遅まきながら新年のご挨拶を申し上げる。

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

私自身はいたってのんびりしたお正月であったが、正月早々大変に大きなニュースが入ってきて、報道各社の記事に思わず目を通すことになった。Appleショックである。

Appleの弱含みの業績予測で大荒れの世界経済

正月気分のまったく抜けない1月4日に発表されたAppleのCEO、ティム・クックからの弱含みの業績予測は、全世界の巨大なAppleのサプライ・チェーンの総体である「Apple経済圏」を大きく揺るがす結果となった。

もっとも、Apple経済圏関連企業は遅くとも昨年の秋には今年の初旬からの生産調整とそれに伴う部品供給の減少については知らされていたわけで、経済紙に踊るAppleについての否定的な記事は、Apple経済圏を取り巻く市場の反応についてであるということは知っておく必要があるが、今年の波乱含みの幕開けにより昨年、時価総額1兆ドルという高いハードルをいとも簡単にクリアしたAppleの継続成長への期待とその影響力がとてつもない規模であったことを思い知らされたことは事実である。

また昨年来急速に高まった米中の緊張関係も相まって、「今年はどうなるのか」という不安は高まるばかりである。私はAppleユーザーではあるが、熱心なAppleファンでもないし、Appleの株主というわけではないということを最初に言ったうえで、Appleに対する悲観論についてはどちらかというと冷静に見ている。

  • iPhone

    Appleのコアファンというわけではないが、私が所有するスマホはすべてがiPhoneである (著者所蔵イメージ)

確かに桁外れな規模のApple経済

今回のAppleショックはAppleの株価が昨年の最高値から35%という急落を見せたというApple自体の問題もさることながら、Appleの巨大なサプライ・チェーン全体への大きな影響力をあぶりだす結果となった。

Appleビジネスの実際の数字を見てみると、この会社の桁外れなスケールと特異性が感じられる。各紙の報道、Appleの四半期の発表文などから読み取れる重要な数字の中で、私は次のような点に注目している。

  • 今回のAppleショックはAppleの株価が昨年の最高値から35%という急落を見せ、市場から一気に40兆円の価値が吹き飛んだ計算になる。
  • AppleのiPhoneはその出荷台数では世界市場の15%以下であるが、スマホ市場全体から生み出される利益の80%近くを生み出している。
  • 価格競争が激しいスマホ市場で、iPhoneの製品単価は今まで暫時上がり続け、昨年末では800ドルという驚異的なレベルまで達した。
  • 四半期で9兆円近くに上った売り上げが、昨年末まで6四半期継続して二桁台の成長を達成してきた。
  • Appleは現在でも27兆円もの保有現金を持っている。
  • 今回の弱含みの予測はiPhoneのもので、Appleが将来製品としてこれから次のプラットフォームとして位置付けるウェアラブル・デバイスとサービスの売り上げは記録を更新し続けている。

これらの数字は、Appleをサポートするサプライ・チェーンの総体である「Apple経済圏」がいかに巨大で、その経済圏がいかにAppleに依存しているかを物語っている。それだけにAppleショックは経済的依存の裏返しの反応であったと思う。

伝説のレジェンドであるApple創業者スティーブ・ジョブズの死後、2011年から後を継いでAppleを率いてきたティム・クックが「ジョブズほどのカリスマを欠いている」という批判は随分と前からあったが、ジョブズ亡き後のAppleのかじ取りについてクックを批判するのは次の点を考えると当たらないと思う。

  • ティム・クックはApple社内どころか、業界全体から尊敬される超優秀な経営者であり、彼のサプライ・チェーンでの豊富な経験が今までのAppleの成長を可能としてきたことは明らかである。
  • Appleはその莫大な売り上げに対し、毎年R&D投資額を増額し昨年はなんと1兆4000億円余りの金額を積極的に研究開発に投資をしてきたこと(これは2014年の約2倍にあたる)。
  • その巨大な企業成長を支える優秀な従業員は2006年には2万人以下だったが、現在では13万人以上の優秀な人々が雇われていること。
  • Appleは株主に対し35%以上のROE(自己資本利益率)によって、その恩恵を十分に還元してきたこと。

次の段階に入るデジタル時代とAppleブランドの強さ

私はかつてAMDに勤務していた24年でプラットフォームがメインフレーム・コンピューターからPC/サーバーにあっという間にとってかわるのを実際に目のあたりにした。

この中で感じたのは、「変化は次第に醸成されるが、実際に経済的な数字になって表れるまでビジネスは反応しない。"都合の悪いことは取りあえず見ないでいたい"というのが人間の心理である」、ということである。こういう状態でAMD・Intelのように切磋琢磨する競争がある限りイノベーションは加速され、優れたアイディアが生み出される。

Appleは優秀な人材を積極的に取り込み、桁外れなスケールの保有現金を惜しみなくR&Dに投資してきた。iPhoneというプラットフォームの次に繰り出す予定である製品を世に出そうと、今か今かとスタートを待つボブスレー選手のような心境のAppleエンジニア・チームがいくつもあって、新製品発表に向けて満を持して待っていると期待している。

しかもそういった新製品は、市場を形成し競争が激しくなれば必ずコモディティ化し、価格競争に突入する。その時に価格下落をヘッジする強い見方がブランドである。冒頭の数字を見ればAppleのブランド力がいかに群を抜いているかは一目瞭然である。Appleは今や車でも、家でも、どのようなデジタル製品をも高価格で売れるブランド力を備えていると感じる。

次の段階に入るデジタル時代では、製品の優秀性と同じくらい重要となるのはその企業に対するユーザーの信頼となる。この意味ではAppleをこれまで率いてきたティム・クックの今後の采配には大いに期待するところである。

のっけから波乱があり大きな不安要因をはらんだ年明けとなったが、イノベーションの加速はいよいよスピードを増すことであろう。現役を引退した身ではあるが、できるだけ業界の変化に食らいついて行って皆様が読んで意味のあるコラムにするつもりなので引き続きお付き合い願いたい。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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