2013年にブリヂストンが開発した次世代低燃費タイヤ技術「ologic(オロジック)」は、車両の燃費向上に関する"転がり抵抗"を約30%低減させながら、同時に高いグリップ力も有するという圧倒的な性能を示した。BMWの電気自動車「i3」にも標準採用された革命的なタイヤはいかにして生まれたのだろうか。ブリヂストン タイヤ研究部のユニットリーダー 松本浩幸氏とフェロー 桑山勲氏、そしてプロトラブズ合同会社 社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏らによる対談を、前後編でお送りする。

ECOPIA EP500 ologic

新しい時代のタイヤを

プロトラブズ合同会社 社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

トーマス・パン氏(以下パン氏):まずは、どのようにしてologicが生まれたのか、開発の経緯を教えて頂けますか?

松本浩幸氏(以下松本氏):私どもは「操安性能」をずっと研究していまして、以前は走りの究極であるF1タイヤの開発をしていました。2006年にF1の開発が一区切りついたので、次の研究テーマを検討したのですが、ちょうどその頃はエコロジーが注目を浴びる時代になっていたんです。低燃費の新しいハイブリッドカーや電気自動車も出はじめていました。「車が変わりつつあるんじゃないか? だったら、新しい時代のタイヤを出してみよう」と考え、次世代の低燃費タイヤの開発に着手しました。

桑山勲氏(以下桑山氏):普通の開発では、自動車メーカーからオーダーされたものを我々が提供するのですが、今回は、"転がり抵抗"の少ないエコタイヤでありながら他の性能も高水準にあるという、常識を越えたレベルの技術を作りたいと考えてはじめました。

パン氏:「常識を越えたレベル」ということですが、そもそもタイヤには一定の規格が存在するかと思いますので、その枠のなかにおける開発に限定されたりはしないのですか?

桑山氏:はい。通常はそうですが、「凄いものをつくりたい」という思いが根源にありましたので、寸法や内圧といった規格を度外視してシミュレーションを繰り返した結果、新しいトレンドが見えたんです。

運動性能と環境性能の両立

ブリヂストン タイヤ研究部 ユニットリーダー 松本浩幸氏

パン氏:ologicのタイヤとしての特徴を改めて教えて頂けますか?

松本氏:ologicは通常のタイヤに比べて、幅が狭く直径が大きい。そして充填する空気圧が高めに設定されています。

桑山氏:性能のひとつとして、転がり抵抗を30%以上低減させています。

パン氏:30%とは圧倒的ですね。これは素人考えなのですが、いままでのタイヤだと惰性で100mしか進めなかった車が、同じ力で130m進むようになったということでしょうか?

桑山氏:まさにそんなイメージです。しかし面白いことに、車を止めたり制御するための摩擦係数もしっかりとありまして、運動性能は高いんです。ブレーキを踏んでいないときは無駄な力が出ないのですが、出したいときはすぐ出してくれる。運動性能と環境性能を両立させていることが、ologicの大きな特徴です。

パン氏:通常では相反するような性能を両立できる素材ダイナミクスが可能なんですね。まるでタイヤそのものが考えているかのようです。

松本氏:エコタイヤはグリップが無いと言われていたんですが、ologicがそれを両立できた背景には、F1があります。我々は夏場に弱かった時期がありまして、2003年のハンガリーGPでは惨敗してしまいました。タイヤを調べたところ、オーバーヒートを起こしていたんです。グリップを出すには、摩擦熱を下げる必要がありました。どうして熱が出るのかというと、タイヤの中で無駄があり、エネルギー損失が大きかったんです。この無駄を減らせば、グリップも出せる事が分かりました。

パン氏:タイヤの中の「無駄を減らす」とは、具体的にどういうことなのでしょうか?

松本氏:無駄な変形を押さえる、ということです。タイヤの接地面はハガキ大なのですが、その中の各部分の足並みがそろっていないといけません。会社組織と同様に、皆がばらばらの方向を向くのではなく、足並みをそろえることで無駄が無くなり、同じ方向に力が出るんです。こうして改良を重ね、レースで巻き返しを図っていった経験が、ologicに活かされています。

機能美の追求から見えたもの

ブリヂストン タイヤ研究部 フェロー 桑山勲氏

パン氏:実は私はタイヤのデザインが好きで、トレッドパターンを見て選んでいます。タイヤを斜めにして車を停めると、見え方がぜんぜん変わりますよね。そんな部分に魅力を感じます。

桑山氏:その着眼点は、我々としても非常に嬉しいですね。

パン氏:Ologicにはスリットが2本しか入っていなかったりと、極めてシンプルなトレッド構成ですね。

桑山氏:空気圧が高く幅が狭いため、水はけがすごく良いんです。溝は最低限で良いと分かったことも、幅が狭いのにグリップを出せている要因の一つです。後ろからの見た目が少し頼りないので、「これで大丈夫?」と言われる時もありますが、乗ってみると「この細さから考えられないくらいしっかりしてるんだね」といってくださります。 

パン氏:通常のタイヤよりかなり径が大きいということは、ホイール部分も大きくなるので、足回りのコスト面で高くなったりしませんか?

松本氏:そこは課題になっていますね。コスト的にもっと小さくできないの、とは言われます。

桑山氏:ただ、デザイン面ではタイヤが大きい方が見栄えが良くなりますので、車のデザイナーさんには、もっと大きくしましょうと言われています。もう一つ課題を挙げるなら、ologicは空気圧を上げていますので、固さがあります。これはサスペンションを工夫すれば乗り越えられると考えていますが、指摘されるポイントではあります。

BMW「i3」とともに

パン氏:Ologicには固さがあるということですが、サスペンションに自信がある自動車メーカーは、差別化するチャンスではないでしょうか。

桑山氏:確かに、車と組み合わせで考えれば、しっかりした乗り心地が出ます。

パン氏:まさにBMWさんがそういった車を作られていますよね。電気自動車「i3」への採用については、BMWさんからオファーがあったのでしょうか?

松本氏:ちょうど基礎検討をしてデータがそろってきた頃に、「次世代の電気自動車を考えている。タイヤとしての新しい方向はないだろうか?」というお話を頂いたんです。実はこういうことを考えていると提案したところ、二人三脚で進めてみようという話になりました。BMWさんの非常に高いグリップ力を求めるところと、我々の求めているところが合致したことが大きいと思います。

パン氏:お二人はi3には乗られましたか?

松本氏:完成車ができるまで乗ったことはなかったのですが、思った以上にレスポンスが良くて、キビキビした走りで、乗っていて楽しいと感じました。

桑山氏:私はシミュレーションの段階からドイツのBMWさんとやりとしていたのですが、実際にハンドルを握ったときは、その出来の良さに感動して、技術者冥利に尽きるとはまさにこのことだと思いました。

BMW i3

劇的な性能を誇るタイヤ技術「ologic」だが、その完成までにはさまざまな困難を克服する必要があった。後編では試行錯誤の様子と、未来のタイヤの方向性についての対談をお届けする。