プリンターメーカーであるセイコーエプソンが、社内の紙半減に取り組んでいるという。同社の小川恭範社長の号令のもと実施しているもので、社長室で取り扱う紙の量は、3分の1以下になっているという。これも同社の環境への取り組みのひとつだ。一方、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」の策定とともに、「ありたい姿」を示し、「持続可能でこころ豊かな社会の実現」を追求するという。セイコーエプソンの小川社長へのロングインタビューの後編として、環境への取り組みや、同社が目指す「ありたい姿」などを聞いた。

  • 掲げたのはまさかの「紙半減」、セイコーエプソンの変革ビジョン - 小川恭範社長ロングインタビュー(後編)

    前回に引き続き、セイコーエプソンの小川恭範社長にお話を伺った

社長就任から1年、あまりに想定外の1年となったがプラスの要因も

――2020年4月に社長に就任してから1年を経過しました。社長就任時には想定しなかった1年だったのではないでしょうか。

小川:コロナ禍においては、どうしても外に出る機会が減りますが、その分、考える時間が増えた1年でしたね。また、新型コロナウイルスの影響は、マイナスばかりではないということも感じました。これまでにはなかった在宅需要が生まれましたし、様々な事業領域に取り組んでいたことで、マイナスの部分だけでなく、プラスの要因も生まれています。事業の幅広さの重要性を実感した1年でもありました。

そして、私自身、この変化がチャンスになると思っていた部分もありました。たとえば、移動できないということは、仕事のやり方を変えるチャンスです。新製品を立ち上げる際には、東南アジアや中国の工場に、社員が出向いていたわけですが、コロナ禍では、リモート環境に完全移行して、新製品を立ち上げることができました。在宅勤務もやればできるということがわかった。やらざるを得ない状態となったことで、余計な労力をかけずに変化することができたともいえます。その点では、コロナ禍という困難をプラスにすることができたと思っています。

なにを見るかが問題です。もちろん、業績などへの影響はしっかりと捉えることが前提です。人もいい面を見れば、必ずいいところがあるのと同じで、新型コロナの影響も、すべてが悪いと捉えるべきではありません。

――社長就任時には、「楽しく仕事をしよう」ということを社員に呼び掛けました。楽しく仕事をするには難しい1年だったのではないですか。

小川:私自身は、「変化」を楽しく感じるタイプなのですが(笑)、社員がどう感じたかは聞いてみないとわからないですね。ただ、物事は捉え方次第で変わります。仕事も捉え方次第で楽しくもなり、つまらなくもなります。このことは社員にも言い続けています。

この1年で、私の考え方に共感してくれる社員が少しずつ増えているとも感じています。もし、私が、「コロナ禍の経営は辛い」というと、社内はそういう雰囲気になってしまうでしょう。「コロナ禍だが、進化できるチャンスはある」というのが、私の社内へのメッセージです。これに対して、社員は前向きに捉えてくれていると感じます。

これからは全体の豊かさ、Epson 25 Renewedで打ち出した「ありたい姿」

――1年前の社長就任会見では、「2019年度までに会社が目指す方向は定まってきている」というのが経営トップの認識だったと思いますが、今回の長期ビジョンの見直しをみると、コロナ禍でその前提が変化したといえそうですが。

小川:細かい部分は再定義したところがありますが、大きな方向性としては変わらないといえます。エプソンは、環境に対して優れた技術を持っており、環境に対して貢献する姿勢は以前から変わりません。ただ、この強弱が変わったということはいえます。DXについても、以前からやらなくならないという考えはあったのですが、実力や意識の面がこの1年で変化し、加速する状況ができました。

再定義しつつ、もともと向かっていく方向を、改めて社員とあわせたのが、今回の長期ビジョン「Epson 25 Renewed」だといえます。これまでの打ち出し方ですと、どうしても売上計画や利益目標が前面に出てしまい、本来、中心にあるべき基本コンセプトが、だんだん頭の片隅に追いやられてしまうということがありました。それを、しっかりと捉えなおすという意味も大きいといえます。

――長期ビジョン「Epson 25 Renewed」とともに、将来にわたって追求する「ありたい姿」を打ち出しました。ここでは、「持続可能でこころ豊かな社会の実現」を掲げました。このなかで、「こころ豊かな社会」という言葉が気になりました。どんな意図を込めていますか。

  • 「ありたい姿」を実現し、「持続可能でこころ豊かな社会」を実現するとは?

小川:社会は、より豊かな生活を求めて発展してきましたが、その中心は、モノの豊かさや、経済的な豊かさでした。いわば、自分たちだけが豊かになるということを求めていました。いま、世界は、気候変動や新型コロナウイルスなど、社会は様々な課題に直面していますが、これは、こうした豊かさを追求した結果が生んだものだといえるかもしれません。

これからは、自分たちだけでなく、地球全体が豊かになることが大切であると考えています。そこでは、物質的、経済的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさ、文化的な豊かさなどを含めたこころの豊かさが望まれていると考えています。そして、こころ豊かな社会を実現する上で大前提となるのが、持続可能な社会の実現となります。エプソンは、常に社会課題を起点として考え、その解決に向けて、なにができるのか、社会にどんな貢献ができるのか、という発想でビジネスを展開していきたいと思っています。

私は、社会貢献とともに、社内の働く人たちの幸せを実現するのが会社の存在意義であると思っており、そのためには社員全員が楽しく仕事をする環境を作りたいと思っています。実は、社会に貢献することは、結構、楽しいことなんです(笑)。社員の幸せは、社員が楽しく働ける、社員が満足して働けるということです。どうやって満足するかということを考えた場合、仕事をして、その対価をもらって満足するだけでなく、仕事することが直接満足つながることが大切です。社会のために働くことで、それが満たされるということがあります。そうした働き方こそが、豊かな働き方だと思うのです。それを含めて「こころ豊かな」という表現をしました。ひとことでいえば、「幸せ」という言葉に置き換えることもできますが、「こころ豊か」の方がいいかなと思って、その言葉を使いました(笑)。

持続可能な社会に貢献する製品を作る行為が、こころの豊かさにつながり、環境にも配慮でき、それ使っているお客様もこころ豊かになってもらう。これは、ホームエンタテイメント向けの製品やウオッチだけでなく、オフィスで使用したり、工場で使ったりする製品も、こころを豊かにできるといえます。社員だけでなく、世の中の人たちが、こころ豊かになるような製品、サービスを提供する会社でありたいという意味です。

――Epson 25 Renewedでは、進むべき方向性として、「”省・小・精の価値”で、人やモノと情報がつながる新しい時代を創造する」としていました。「新しい時代を創造する」という言葉と、新たに「ありたい姿」で定めた「こころ豊かな社会の実現」という言葉には、どんな関係にありますか。

  • Epson 25 Renewedでは、「省・小・精の価値」で、人やモノと情報がつながる新しい時代を創造するとしている

小川:私自身は、「新しい時代を創造する」という言葉の上位概念になる言葉が、「こころ豊かな社会の実現」という言葉であると考えています。また、「こころ豊か」の方が、わかりやすいのではないかとも思っています。

新しい時代というと、便利であるとか、効率的に進むというイメージがあります。しかし、新しい時代とはなにか、新しい時代はなんのためにあるのか、といったことを考えた場合に、こころが豊かであり、幸せな社会でなければ、新たな時代の意味がありません。こころ豊かな社会というのは、そうした意味もあります。より人間的な感じにした言葉だと思っています。

「カーボンマイナス」へ、「紙を半減」するプリンターメーカー

――環境問題への対応では、「環境ビジョン2050」を打ち出しました。この狙いはなんですか。

小川:これまでにも環境ビジョンは打ち出していましたが、今回は、「ありたい姿」をもとにした改訂を行っています。その結果、2050年に「カーボンマイナス」と「地下資源消費ゼロ」の達成を打ち出しました。

  • 2050年の「カーボンマイナス」と「地下資源消費ゼロ」も盛り込んだ

ここでは、製品やサービス、サプライチェーンにおける環境負荷の低減と、オープンで独創的なイノベーションによる循環型経済の牽引、産業構造の革新を実現します。また、価値創造ストーリーも改訂し、社会課題、マテリアリティ、価値創造戦略、業績目標を変更しました。たとえば、社会課題としては、環境負荷の低減、ライフスタイルの多様化、分散型社会をつなげる、労働環境の改善、インフラや教育、サービスにおける質の向上をあげています。また、社会課題解決に向けてエプソンが取り組むマテリアリティでは、「循環型経済の牽引」、「産業構造の革新」、「生活の質向上」を重要テーマにあげました。

――プリンターメーカーであるエプソンは、紙という資源に対してはどんなスタンスで向き合うことになりますか。

小川:紙という点では、2つの側面から向き合うことになります。ひとつは、紙への印刷です。大きな流れでいえば、デジタル化が進展し、ペーパーレスが進み、紙への印刷は減少するとみています。言い換えれば、紙の良さばかりを前面に打ち出し、紙の需要をなんとか維持したいという気持ちは、いまのエプソンにはありません。効率的な仕事や教育ができるということであれば、紙にこだわる必要はないと思っています。実は、私自身も使う紙の量を減らしています。実際もエプソン社内でも、紙を半減する取り組みを開始しているところです。

――プリンターメーカーであるエプソンが、紙を半減する取り組みを開始しているのには驚きです。

小川:私はプロジェクター部門の出身ということもあり、以前から紙はあまり使わない方で(笑)。ただ、技術部門を統括し、プリンター事業までを見たときに、紙がずいぶんと増えました。そのとき、業務の効率性などを考えると、経験的に紙が邪魔だと思ったんです。我々は、プリンターの会社ではあるが、紙が邪魔だと思う人は社内にもいます。その意識をしっかりと持ち、その上で、エプソンのプリンタービジネスを考えなくてはなりません。

社内では、2020年度に、紙を半減する目標を打ち出しました。各事業部が紙を何枚使っているのかを算出し、そこから目標値を決めて、半減することに取り組むことにしたのです。もちろん、プリンター事業部門からは反発もありました。しかし、これはやると決めました。プリンターの本来の目的は、紙に印刷することそのものではなくて、紙に印刷することで、業務効率をあげたり、仕事を円滑に進めたり、オフィスの環境をよくすることです。ただ、効率性を高めたりする上で、いまは、紙に印刷することだけが、その回答にはなりません。紙を減らすなかで、エプソンはなにができるのかということを考えていく姿勢に変えました。

――紙の半減は達成されたのですか。

小川:私のところにやってくる紙の量はかなり減りましたよ。3分の1や4分の1ぐらいになっています。私の机の後ろには、廃棄用の紙を置く場所があるのですが、社長就任直後はすごい勢いで紙が溜まっていったのですが、紙半減を社内に打ち出してから、まったく溜まらなくなりました(笑)。半減を宣言した張本人ですからね。社員も私のところに提出するものは、気をつかって、紙にしなくなっているのかもしれません(笑)。

――紙に対するもうひとつの姿勢とはなんですか。

小川:使った紙をしっかりとリサイクルするということです。エプソンは、使用済みの紙をオフィスで再生するPaperLab(ペーパーラボ)を商品化していますが、経済的な効率が悪いこと、導入コストがかかること、機器が大きいといった課題もあります。ただ、PaperLabの中核となるドライファイバーテクノロジーを活用して、様々な形で紙を生かすことができます。たとえば、これまではプラスチックで作っていた椅子や机などを、ドライファイバーテクノロジーによって、紙を新たな材料として活用し、製品化するといったことが可能になります。紙は天然由来の資源であり、石油由来のプラスチックのような地下資源に頼らない材料として活用できます。ここに、エプソンの技術が貢献できます。

  • 様々な形で紙をリサイクルするドライファイバーテクノロジーなど、エプソンの材料技術が再資源化のビジネスにつながる

――2021年度は、どういうゴールを描いていますか。

小川:2021年度は、Epson 25 Renewedの1年目ということで、全社で方向感をあわせる1年であるといえます。「環境」、「DX」、「共創」という3つのポイントにおいて、方向感を一致させ、それに向けたスタートを切りたいですね。重点領域がここだということをしっかりと示して、そこに向かって、1年の結果が出るようにしたいと考えています。それが2025年度の目標達成に向けた大きな一歩になるといえます。