セイコーエプソンでは、「環境」を重視する経営方針を打ち出している。ここでは、2050年のカーボンマイナスと地下資源消費ゼロという意欲的な目標が注目されるが、それとともに、環境への取り組みを通じて、企業体質を大きく転換するという狙いがあることを示す。さらに、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」では、DX戦略を明確にし、これまでのハードウェア中心のビジネスモデルから脱却し、ソフトウェアやアルゴリズム、ソリューションを活用して、他社製ハードウェアへとビジネスを展開する仕組みづくりにも乗り出す。
前編の記事に引き続き、セイコーエプソンの新たな方向性などについて、同社・小川恭範社長に聞いた。
―― エプソンでは、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」のビジョンステートメントとして、『「省・小・精の技術」とデジタル技術で人・モノ・情報がつながる、持続可能でこころ豊かな社会を共創する』を掲げています。また、具体的な取り組みとして、「環境」、「DX」、「共創」の3つを重視する考えを示しています。ぞれぞれの取り組みについて教えて下さい。
小川:ひとつめの環境では、「脱炭素」、「資源循環」、「お客様のもとでの環境負荷低減」、「環境技術開発」の4つの取り組みを推進し、2050年のカーボンマイナスの実現を目指しています。商品やサービス、製造工程における脱炭素と資源循環に取り組むとともに、お客様のもとでの環境負荷低減につながる商品の提供や、環境技術の開発を行うことになります。とくに、脱炭素や資源循環、環境技術開発には、今後10年間で1,000億円の費用を投下して、サプライチェーンにおける温室効果ガス排出量を200万トン以上削減することを目指します。さらに、この1,000億円以外にも、経営資源のほとんどを環境負荷低減に貢献する商品やサービスの開発、これら商品の提供に集中し、お客様のもとでの環境負荷低減にも貢献していくことになります。
―― 2021年12月に行った会見では、環境に関する説明に、多くの時間を割いていたのが印象的でした。
小川:環境は、エプソンにとって、最も重要な命題であると捉えています。たくさん作って、たくさん売るというビジネスが、これからも継続するとは思っていませんし、それを続けることが、お客様の本当の満足につながるのかということも考えなくてはなりません。ハードウェアを長く使ってもらい、そこにソフトウェアやソリューションによって、さらに価値が加わるといった製品の進化により、お客様の満足度を高めるということが、これからは重要になります。
それを実現するには、ハードウェアの進化という切り口だけでは限界があります。環境という観点から見ると、ハードウェアをたくさん作って、たくさん売って、あとは捨ててもらう、というサイクルから脱却した考え方ができるようになります。環境という切り口から物事を考えることが、私たちのビジネスを変えるきっかけにもなりますし、これからの方向性が見通しやすくなり、社会に貢献できるテーマを数多く捉えることができるというメリットも感じています。
―― 環境における4つの取り組みは具体的にどう進めます。
小川:ひとつめの脱炭素では、GHG排出の多くを占めている電力に着目し、再生可能エネルギーの活用を進めます。ここでは、安定供給を第一に考えて、電力会社から購入する再生可能エネルギーとともに、オンサイト発電も活用していきます。2017年には、わずか1.2%だった再エネ率は、2021年11月には、日本国内の拠点において100%再生可能エネルギー化を達成し、2023年までに、エプソングループの消費電力のすべてを再生可能エネルギーに切り替えます。これは、世界の製造業をリードする野心的な取り組みになると自負しています。また、再生可能エネルギーの普及拡大を支援する全国初のプロジェクトとして、「信州Green電源拡大プロジェクト」を立ち上げ、電力販売収益の一部を、長野県内の再エネ電源の開発や普及促進に活用することになります。
また、資源循環では、地上に掘り出した地下資源を「地上資源」として活用することで、新たな地下資源の消費を減らし、2050年までに、地下資源消費ゼロとする事業体制を作りあげる計画です。具体的には、投入する資源の総量を減らし、捨てるものをなくし、循環資源の利用を100%にすることにより、地下資源消費ゼロの達成を目指します。
資源の総量を減らすという点で、プリンターの小型化も貢献しています。プリンターは、スキャナー機能や多様な紙供給機能などの搭載によって、大型化する傾向にありました。しかし、エプソンは、テクノロジーイノベーションなどにより、2008年には大幅な小型化を実現し、その後も、機能を向上させながらも、小型デザインを追求しています。小型化は使い勝手をよくするだけでなく、投入資源や廃棄物を減らし、輸送エネルギーも減らすことにつながります。資源問題への対処として、エプソンが得意とする小型化は必須の取り組みであると捉えています。
また、エプソンでは、業務で使用する紙の削減活動を推進しており、2021年度上期までに半減するという目標を達成しました。ここでは、使用する紙を減らすだけではなく、電子化などによる業務効率化を図り、同時に社員の環境意識の向上も目的としています。
さらに、再生材を活用した資源循環では、プリンター本体に再生材を使用し、石油由来プラスチックの使用量を削減し、また、個装箱では、コートボールをラベルに変更し、紙の使用量を減らし、CO2排出量を約10%削減しました。
そして、環境技術開発では、エプソン独自のドライファイバーテクノロジーを使い、使用済みの紙を原料にして、新たな紙を生産できる世界初の乾式オフィス製紙機を開発し、この技術を応用して、再生紙だけでなく、緩衝剤や吸音材や断熱材などへの応用を進めています。今後は、天然由来のプラスチック開発にも挑戦していきます。
また、ユーグレナやNEC、東京大学とともに、ミドリムシの成分を活用したバイオマスプラスチック技術の開発、普及推進を目的とする「パラレジンジャパンコンソーシアム」を2021年3月に設立し、実用化に向けた技術開発を行っています。ここでは、2030年には年間20万トン規模のバイオマスプラスチックの供給を目指します。
さらに、エプソンアトミックスでは、金属溶解とアトマイズ粉末製造技術による金属粉末商品事業を展開しており、すでにエプソンの半導体製造で品質確認に使用し、廃材となったシリコンウエハーを金属粉末原料として再利用する取り組みを開始しています。将来的には、シリコンウエハーだけではなく、様々な金属廃材についても、独自の金属粉末製造技術を活用して、グループ内で循環利用できるように開発を進めていきます。
―― エプソン製品を利用しているユーザーにおける環境負荷低減についてはどうですか。
小川:ここでは、インクジェットプリンターの強みを活かすことで、消費電力の削減につなげています。PrecisionCore Heat-Free Technologyを搭載し、印字プロセスに熱を使わない高速ラインインクジェット複合機のLXシリーズは、レーザープリンターに比べて、圧倒的に消費電力が少なく、オフィスでのランニングコストを抑制できます。外部評価機関による性能比較では、年間の消費電力量を平均で約80%削減できるという結果が出ています。
さらに、大容量インクタンクモデルは、消耗品主原料であるプラスチックなどの使用を減らすことできるメリットがあります。大容量インクタンクモデルは、2010年10月に、インドネシアで発売して以降、現在では、販売エリアを約170の国と地域へと拡大し、世界累積販売台数は6,000万台を突破しています。もし、これらのすべてがインクカートリッジモデルだった場合と比べて、約18.3万トンのCO2排出量を削減したことになります。
また、日用品から自動車部品、医療機器まで幅広い分野の部品製造に用いられる射出成形機では、従来は、どんなに小さな機械でも2メートル以上の大きさがありましたが、エプソンでは、横幅が80cm以下で、卓上に設置できるサイズを実現し、成形精度や品質向上だけでなく、省スペース化や省エネルギー化も実現しました。これにより、年間で約41万トンのCO2排出量の削減につながっています。
―― 一方、DXへの取り組みも明確にしました。ここでは、3つのレベルでの取り組みを明らかにしていますね。
小川:既存ビジネスのデジタル化を進める「レベル0」、既存のビジネスモデルを変革する「レベル1」、新たなビジネスモデルを創出する「レベル2」です。比率としては、最初はレベル0の取り組みが多く、徐々にレベル1、レベル2という形で増えていくことになりますが、とはいえ、これらは、段階を経て実施していくというよりは、同時並行的に実施し、またリンクさせながら推進していくことになります。
もともとハードウェアでビジネスをしてきた会社ですから、どうしてもハードウェアの進化に力を注ぎがちでした。しかし、長く使ってもらうためには、ソフトウェアやソリューションが重要になり、ビジネスそのものも変えていく必要があります。それが実行段階になるのがレベル1になります。ソリューションで価値を出して、対価を得ることができれば、その次には、ハードウェアを問わずにビジネスを成長させることができます。それがレベル2ということです。
今後は、エプソンが持つデータやサービス、それらを活用する基盤を共通化するなど、強固なデジタルプラットフォームを構築し、個人や産業、教育現場や製造現場などで、お客様に長く寄り添い続けることができるソリューションをパートナーと共創することを目指します。
―― それぞれのDXレベルでの取り組みをもう少し具体的に教えてください。
小川:DXレベル0は、ポータルサイトや電子商取引サイト、マーケティングオートメーションなどのデジタルプラットフォームを完成させ、自社のハードウェアとお客様をつなげることで、既存の顧客価値の向上を図ります。
また、レベル1では、保守サービスビジネスの基盤構築、データ活用による顧客サポート、サブスクリプションビジネスの拡充など、自社のハードウェアを活かした新たなサービスを創出することで、カスタマーサクセスに貢献します。
そして、レベル2においては、自社のハードウェアに制約されることなく、広くパートナーと共創し、新たなビジネスモデルを創出することで、社会課題解決につながるカスタマーサクセスを創出します。ソリューションやアルゴリズムによって、差別化ができたり、収益が得られたりすれば、エプソンのハードウェアに限定せず、他社のハードウェアでもビジネスができるようになります。
こうした取り組みはひとつの事業の強化だけに留まらず、企業全体の利益改善や、持続性の強化にもつながると考えています。
―― レベル2に到達するのは、2025年になりますか。
小川:これは、到達するゴールを設定したものではなく、将来に向かって継続していく考え方であり、また、レベル0がなくなって、レベル1やレベル2になるというものでもありません。すべてが揃う必要があります。それぞれの取り組みを、いかに膨らませることができるかが重要だといえます。ただ、現時点では、レベル1やレベル2において、具体的にどんなことをやるのかが、明確にはなっていません。それを考える人材が少ないというのも感じている課題のひとつです。事業部門では、どうしても現在のビジネスを中心に考えることになりますから、将来を考えることができる人材をいかに確保するかも大切な要素だと思っています。
―― 3つめの「共創」への取り組みはどう進んでいますか。
小川:インクジェットプリントヘッドなどのキーデバイスの外販を通じたパートナー連携や、国内3か所に展開しているオープンイノベーション拠点の開設による製品やデバイスの活用体験、イノベーションクラスターやコンソーシアムへの参画を通じたパートナーとの共創による社会課題の解決に取り組んでいます。
また、2020年には、CVCであるエプソンクロスインベストメントを設立し、スタートアップ企業への出資に対して、迅速な意思決定を行い、実行する体制を敷いています。具体的には、宇宙ロボット開発のスタートアップ企業のGITAIへの出資や、東大発インキュベーションプログラムにパートナー企業として参画するといった例があります。こうした共創の取り組みを通じて、人材交流や新たな学びを、現在の事業活動に生かしていきます。今後、共創の場の提供や人材交流の活発化、コアデバイスの提供、CVCを通じたさまざまな社外パートナーとの共創など、活動の幅を広げていく考えです。
―― 2022年は、どんなことに取り組みますか。
小川:Epson 25 Renewedで定めた方向性には変更はありません。その上で、社会課題やメガトレンド、ニューノーマル社会の動きを踏まえて、積み上げてきた戦略の実行スピードを加速し、荒波にも耐えられる強固な事業基盤をつくり上げていきます。
もうしばらくは、部品不足や価格高騰が続くことになるでしょう。これらの状況を乗り越える一方、環境に対して、エプソンはどこまでできるのか、やるべきことはなにかといったことを明確にし、環境技術に関しても仕込んでいく時期だと捉えています。変革する方向性は見えてきています。それを実現するためのロードマップを作っていく時期だということもできます。社会全体で環境に対する意識が高まり、社会そのものも成熟してきました。数年前には、環境について話をしても、あまり受け入れられなかったかもしれませんが、いまはエプソンが打ち出す環境に対するメッセージが、ストレートに伝わりやすくなっているのではないでしょうか。2022年の1年間で、エプソンが、環境に対して、具体性を持って取り組んでいる姿を示したいと思っています。
2022年5月には、創業80周年を迎えます。過去の歴史を振り返りながら、私たちの将来に向けてなすべきことを、しっかりと考えていきたいと思います。単に良いものを作るだけでなく、社会課題の解決に主眼を置き、創業以来培ってきた我々のDNAである「省・小・精の技術」をベースに、持続可能な社会や、こころ豊かな生活など、未来の人々が望む社会を実現するために新しい発想や、やり方で挑戦していきます。