パナソニック くらしアプライアンス社ランドリー・クリーナー事業部は、洗濯乾燥機やアイロン/衣類スチーマー、クリーナー、温水洗浄便座など、くらしの衛生環境領域の商品を担当している。2023年8月には、衣類をハンガーにかけるだけで、ナノイーXが衣類を清潔にするスマートクローゼットを商品化するなど、新たな領域にも踏み出している。同事業部の2022年度の売上高は約3,000億円。これを2030年度には、1.5倍となる4,500億円にまで拡大する計画だ。ランドリー・クリーナー事業部の藤本勝事業部長に、主力の洗濯機事業を中心に、今後の成長戦略を聞いた。
パナソニック くらしアプライアンス社ランドリー・クリーナー事業部では、事業部スローガンとして、「こころに触れる、清々しさ」を掲げている。
その意図について、藤本事業部長は、「より多様な領域の衛生環境を整え続けることで、人々の想いを察し、くらしに寄り添う創造的価値を提供し、これからの未来と社会につながる健やかなくらしを実現するという事業ビジョンをもとに、お客様にとって、本質的価値を届ける姿勢を盛り込んだスローガンになる」としながら、「衛生環境が整っていても、家事が行き届かなかったり、モノを捨てることへの小さな罪悪感があったりといった心を曇らす出来事も解消していきたい。ゴミを減らしたり、資源を再利用したり、ちょっといいことをすると晴れやかな気持ちになるといったように、健やかで、地域や社会、地球を快適にできる暮らしを提案していくという意図をスローガンに込めた」と語る。
洗う、乾かすから保管、ケアまでの「360°衣類ケア」の提案を行う「衣類の清潔」、セパレート掃除機などにより、面倒な掃除を、やりたくなる掃除に変えるとともに、空間ケアの提案を行う「生活環境の清潔」、ハードウェアに、ソフトウェアやサービスを掛け合わせて提供価値を最大化する「技術×ビジネスモデル」の3つの領域からアプローチし、「お客様の清潔を支える、より良い提案をしていきたい。これが、ランドリー・クリーナー事業部の目標になる」とする。
ヒートポンプや自動洗剤・柔軟剤投入などにより、節電や時短ニーズにフィットしたドラム式洗濯乾燥機のラインアップの充実、手軽に手入れができる衣類スチーマーなどにより、衣類の清潔を深化させるほか、衣類や素材の多様化、新たな生活スタイルの登場によるニーズの変化が生まれていることに着目し、2023年8月には、衣類を収納するだけで除菌、消臭、しわ伸ばしができるスマートクローゼットを発売。10月に発売するドラム洗濯乾燥機ではアウトドアウェアなどのはっ水機能を、ヒートポンプ乾燥の熱で蘇らせる「はっ水回復コース」を搭載し、新たなユーザー層の開拓を行っているという。
「事業全体としては洗濯機の構成比が大きいが、新たな価値を持った新製品も積極的に投入したい。また、IoTを活用することで、安心して、長く使ってもらえることを目指し、サービスの比率も高めたい。さらに、中国、アジア地域の成長も軸になる。現在、国内外の事業比率は50:50だが、2030年に向けて、海外事業比率が高まることになる」という。
ランドリー・クリーナー事業部では、2022年度の売上高が3,000億円。これを2030年度には、1.5倍となる4,500億円にまで拡大する計画を掲げている。この意欲的な目標を達成する上で、洗濯機事業の成長に加えて、新たな事業の創出、サービス比率の拡大が鍵になるというわけだ。
ランドリー・クリーナー事業部では、売上高の7割以上を洗濯機事業が占める。そのうち、同社が得意とするドラム洗濯乾燥機の販売台数構成比は、2022年度実績で22%を占め、2024年度には25%にまで引き上げる計画を打ち出す。
2030年度に向けて、高い成長を維持することになる中期計画において、基盤となる洗濯機事業の成長は必須であり、なかでもドラム洗濯乾燥機の成長は欠かせない要素だ。
パナソニックが、ななめドラム式洗濯乾燥機を世界で初めて発売したのが2003年。その後、2005年には業界初となるヒートポンプ搭載機種を発売し、節電や節水機能で市場をリードしてきた。2023年度は、ななめドラム式洗濯乾燥機の発売から20周年の節目を迎えている。
藤本事業部長は、「パナソニックのドラム洗濯乾燥機の強みは、2005年に世界で初めて搭載したヒートポンプによる省エネ技術にあるといっていい。ヒートポンプユニットの乾燥性能の向上だけでなく、本体上部に配置したトップユニット方式が特徴であり、乾燥経路が短く、風量を低下させずに乾燥ができるため、運転時間や消費電力などで優位性がある」と胸を張る。
さらに、「パナソニック独自の泡洗浄により、泡の力を生かして効率よく洗浄することで、洗濯時間の短縮につながる」と洗浄における独自機能の優位性を示すほか、「木造住宅が多い日本では、海外に比べて床が柔らかいという傾向があったり、サニタリースペースが小さかったりする。そこで、パナソニックでは、日本の住環境に適した低振動技術を採用。3Dセンシングや流体バランサーなどの工夫とともに、特徴が異なるシングルダンパーとダブルダンパーを4本組み合わせて、洗濯槽の揺れをしっかりと抑えることができる。これらの技術を採用することで、本体サイズを変えずに、容量アップを実現し、日本の住環境にあわせた提案を可能にしている」と語る。
パナソニックにとって、洗濯事業は2つの役割を担っているといえそうだ。
ひとつは、パナソニックブランドを牽引するひとつのカテゴリーとして、技術力の高さ、信頼性の高さ、モノづくりの強さを訴求する役割だ。
藤本事業部長も、「お客様に対する新たな提供価値を、作り出す力を持った事業が洗濯機事業である。この力を磨き、パナソニックブランドを代表するひとつのカテゴリーとして、長くご愛顧をいただける商品を送り出す。洗濯機事業には、新たなものを生み出す魂が宿っている。この姿勢を誇りに、研鑽し、新たな価値を提供しつづけたい」とする。
洗濯機の基幹工場となる静岡県袋井市の静岡工場は、遠州の地に浸透している「やらまいか」という気質がある。先取の精神があり、それが静岡工場から、数々の「初」と言われる製品を生み出すことにつながっている。
そして、新たな提供価値の創出に向けて取り組んでいるのが、IoTの活用である。
「最近の洗濯乾燥機は、IoTでつながることにより、使用実態などを把握、分析することができる。これをもとに、次の商品づくりにつなげ、同時に、長く、安心して使えるサービスの提供にもつなげていく」と、今後の方向性を示す。
パナソニックでは、「お客様視点での生活研究」をDNAのひとつに位置づけている。洗浄力に対する評価や使い勝手調査、FGI(フォーカスグループインタビュー)調査などを実施。そこに、IoTを活用して収集した2億2,000万回にも及ぶ使用ログデータを組み合わせて、運転コースや投入容量(水位)、運転時間、洗剤や柔軟剤投入量、エラー発生状況などを把握。顧客の困りごとやニーズの変化、新たなお役立ちの探索に活用しているという。
この成果は、パナソニックが2023年10月から発売するななめドラム洗濯乾燥機「NA-LX129CL/R」にも生かされている。
同製品は、業界初となる「酸素系液体漂白剤の自動投入」を可能にした「選べるタンク」と、新しい衣類ケアコースを備えたのが特徴だ。
従来製品から搭載していた「液体洗剤・柔軟剤・おしゃれ着洗剤 トリプル自動投入」を見直し、3つ目のタンクを「おしゃれ着洗剤」だけでなく「酸素系液体漂白剤」も使えるようにした。これにより、子供が小さくて汚れが多いうちは漂白剤を使用し、子供が大きくなってからはおしゃれ着洗剤を使うなど、変わっていくライフスタイルにも対応できるという。
「従来モデルでは、3つめのタンクを、おしゃれ着洗剤用に提案していたが、ニーズを調べると、漂白剤を使いたいという声が多く、約半分を占めていることがわかった。それならば、お客様の個々の使い方にあわせて、価値を届けられないかと考えた」と、選べるタンクへ進化させた経緯を明かす。これも、「お客様視点での生活研究」による進化だ。 また、昨今のアウトドアブームや、衣類を長く大事に愛用したいという環境意識の変化を踏まえ、着用に伴って低下するアウトドアウェアなどのはっ水機能をヒートポンプ乾燥の熱でよみがえらせる「はっ水回復」コースを開発し、衣類のロングライフに貢献することができるようにした。
「はっ水回復コースは、ライフスタイルの変化や衣類ケアに対する関心の高まりを捉え、新たに搭載した機能である」と位置づける。
パナソニックでは、運転状況の細かい把握などが可能になるという観点から、洗濯乾燥機とIoTの組み合わせは親和性が高いと判断している。
藤本事業部長は、「データの使い方を、さらに拡張し、進化させたい。地域別にみても使われる実態が異なるため、それにあわせたサービスを考案したり、年齢層によって最適な提案ができたりするだろう。アイデアは様々だが、データをより有効に活用し、企画やモノづくりへの反映だけでなく、新たなサービスづくりにも展開したい。とくに、サービス事業の成長は、今後の大きな目標のひとつに掲げている。売り切りばかりではお客様に寄り添うのは難しい。その点でもデータ活用は有効になるだろう」とする。
パナソニックでは、1年間のメーカー保証に加えて、専用アプリにつないで、My家電登録を行うと、2年間の延長保証を無料で適用する「IoT延長保証」サービスを開始している。これも、IoTを活用したサービス強化につながる取り組みとなる。
洗濯機事業のもうひとつの役割は、パナソニックの白物家電事業全体の変革を担っているという点だ。
象徴的な取り組みが、販売店や静岡工場を巻き込んだSCM改革である。データ連携をベースにした実需連動型オペレーションを新たに開始することで、販売店が必要な時に、必要なタイミングで商品を届ける体制を実現するものであり、2022年度から、先行する形で、ドラム洗濯乾燥機で効果を検証。即納率は従来の78%から94%へと向上し、在庫日数は3分の1削減するという効果を実証した。また、販売コストの最適化や、在庫およびキャッシュフローの改善、短いリードタイムでの商品補充、販売機会損失の極小化、在庫回転率の向上といった効果もあり、この実績をもとに、冷蔵庫やエアコン、シェーバー、ドライヤー、炊飯器、電子レンジといったランドリー・クリーナー事業部以外の商品群にも、この仕組みを展開しはじめている。
こうしたビジネス変革の取り組みはほかにもある。
たとえば、ECM(Engineering Chain Management)では、その中核となるCAE(Computer Aided Engineering)の活用により、開発リードタイムの短縮につなげており、すでに一定の成果があがっているという。洗濯乾燥機では、先行する形で、CAEによる試作レスや耐久試験レス化を実現。コア技術のモジュール化によって、モジュールの先行開発を行うことが可能になり、フルモデルチェンジにおいては、開発リードタイムの半減を目指しているところだ。
そして、こうした仕組みはパナソニックが取り組んでいる新販売スキームの実現にもプラス影響を及ぼしている。新販売スキームは、パナソニックが、販売店の在庫リスクについて責任を持ち、販売店は売れ残った商品を返品できるようにする一方、パナソニックが販売価格を指定。対象商品は、店頭では値引き販売は行えないというものだ。また、従来は、価格を維持するために、毎年のようにマイナーチェンジという形で新製品を投入するという商習慣があったが、値引き販売がなくなることで、こうしたことが無くなるという効果も見込んでいる。
「これまでのように、マイナーチェンジのために開発リソースを使うことがなくなり、本来、届けなくてはならない価値や品質を磨いていくことに、リソースを振り向けることができる。言い換えれば、価値化のスピードが高まる。そこにCAEの活用によって開発リードタイムを短縮できるメリットが加わり、さらに価値を高めることができる」と期待する。
今後は、CAEが個別に行っている振動や洗浄力、梱包や輸送といった試験を相互に紐づけて、より進化させていくことになるという。
パナソニックホールディングスの楠見雄規グループCEOは、何度も静岡工場を訪れ、「昨日のカイゼンは、今日の非効率である」とし、日々改善する必要性を訴えているという。
ECM改革でも、改善を続ける姿勢をみせている。
もうひとつは、コスト・オペレーション改革である。ここでは、製品設計のプラットフォーム化やモジュール化の推進、グローバル標準部品の採用などがある。
藤本事業部長は、「グローバルでのプラットフォーム化や、部品の共通化などにより、洗濯乾燥機の開発、調達、生産の効率化を進めている。いくつかのプラットフォームを用いながらも、欧州ではビルトインが前提となっていることや、日本では住宅環境に応じた振動対策が必要であるといった地域ごとの特有のニーズにも応えられるようにしている」という。
現在、パナソニックの洗濯機事業は海外にも広く展開しており、日本の静岡工場のほかに、中国・杭州や台湾、インド、ベトナム、インドネシア、フィリピン、ブラジルなど、世界9拠点で生産している。
「工場によって、内製化できる部品が異なる。また、自動化の進展度合いなど、それぞれの工場が得意とする取り組みも存在する。工場と連動した設計により、部品やユニットを共通化するといったことも行っている」という。
パナソニックでは、グローバル標準部品の採用数を増やすとともに、全社推奨部品の活用、キーデバイスの集中契約、戦略購入先への発注シフト、理論原価によるコスト低減活動を進めているほか、設計部門と調達部門のITインフラの連動により、開発上流段階から、商品力や顧客価値、規格基準を適正化していく取り組みも開始している。これらの成果は、開発コストや生産コストの低減にもつながっているという。
今後、注目しておきたいのが、ME(マイクロエンタープライズ)制度による商品づくりだ。
MEは、2023年度からスタートしている新たな仕組みで、商品コンセプトの構築から開発、市場投入までを、職能横断による1チーム体制で推進。さらに、グローバルの競合企業と対峙できる原価力やスピード力を持った普及価格帯の商品も強化することになる。また、子供がいないノンファン世代や、Z世代、高齢者向けの多様なニーズに対応したモノづくりも推進することになる。
洗濯機におけるMEの取り組みについて、藤本事業部長は、「進めているところだ」と明言。「お客様に向き合い、これまでのしがらみや経験などに捉われないモノづくりを進めている」と語る。
MEによる洗濯機の概要にについては、それ以上は言及しなかったが、藤本事業部長が、「新たなものを生み出す魂が宿っている」と表する洗濯機事業から、どんなME商品が登場するのかが楽しみだ。
インタビューの最後に、藤本事業部長に、パナソニックの洗濯機のモノづくりの姿勢について聞いてみた。
藤本事業部長は、「様々なお客様に対して、安心して、長く使っていただけるためのモノづくりと仕組みづくりに力を注いでいる。お客様に寄り添うことが、大切な視点である」とし、「お客様は、それぞれに目的があり、ニーズが異なる。お客様が求めている機能や利用シーンは多様化し、しかもそれが変化し続けている。パナソニックでは、一人ひとりにもっと寄り添った商品づくりができると考えている。また、使い続けても、機能を落とさずに使ってもらえたり、経年劣化などの課題を解決したりするサービスも重要だと考えている。フォーカスしたいのは、サステナビリティを含めて、お客様に購入をしてもらってからも、安心して使っていただけることである。IoTの活用により、データを分析し、個々のお客様に寄り添いながら、きめ細かな商品づくりに挑戦したい」とする。
パナソニックの洗濯機事業は、顧客に寄り添うという基本戦略をベースに、IoTを活用したデータによるモノづくり変革にも先行して取り組み、高い成長戦略を描くことになる。