半導体製造の歴史

半導体製造とその業界の発展の歴史についてはいろいろな本が出ているので、皆様もいくつか目にしたことはおありだろうと思うが、現在の巨大情報社会インフラを支える半導体はほんの60年くらい前にTI(Texas Instruments)のジャック・キルビーが発明した集積回路がもとになっているという事実を考えると、この業界の技術革新のすさまじさに改めて驚かされる。

初期の半導体メーカー各社はシリコンインゴット、ウェハ、そして最終製品のデバイスまでの一貫生産設備を持っていた。現在では半導体業界には製造装置、材料、デバイス設計、デバイス生産、パッケージングとテストといった半導体生産のサプライチェーンごとに分業体制が形成されていて、それぞれが独立した大規模のビジネスにまで成長している。しかし、かつては業界規模もそれほど大きくなかったのでこれらのプロセスのすべてを各社が持つというのが普通だったのだ。

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    米Western Electric社のエンジニアがインゴットを引き上げている写真、大きさから察すると2インチ口径のウェハであろう (著者所蔵イメージ)

昨年の夏にシリコンバレーを訪れた際にIntel本社に併設されているIntel博物館を見学する機会があった。館内には歴史的製品がずらりと展示されており大変に興味深かった。その中に創立当時からのウェハの展示があったので写真を掲載しておく。Intel創立の翌年の1969年に製造された2インチウェハが最初のものだったようだが、これは間違いなくIntel社が内製したクリスタルで製造したウェハであろうと思われる。製品は256ビット(メガでもギガでもない)のSRAMと記されている。

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    Intel博物館に展示された歴代ウェハ (著者所蔵イメージ)

Intelとの競争のためにSOIウェハを採用したAMD

私がAMDに入社したのは1986年であったので、1969年に創立されたAMD社内でのクリスタル、ウェハなどの製造はそのころにはすでになくなっていた。

工場で見聞きしたものはすべてデバイス製造の微細加工技術とかクリーン・ルーム関係の話でウェハについてはほとんど見聞きしたことはなかったが、一度だけシリコンウェハの種類がマーケティングのメッセージに使われたことがある。それは確かAMDが満を持して発表したK8(後にAthlon64・Opteron)のブランドで発表される)の時だったと記憶している。

微細加工技術は0.18ミクロンから0.13ミクロンへの移行中だった。64ビットの高速処理を可能とするK8のマイクロアーキテクチャは非常に先進的で、当時のIntel 競合品のPentium 4を遙かに凌ぐ総合性能を実現するものであった。しかし1つ問題があった、そのデザインを製品に落とすための微細加工技術の開発でAMDはIntelよりも1世代遅れていたのだ。微細加工での世代遅れは周波数の向上、消費電力というCPUの商品価値として最も重要な要件において決定的に不利となる。AMDはこの微細加工技術の遅れを補うために、通常使われるバルクシリコン・ウェハでなく、SOI(Silicon On Insulator)シリコン・ウェハを使用することにした。CPUの回路を作りこむデバイス層の下に酸化膜を形成するSOIウェハは用途によって下記の特徴を備えている。

  • バルクウェハと比較して周波数があげやすくなる。
  • 酸化膜を形成することでリーク電流を抑えることができ、省電力化が可能となる。
  • しかしバルクウェハよりも価格は高く、回路の作りこみはより困難となる。
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    デバイス層の下に酸化膜を形成するSOIウェハの構造 (著者所蔵イメージ)

使い慣れたバルクウェハではなく、かなり癖があり高価なSOIウェハを使用するのはAMDにとっては大きな賭けであったが微細加工技術の開発のギャップを埋める方策に他の選択はなかった。結局、SOIウェハの採用はAMD64アーキテクチャに後押しされたK8のハードウェアとしての革新を支えることに役立った。それまでAMDの先を行っていたIntelは、64ビット化とK8の投入で成功を収めたAMDを追いかける形となった。AMDがリスクを冒して決断したSOIウェハの使用は正しかったというわけだ。

多様化する半導体ウェハ材料

半導体デバイスの材料として、超高速にオン・オフの動作をする特性を持ち経済性に優れたシリコンが選ばれた理由は他にもいろいろあるが、さらなるデバイスの性能向上への要求に応える半導体材料の探求はシリコン材料が主流となってからも常に行われてきている。

シリコン以外で今まで半導体デバイスへの応用が一番広がったのは化合物半導体のガリウムひ素(GaAs)ではないだろうか。今ではHEMTなどの高速通信用の半導体素子としては定着した存在だが、この素子を汎用ロジックや、最終的にはCPUなどの高集積回路に使用するという試みは昔から行われていたものの結局成功しなかった。デバイスにする前のインゴット、ウェハなどの製造での複雑さとそのコストが経済性の要求を満たすことができなかったからだ。

コンピューターに代わる半導体の巨大市場として期待される電気自動車用の半導体の中でかなり重要な役割を果たすと思われるパワー半導体の材料としてSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)が最近注目されているようである。

「最近注目」という表現はちょっと誤解を招く可能性がある、と言うのもこの2つの材料についての研究は随分長い間されてきたのが現実だからだ。注目されるようになった理由は経済性と品質にある程度めどがついてきたからである。今まで自動車業界を牽引してきたエンジンという内燃機関に対する依存度は未だに根強いが、将来的にEV(Electric Vehicle)やFCV(Fuel Cell Vehicle)へ移行することは時間の問題であろう。どのような方式が将来の電気自動車の標準を制するかの見極めにはまだ少々時間がかかるようであるが、半導体デバイスの使用量が級数的に増加することは間違いない。

そうした中でシリコンに代わって高耐圧で省電力を実現する材料としてSiCやGaNを採用したパワーデバイスが徐々に実績を上げてきているという報道をいくつか目にした。これらの素晴らしい特性を持つ材料を使用したウェハの限界は4インチであったが、長年の研究の成果により6インチへと安定的に移行可能となったことが背景にある。いよいよ経済性を増した半導体デバイスがこれも将来的な市場拡大が十分に見込まれる電気自動車という巨大市場という大海に漕ぎ出した感がある。こうした「わくわく感」が新型半導体の研究開発意欲を支えている。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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