シャープの液晶テレビ「AQUOS」が、2001年1月1日に発売されてから、ちょうど20年目を迎えた。人に例えれば、ちょうど成人を迎えたことになる。この間、数々の日本初、世界初となるAQUOSブランドの液晶テレビを投入してきた。AQUOSの成功は、そのままシャープのブランドの価値を高めることにもつながっていた。

  • AQUOSの第1号機「C1シリーズ」

    AQUOSの第1号機「C1シリーズ」

このタイミングで今回は、シャープ 執行役員 TVシステム事業本部長の喜多村和洋氏に、シャープ AQUOSのこれまでの20年間を振り返ってもらうとともに、これからの20年間の方向性について語ってもらった。本稿は「前編」として、AQUOSのこれまでの20年を振り返る。

  • シャープ 執行役員 TVシステム事業本部長の喜多村和洋氏

AQUOSは21世紀とともにやってきた

AQUOSが発売となったのは、2001年1月1日である。

そのちょうど1年前となる2000年1月1日、正月早々のシャープの広告が大きな話題を集めた。

女優の吉永小百合さんを起用したこの広告では、「20世紀に、置いてゆくもの。21世紀に、持ってゆくもの。」のメッセージとともに、風呂敷に包んだブラウン管テレビと、吉永さんが抱えた液晶テレビの写真が強いインパクトを与えた。21世紀を迎えた節目に、テレビが大きく変化することを象徴するものとなった。

  • 吉永小百合さんを起用した2000年1月1日の液晶テレビの広告

この広告では、「シャープは、すべてのテレビを液晶に変えていきます」という文言も加えられている。

いまでは多くの家庭で液晶テレビが利用されており、この言葉には、なんの違和感もないだろう。

しかし、2000年のブラウン管テレビの出荷台数は約987万台に対して、液晶テレビの出荷台数は約43万台。出荷比率はわずか4%にすぎなかったのだ。

この広告を遡ること2年。1998年に、当時、シャープの社長を務めていた町田勝彦氏は、「2005年までに国内で販売するすべてのテレビを液晶化する」と宣言し、業界内を驚かせた。それどころか、この考えを社内に示す前に外部に発信したものだから、社内も大騒ぎとなった。

だが、2000年1月の広告は、すべてのテレビを液晶にするというシャープの本気ぶりを、改めて示すものとなった。

そして、翌2001年1月1日の広告では、着物姿の吉永さんが、片手にAQUOSを持ちながら、「21世紀に、何を見たいですか。」、「ようこそ、液晶新世紀へ。」の言葉とともに、「AQUOS」の誕生を打ち出した。

  • 2001年1月1日のAQUOSの広告

ここから、いよいよシャープのAQUOSの歴史がはじまったわけだが、その歴史は、日本における液晶テレビの普及の歴史そのものだったといっていいだろう。

AQUOS誕生へ、シャープ液晶開発の歴史

シャープは、AQUOSを発売する前から、液晶テレビを市場に投入していた。

その第1号となるのが、1987年に発売した3型カラー液晶テレビ「クリスタルトロン 3C-E1」である。9万2,160個の画素を持つTFT液晶モジュールを採用。液晶テレビの世界を現実のものとした。

  • 3型カラー液晶テレビ「クリスタルトロン 3C-E1」

実は、喜多村執行役員は、この製品の液晶ドライバーICの開発に関わっている。既にその当時から、液晶テレビの大型化には大きな可能性を感じていたという。

それまでは、サイズが大きいとはいっても、せいぜいPCのモニタに採用される程度であったが、テレビに利用するとなると、さらなる大型化や視野角の向上、応答速度の改善といった課題が噴出する。だが、AQUOSを発売する10年以上前から、液晶"テレビ"の実現に向けた手応えが、技術者の間にはあったようだ。

さらにシャープでは、1991年には、世界初の壁掛けテレビ「液晶ミュージアム 9EHC1T」を発売。奥行10cmという薄さを実現してみせた。また、1996年には10.4型液晶テレビ「液晶ウインドウ LC-104TV1」を発売したのに続き、1999年には、業界最大となる20型の液晶テレビ「LC-20V2」を発売。2000年には世界初となるハイビジョン対応液晶テレビ「LC-28HD1」を発売し、リビングでも利用できるメインテレビとしての提案を開始していた。こうしたテレビとしての着実な進化を経て、2001年のAQUOSの発売へとつながっていったのだ。

  • 世界初の壁掛けテレビ「液晶ミュージアム 9EHC1T」

  • 10.4型液晶テレビ「液晶ウインドウ LC-104TV1」

ちなみに、「AQUOS」のブランド名は、ラテン語の「Aqua(水)」と、英語の「Quality(品質)」を合成した造語で、液晶の持つイメージを表現したものだとしている。

「ブランド名は、最終的には残った3つの候補から選んだ。濁音を避けたり、Aから始めたいといった理由のほか、グローバルでマイナスのイメージがないネーミングであることも重要な要素だった」とする。

AQUOSの第1号機となったのは、2001年1月1日に発売した「AQUOS LC-13C1」、「同15C1」、「同20C1」の3モデルだ。13型、15型、20型を用意。これまでのテレビにはないユニークなデザインも注目を集めた。

  • 2001年1月1日に発売した「AQUOS LC-13C1」

「単品でなはなく、3つのモデルで提案することで、AQUOSブランドの登場を演出するとともに、シャープの液晶テレビへの本気ぶりを伝えたかった。また、選択肢を用意するという狙いもあった。当時の価格は、13型が8万8,000円、15型が15万5,000円、20型が22万円。20型までは手が届かないが、15型、13型であれば購入できるというユーザーもいる。20型のラインアップが必要なのかという議論も社内ではあったが、AQUOSを象徴する最上位モデルとして用意した。当時、ブラウン管テレビで最も売れていたサイズが14型であった。このサイズまで液晶テレビがカバーでき、魅力的な価格を提案できれば、ブラウン管テレビを置き換える提案ができると考えていた」と振り返る。

  • 20型の「AQUOS LC-20C1」。AQUOSを象徴する最上位モデルとして用意した

そして、液晶テレビならではの特徴を伝えることにも取り組んだ。

「ブラウン管にはない液晶テレビの特徴は、薄さと軽さである。これをお客様に伝えるために工夫を凝らした」という。

第1号機は、スタンドで液晶を支えたデザインを採用している。まるで三脚の上にカメラを乗せたり、絵を描く際にイーゼルの上にキャンパスを乗せたりしたような印象だ。

「このデザインは、ブラウン管テレビでは実現できないものである。薄くて、軽い液晶テレビだからこそ実現できたデザイン。開発チームには、スタンドに乗せてもぶれない軽さと、パネルの左右前後のバランスにこだわってもらった。また、あえて取っ手を収納したときにも前から少し見えるようにしている。これも軽さの象徴であった」とする。

吉永小百合さんを起用した広告を見ると、着物を着た吉永さんは、片手でAQUOS LC-13C1の取っ手を持って、持ち上げている。これも液晶テレビの薄さ、軽さを伝えることに大きな意味があった。

AQUOSの第1号機は、プロダクトデザイナーの喜多俊之氏がデザインを監修。「これまでのテレビにはない特徴的なデザインであったため、好き嫌いが分かれるのではないかといった声もあり、社内では何度も議論をした。だが、最もAQUOSの特徴を伝えられるデザインとしてこれを採用した」という。その判断はまさに成功だったといえるだろう。

業界の牽引役、今も続くAQUOSの進化

その後も、AQUOSは、数々の業界初、世界初の製品を投入し続けてきた。

2003年には業界初となる地上デジタル放送チューナー内蔵の液晶テレビ「LC-30AD1」を発売したのに続き、2005年には液晶テレビとしては世界最大となる65型の「LC-65GE1」を発売。そのほかにも、高音質にこだわったデジタルアンプ搭載モデルや、最薄部2.28cmの液晶テレビ、業界ナンバーワンの省エネ性能を実現したLED AQUOS、バッテリー内蔵で好きな部屋に持ち運ぶことができるフリースタイルAQUOSなどを投入。2010年には、世界初の4原色液晶パネルを採用したAQUOS クアトロンを発売したり、2013年には4K対応液晶テレビを発売したのに続き、2017年には世界初の8K対応液晶テレビを発売している。

  • 65型液晶テレビ「LC-65GE1」

実際、国内のテレビ市場全体において、液晶テレビの出荷台数が、ブラウン管テレビの出荷台数を超えたのは2005年のことだった。2005年にはすべてのテレビを液晶にすると宣言したシャープでは、すでに販売金額は90%以上に達していた。AQUOSが、国内テレビ市場における液晶へのシフトを牽引していったことは間違いないだろう。

喜多村執行役員は、「AQUOSは、積極的な新商品の投入で液晶テレビの需要を創造してきたという自負がある」と前置きし、「放送インフラの進化への対応、大型化、高精細化という3つのポイントから、シャープの液晶テレビが市場をリードすることができた」と語る。

ひとつめの「放送インフラの進化への対応」では、AQUOS発売前の2000年に、BSデジタルのハイビジョン放送にいち早く対応したこと、2003年には地デジチューナー内蔵テレビを業界で初めて発売したこと、2019年の新4K8K衛星放送の開始にあわせても、世界初の8K対応テレビを投入するなど、新たな放送インフラに合わせたモノづくりを行ってきたことを強調する。

  • 放送インフラには"業界初"を掲げ、いち早く対応してきた

なかでも、2003年に発売した地上デジタル、BS、110度CSの3つの放送に対応したチューナーを内蔵したワイド液晶テレビ「AQUOS LC-30AD1」は、液晶テレビの特徴を認知させることに成功したエポックメイキングな製品に位置づけられている。

  • 地上デジタル放送チューナー内蔵の液晶テレビ「LC-30AD1」

喜多村執行役員は、「液晶テレビは、デジタル放送との相性がよかった。高画質な新たな放送と新たなテレビの登場よって、アナログ放送とブラウン管テレビの組み合わせとはまったく次元が異なり、ノイズがなく、クリアな映像を感じてもらえたのがAQUOS LC-30AD1であった。管面全体をラスター(走査線)で画像を表示するブラウン管に比べ、画素で構成される液晶画面は、新たなデジタル放送に最適な技術だった」と振り返る。

2つめの「大型化」では、2004年に稼働した液晶パネル生産の亀山第1工場、2006年に稼働した亀山第2工場において、大型の液晶パネルの生産が行えるようになったことが大きく影響している。

  • 亀山工場(左が第1工場、右が第2工場)

かつては、32型までは液晶テレビ、37型以上はプラズマテレビというように、サイズによる棲み分けが行われていた時代もあったが、2005年に発売した65型液晶テレビ「LC-65GE1」によって、液晶テレビの大型化の流れが決定的なものになったといえよう。

喜多村執行役員は、「第1号機は20型に留まっていたが、30型以上の液晶テレビが作れることがわかったときに、液晶テレビは大型化でも主導権を握り、すべてのテレビを液晶に置き換えられるという確信を得ることができた」と語る。

現在では、80型の液晶テレビまでをラインアップ。液晶テレビの業界平均サイズは45型にまで拡大しているという。なお、液晶ディスプレイでは、120型という超大型の商品も用意している。

  • 業界最大クラスの8K液晶ディスプレイの「8M-B120C-IM」

実は、シャープでも、大画面に優位性を発揮していたプラズマテレビを商品化していた時期があった。2001年に、パイオニアとの協業によって商品化したもので、AQUOSのブランドは使用せずに、43型、50型の画面サイズをラインアップした。

40型以上の大型化が難しかった液晶テレビの品揃えをカバーするという意味もあったが、「液晶テレビがプラズマテレビに勝つには、大画面に適する条件はなにかといったことを、自ら販売し、経験しながら、知る必要があった」と振り返る。

3つめの「高精細化」では、放送の高度化とともに、フルハイビジョン(2K)から4K、8Kへと、シャープが先頭を切って高精細化を実現してきた経緯がある。

とくに、今後の広がりが期待される8Kについては、2011年に、世界初の85型ディスプレイを発表して以降、2017年には世界初の70V型8K対応テレビを発売したり、2018年には8Kチューナー内蔵テレビを発売したりといったように、継続して8Kの開発や商品化に取り組んでいることを示す。

  • 世界初8Kチューナー内蔵液晶テレビ「8T-C80AX1」

ここでは、世界初業務用8Kカムコーダーや8Kビデオカメラの開発のほか、8K対応USBハードディスクや8K映像編集PCシステム、8K対応5Gスマートフォンなども商品化。周辺商品の品揃えを強化し、放送分野だけでなく、教育分野や医療分野にも提案。「これまでの期間は、One Sharpによって、8Kに対応した各種ハードウェアを整備する準備期間と位置づけ、今後は、8Kエコシステムにより、商品ラインアップを広げ、撮る、送る、編集する、聴く、観る、録画するといった一気通貫でのソリューションを提案していくことになる」とする。

  • 8Kの開発や商品化に継続して取り組んでいる

延期となった東京オリンピックでは、8Kによる中継が数多く予定されている。そして、様々なスポーツ中継やライブ中継、撮影されるドキュメンタリーやドラマなどでも、今後、8Kのコンテンツが増えていくだろう。よりリアルな臨場感や感動を体験することができる8Kは、今後のAQUOSの成長において、重要な切り札になるだろう。

時には逆風も、しかし新たな時代へ挑むAQUOS

ただ、この20年を振り返ると、決して順風満帆といえる状況ばかりではなかった。

最大の逆風は、市場環境の悪化や国際競争の激化、液晶パネル工場への過剰投資などを背景にした業績の悪化だろう。これは、2016年の鴻海精密工業によるシャープの買収につながる出来事だったともいえる。

だが、この時期にもシャープは継続的に、魅力的な製品を投入し続けてきた。AQUOSにおいても、4K対応液晶テレビやARSS(アラウンドスピーカーシステム)搭載液晶テレビのほか、COCORO VISIONを搭載して、Android TVに対応した液晶テレビも、この間に投入している。AQUOSの進化は止まることがなかったといえる。

一方で、シャープ独自の液晶パネルである「クアトロン」も、ある意味、厳しい逆風にさらされたものだったといえるだろう。

クアトロンは、RGB(赤・緑・青)に、Y(黄色)を加えた新たな技術で、2010年に発売したAQUOSクアトロンは、優れた色の再現性にも高い評価が集まった。

喜多村執行役員は、「この技術であれば、画質の面からも、他社の薄型テレビに圧倒的な差がつけられると考えていた」と自信をみせる。実際、黄色を加えた画質の高さは、量販店に展示された液晶テレビを比較するだけでも理解しやすく、一時注目を集めた3Dテレビにおいても、表現力で高い効果を発揮した。

  • 4原色パネル技術のクアトロン。3D対応でも威力を発揮した

だが、この液晶パネルは、現在、AQUOSには、使われていない。

駆動する回路が4原色に対応したクアトロン専用であったこと、クアトロンのパネルを採用していたのはAQUOSだけであり、世界的な広がりに限界があり、メインストリームの技術にはなれなかったことが裏目に出た。そのため、この液晶パネルの事業継続を断念せざるを得なかったという苦い経験がある。

だが、こうしたシャープらしい技術ノウハウの蓄積は、今後のAQUOSに生かされることを期待したい。

>>【シャープ「AQUOS」の歩んだ20年(後編) - 成熟のAQUOS、新時代は「テレビの次」へ】(2021年1月18日 AM10時 掲載)へ続く