにする条項」などと説明されている。おどろおどろしい響きを持つこの法律用語は、企業間の買収劇などに時々登場する。

実際にはいろいろな方法があるらしいが、私がAMDで経験したポイズン・ピル条項は下記のようなものであったと記憶している。この話はAMD社内ではよく「AMDはIntelとのクロスライセンスの契約過程で毒饅頭を飲み込んでいるので他社から買収されない」、などのニュアンスで伝えられていた。

  • AMDとIntelはクロスライセンスを結んでいて、その中には多くの基本特許を含んでいる。
  • AMDはあくまで独立企業として存在することを株主にコミットしているので、AMDとIntelの間のクロスライセンス契約にはポイズン・ピル条項が含まれていて、AMDが他の企業に敵対的買収を仕掛けられたとしても知的財産権が買収者に容易に委譲されない項目を加えてある、故に買収が非常に困難となる。
  • 要するに、AMDを買収しようとしてもIntelとのクロスライセンス契約があるので、Intelが異議を唱える。仮に強引に買収したとしてもその後Intelから大規模な訴訟攻勢を受けるのでAMDを買収する魅力は大きく減殺される。

実際の契約書に書かれているのを見た憶えがあるが、その詳細は記憶していないし現在のAMDとIntelの間で、この条項が未だに効力を持っているのかもわからない。知的財産をめぐる米中のせめぎあいを理解するうえで身近な問題として考えられる手立てとなるのではと考え披露した次第である。

  • AMDからの訴訟文

    AMDとIntelの訴訟合戦のハイライトとなった独禁法違反訴訟でのAMDからの訴訟文 (著者所蔵イメージ)

米中のせめぎあいは今年本格化の様相

「中国製造2025」という遠大な目標を掲げてそれに突っ走る中国と、技術大国として覇権を謳歌してきた米国のせめぎあいは今年になっていよいよ本格化すると予想される。ZTE、Lattice、Qualcomm、ファーウェイなどの企業を巻き込んだ昨年の一連の事件は、先端技術における安全保障上の重要度が貿易戦争を引き起こす可能性を示唆している。

中国は半導体製造での先端技術を急速に蓄積しているがまだ米国レベルには達していない。一方、AI、IoT、自動運転などの分野ではかなりの技術・ノウハウを確立しているのも確かである。

今後中国は米国だけでなく、欧州、日本、韓国などの先端技術企業に積極的な買収を仕掛けてくることは明らかで今年の大きな話題となるであろう。その先端技術のど真ん中に半導体がある。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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