日本HPが、テキスタイル印刷市場に本格参入する。
新たな製品として、デジタルテキスタイルプリンター「HP Stitch S プリンタ―」を発表。テキスタイル印刷のデジタル化を加速することで、この分野での事業拡大を目指す。
日本HPの代表取締役社長執行役員の岡隆史氏は、「新製品は、すでに欧州での展示会に出展し、それを日本のお客様にも見ていただく機会があった。だが、そうしたお客様から、『こうした製品が欲しかった』と言われ、予定よりも早く、日本市場に投入することにした。HPは、商業印刷分野に賭けており、多くの投資をしている。商業印刷分野において、テキスタイル分野は重要な市場のひとつになる」とする。
ターゲットにするのは、ソフトサイネージ、室内装飾、スポーツウェア、ファッションといった分野。「サイネージや壁紙などでは、HP Latexで実績がある。これらの販売網を活用して展開していくことになる」という。
テキスタイル市場では、後発となる日本HPだが、同社の培ったインクジェット技術と、デジタル化ならではの提案によって、新たな市場におけるビジネスを加速する考えだ。
新製品の特徴は「最速カラーマッチング」
新製品の「HP Stitch S プリンタ―」は、初めて昇華プリンターを使用するプロフェッショナルやプロトタイプ制作部門、印刷事業者向けに設計された1.6メートル(64インチ)の「HP Stitch S300 プリンター」(価格は248万円から)、大量プリントを行う環境に対応した「HP Stitch S500 プリンター」(価格は358万円から)、中規模以上のテキスタイル印刷事業者向けで3.2メートル(126インチ)の「HP Stitch S1000 プリンター」(価格はオープン)の3機種を用意。転写紙およびファブリックへのダイレクト印刷に適した高品質なプリントを提供できるのが特徴だ。
1200ネイティブdpiのプリントヘッドとスマートノズル補完システムにより、プリントのやり直しやメディアの無駄を回避したり、最大30%のノズル抜けを自動的に補完したりできるほか、プリントヘッドの自動メンテナンスを実現。また、プリンターの前面からメディアを装着でき、スピンドルレスのシステム構成により設置面積を最大50%削減する。そのほか、「OMAS(オプティカルメディアアドバンスセンター)」により、紙の自動送りをカメラでモニタリングして、安定した高速印刷を実現。60℃の温風を紙に吹きかけて乾かすことで、コックリング(波打ち)を回避する独自のドロップ&ドライプリントゾーンドライヤーも搭載している。
最大の特徴は、プリンターとRIP(ラスターイメージプロセッサー)、クラウドによって、世界最速のカラーマッチングを実現している点だ。同社のHP サーマルインクジェット・プリントヘッドテクノロジーと、業界標準の色材を組み合わせることで、色の耐久性を保証。内蔵分光測色機を初めて内蔵することで、高速で、正確なカラーマッチングを実現しているという。「時間と無駄を削減し、印刷プロセスを簡素化できるとともに、複数台のプリンタ―に対して色の一貫性を実現でき、効率的で印刷プロセスの簡素化を実現する」(日本HP Latexビジネス本部の秋山裕之本部長)とする。
カラーマッチングは、具体的には、導入時点で設定したカラーリファレンスをクラウドに保存。使用中のプリンターのステータスを素早く確認し、カラーリファレンスを展開。導入1年後、2年後でも、導入時と同じカラーリファレンスにすることができ、さらに、増設した場合にもこれを横展開できるため、煩雑だった色合わせの作業をなくし、常に安定した色で印刷ができる。
日本HP Latexビジネス本部テクニカルコンサルタントの霄洋明氏は、「全世界の顧客を声を聞くと、異なる業界でも同様の課題とニーズがあることがわかった。たとえば、60%の仕事がリピートの仕事であり、色の一貫性が求められること。広告業界では、コスト削減のために薄手の転写紙がいつでも使いたいこと。安定した印刷品質が維持できないため、夜間、プリンターを無人で動かすことができないといった課題もある。チームに1年後に入団してきた新しい選手のユニフォームの色が違っていてはいけない。また、厳しい納期に対応するために、より高速に印刷できるだけでなく、効率的に作業ができなくてはならない。こうしたことを実現できるのがHP Stitch S プリンタ―の特徴」とする。
新市場、日本HPの強みを活かしやすいと判断
なぜ、日本HPがテキスタイル印刷市場に参入するのか。
ひとつは、テキスタイルにおけるデジタルプリンティング市場が有望と見込まれているからだ。
デジタルプリンティング市場は、2013年には約750億円、2018年には約2350億円と3倍に成長した。これが2023年には約3850億円の市場規模となり、今後も年率2桁での持続的な成長が見込まれる。
その背景には、多様するニーズに対応するパーソナライズ化や、必要なときに手に入れることができるオンデマンド化が、テキスタイル分野で重要な要素になると見られており、そのためにはデジタルへの移行が鍵になるからだ。
「テキスタイル市場は、生産品を労働力が安い新興国で生産することが多いが、それでは、デザイナーから製造業者、ブランド/小売り業者、消費者までのリードタイムは100日以上になる。売り掛け負担や長期在庫リスク、トレンドにあわせた生産内容の変更が難しいといった課題も生まれ、いまの時代にあわせたクイックな動きができない。消費地に近いところで生産することで、リードタイムが48時間に短縮したという例もあり、そうした変化が起きるなかで、デジタルプリンティングが注目を集めている。テキスタイル市場において、日本に生産拠点を戻すという流れのなかでも導入が期待できる」(日本HP Latexビジネス本部の秋山裕之本部長)とする。
「HP Latexは、環境にも優しく、屋内のインテリア建材にも直接印刷できる」という点が特徴だ。有害物質を含まない水性インクであることや、無臭であり、特別な換気をしないですむため、病院や教育施設などの壁紙やサイネージでも活用されてきた。今回初めてとなる昇華インクを採用したHP Stitch Sプリンターによって、ポリエステル地のスポーツウェアやファッションなど着るものにも直接印刷でき、発色のいいテキスタイル印刷が可能になる。デジタルテキスタイル印刷ならではの環境性能の強みもあわせて訴求していく」(日本HPの岡社長)とする。
そして、今回のデジタルテキスタイルプリンター「HP Stitch S プリンタ―」で採用した基本技術が、HPが長年培ってきたプリンティング技術の延長線上にあることも、新市場参入において重要な要素になっている。
日本HPの岡社長は、「HPは、35年前にサーマル式インクジェット技術を開発し、オフィスや家庭にプリンターを普及させてきた。それを大型プリンターに拡大して商業分野に展開。さらに印刷したものを屋外でも使用できるようにHP Latexを開発し、全世界で6万3000台のLatexプリンターが動いている。そして、2008年には高速輪転機を投入し、2年半前には3Dプリンターを発売している。様々な領域へと幅広く進出しているように見えるが、これらの製品に活用している技術は、すべてインクジェット技術をベースにしている。今回の製品も同様であり、インクジェット技術を活用して、テキスタイル分野に展開したものになる」(同)と位置づける。
こうした進化を遂げた技術を活用し、テキスタイル印刷市場に参入することで、高い品質での印刷やコスト削減効果も生まれる。
さらに、プリンティング事業で培ったエコシステムも活用。これにより、テキスタイル印刷においても、エンド・トゥ・エンドのワークフローソリューションを提供できる点も強みになる。
「日本市場は、欧米に比べるとデジタルプリンティングへの移行が遅れている。日本の顧客は、しっかりと検証してから導入するという特徴があり、それが原因となっている。ラベルやパッケージの印刷のデジタル化に関しては、ようやくマーケットを作っていくフェーズに入ってきた。3Dプリンタはまだ導入が少なく、世界に比べても遅れている領域だ。日本HPは、テクノロジーとサービスの観点から、新たな使い道を提案し、生産性を高める支援をしたい。テキスタイル印刷でも同様の狙いがあり、新たなテクノロジーを使って競争力を高め、新たなビジネスを創出することを支援したい」と語る。
テキスタイル印刷では、セイコーエプソンやミマキエンジニアリングが先行。さらに、リコーやコニカミノルタも実績を持つ。日本HPの本格参入によって、日本のテキスタイル印刷のデジタル化の推進が加速するとともに、業界勢力図にも変化が生まれることになりそうだ。