最近、経済産業省(経産省)が電力コストについての重要な発表を行った。「太陽光発電の電力コストが原子力のそれよりも下がった」、というのが発表の骨子であるが、「今更ながらの内容をしれっと発表した」という印象を持った。経産省はその後に新しい「エネルギー基本計画」(の素案)も発表し、脱炭素社会構築へ向けての道標を示したが、その実現には大きな発想の転換が必要である。

原発推進の大義を失った日本政府は脱炭素への発想の転換ができるか?

経産省は太陽光発電(事業用)の2030年時点のコストが1kW時あたり8-11円台と原子力発電のコスト(11円程度)より安くなるとの試算を示した。いわゆる太陽光発電の「グリッドパリティー」の実現である。過去50年以上も続いた日本の原子力発電(原発)政策には大きな見直しが入ることになるだろう。老朽化した原発の廃炉コストも含めて、新設原発なしで再稼働を目指すものと思われる。

  • 太陽光発電

    経済産業省 発電コスト検証ワーキンググループによる2030年の電源別発電コスト試算の結果概要 (出所:経産省発表資料)

地球温暖化の顕在化や福島の原発事故を経て、世界は脱炭素世界の実現に向けて大きく舵を切っているが、日本政府の原発から再生エネルギーへの発想の転換には時間がかかり過ぎているように感じる。地震大国の日本において、しかも核廃棄物処理の方策がたっていないにもかかわらず全国的に進められた原発の設置は、実は「コスト」の問題ではなく、大惨事になるまで継続された「政治」の問題であったことは福島の事故関連の数々の報道で明らかなものとなった。欧州を始めとする世界は脱炭素化の緊急性について日本よりもかなり以前から認識しすでに大きな実績を上げている。温暖化ガス排出規制に対応することは、今や「CSR(企業の社会的責任)」のレベルをはるかに超えて、社会インフラや金融・投資における選別基準(いわゆるESG)であり、ビジネス上の重要な条件となっている。地球温暖化対策についての各企業の取り組みは将来的に生き残る企業を選別する重要なファクターとなっていると言ってもよい。

今回示されたエネルギー基本計画(素案)では2030年度に温暖化ガスの排出量を削減するためには、再生エネルギーの比率を36-38%まで高めるとしている。2030年度計画で示された22-24%からさらに大幅に引き上げた形だ。他の発電方法の研究も含めて、各企業はかなり覚悟を決めて取り組まないと選別競争で脱落するリスクを負う。

  • 太陽光発電

    経産省 資源エネルギー庁の第6次エネルギー基本計画(素案)で提示された電源構成の概要 (出所:経産省発表資料)

再生エネルギーの幾多の方法の中で研究の歴史も長く、最も条件がそろっているのが太陽光発電である。シリコンや化合物半導体をベースとした太陽光パネルで、太陽光を電気に変換する太陽光発電のこれまでのチャレンジは発電効率とコストであったが、不断の研究と製造ノウハウの蓄積によりこの10年で大きく改善され今回の経産省の発表となったが、設置場所の確保、蓄電の方策、電力連携などさらなる普及には数多くの課題が残っている。

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    太陽光発電は脱炭素世界の中心的電力源となるか?

蓄電池の設置に踏み切った我が家のエネルギー政策

我が家では猫の額ほどの面積ではあるが2011年8月に太陽光パネルを設置し、FIT(固定買い取り制度)の恩恵を受けてきた。出力は最大で2.5KWhほどのごく小規模の発電所(グリッドを所有する東京電力からは“発電所”の認定を受けている)であるが設置時期が早かったので、買取価格や補助金の面で最大のメリットを享受することができた。

ちょっとした計算をしてみても、初期投資はすでに回収し売電による経済効果も出ている。しかし、太陽光パネル設置の私の最大の動機は、福島の原発事故を目の当たりにして、「東京電力にすべてをコントロールされている我が家の電力事情に何らかの手を打ちたかった」というのが本音である。それから10年が経った。その間に日本の各地は地球温暖化が原因と思われる大雨に見舞われるようになった。天変地異による停電の恐ろしさを目の当たりにし、FITが10年の満期を迎える今年、蓄電池の設置を決断した。

設置してから一か月ほどがたった現在であるが、太陽光パネルに蓄電池/パワーコンディショナーが加わった我が家のマイクロ発電所では、現在電気がどのようにやり取りされているかが一目でわかるパワーモニター(大変にかわいいコントロール・ルームである)が設置され、それを毎日チェックするのが私の日課となっている。

  • 太陽光発電

    2.5KWの発電のうち0.9KWを使用し、1.6KWを売電している、蓄電池は100%の充電状態になっている (著者撮影)

この小規模発電所の概要は以下のようなものである。

  • 太陽光発電の余剰電力買取は8月中旬で終了し、その後は蓄電池充電に使用される
  • リチウムイオンベースの蓄電池の容量は5.6KWhである。比較的コンパクトな筐体であるが、中には小さなリチウムイオン電池がぎっしり詰められているので重量は60kg以上である。劣化した分は電池単位で交換できる。
  • 蓄電池に貯められた電気は非常用電源として、あるいはFIT終了後の太陽光発電の受け皿となる。放電・充電を繰り返すが蓄電レベルはモニターで確認できる
  • 充電方法は昼間は太陽光から、夜間は電力単価が低い買電で行う
  • 初期投資は200万円程度かかるが、今であれば政府の補助金50万円が受けられる

私は蓄電池には常々興味を持っていたが、家庭用蓄電池のコスト低減と政府補助金を天秤にかけながら、FIT終了のこの時期で決断した次第である。初期投資の回収には太陽光設置の場合よりも時間がかかりそうだが、何よりも天変地異による停電時の非常用電源が確保されることが大きな安心材料となっている。とりあえず冷蔵庫が置いてあるダイニングルームの電源が確保され、冷蔵庫、照明、スマホ用の電源などに限れば約2日間は持続可能ということになっている。

半導体開発は発想転換の歴史そのもの

我々が身を置く電子業界の歴史はパフォーマンスの向上と消費電力の低減という二律背反する課題への挑戦の歴史と言い換えてもいいだろう。シリコン半導体によるトランジスタの構造もTTL➞ECL➞Bipolar➞NMOS➞CMOSと進化を遂げ、現在でもより多くのトランジスタをより省電力で動作させることに邁進している。以前、シリコンバレーのYouTube動画でAMDの副社長を経てFPGAの有力企業Actel社(このブランドはすでにM&Aによって消滅している)のCEOとなったジョン・イースト氏のインタビューを観た。

「最初のTTLゲートの消費電力は50mWもあった。もし微細加工による消費電力の低減がなくトランジスタの増加とともに消費電力がそのまま上昇していたならば、現在のマルチコアCPUを実装するスマートフォンの駆動には原子力発電所の一基分の電力が必要になっていただろう」、というイーストのいかにもエンジニアらしいコメントは非常に興味深い。長かったシリコン時代から次世代の省電力材料への試行錯誤はすでに大きな成果を上げていて、GaNやSiCなどの新材料でのデバイス製造の時代を迎えている。

また、電力ビジネスの最前線ではVPP(Virtual Power Plant)などのアプローチが動き始めている。EV、蓄電池、太陽光パネル、風力発電などの再生エネルギー発電の分散したリソースを活用しながら、1つのボーダーレスな発電所を構築する考えだ。このトポロジーは分散型コンピューティングとしてIT業界ではすでにビジネスになっているものである。発想の転換による技術革新への飽くなき探究心は大きな社会問題解決へのカギを握っている。