楽天モバイルは、2022年2月25日に経営陣の大幅な刷新を発表。三木谷浩史氏の影響が強かったワントップの体制から、海外事業をタレック・アミン氏が、国内事業を矢澤俊介氏が担うツートップ体制へと移行するようですが、その狙いはどこにあるのでしょうか。

  • 新たに楽天モバイルのCEOに就任予定のタレック氏(左)と、社長に就任予定の矢澤氏(右)

三木谷氏主導から、タレック氏と矢澤氏の体制へ

2022年2月4日に、当初予定の4年前倒しで4Gの人口カバー率96%を達成したと発表した楽天モバイル。その楽天モバイルが2022年2月25日に発表会を実施し、経営陣を大幅に刷新することを明らかにしました。

これまで楽天モバイルは、楽天グループの代表取締役会長兼社長でもある三木谷浩史氏が代表取締役会長兼CEOを、山田善久氏が代表取締役社長を務めていました。会長とCEOを兼ねていることからも分かる通り、三木谷氏が事業を強くリードする体制を取っていたといえます。

ですが、今回の発表により、2022年3月30日にその体制が大きく変わります。三木谷氏はCEOを離れて代表取締役会長となり、山田氏は楽天モバイルの経営から離れ楽天グループの相談役となる一方、代表取締役CEOにはこれまで代表取締役副社長兼CTOだったタレック・アミン氏が、代表取締役社長にはやはり代表取締役副社長だった矢澤俊介氏が就任するとのことです。

タレック氏は、世界各国の携帯電話会社を渡り歩いた経歴を持ち、楽天モバイルの大きな特徴にもなっている「完全仮想化ネットワーク」を三木谷氏に提案し、実現させた人物でもあります。ネットワーク仮想化技術は、電力やパフォーマンスなどさまざまな面で課題が多くあり、それをネットワークに全面採用するのは難しいと言われていただけに、インテルやシスコシステムズ、クアルコムなど名だたる海外企業のトップを巻き込んでそれを実現させた力量が評価され、CEO就任に至ったようです。

一方の矢澤氏は、楽天モバイル以前は現在の楽天グループにおける主力のEコマース事業「楽天市場」の運営をリードしてきた人物。楽天モバイルに移って以降は、当時楽天モバイルにとって大きな課題となっていた基地局の設置場所確保に尽力。AIやビッグデータなどの楽天グループが持つ技術やノウハウを生かして急拡大させ、先の人口カバー率96%の早期達成に結び付けた実績が買われて社長就任となったようです。

狙いは海外事業強化だが、疎かにできない国内事業

ただ、日本人からしてみると、1つの会社にCEOと社長がいるというのは体制的に分かりにくいというのが正直なところでもあります。一連の発表内容によりますと、楽天モバイル全体の経営はCEOのタレック氏が担い、その上でタレック氏は海外事業を、社長の矢澤氏は国内事業をそれぞれ担当する形となるようです。

そうした新体制からは、楽天モバイルの今後の狙いも見えてきます。楽天モバイルは立ち上げからの2年間、仮想化技術を全面に採用した携帯電話ネットワークの立ち上げと、最大の課題となっていたエリア整備に注力して事業を成立させる必要があったことから、三木谷氏の強力なリーダーシップの下、事業の立ち上げに全力を注いでいたといえます。

  • 楽天モバイルは、サービスの立ち上げから現在に至るまで厳しい状況が続いたこともあって、三木谷氏が主導する体制を続けてきた

ですが、目標としていた人口カバー率96%の達成で立ち上げ当初の課題はクリアできたことから、事業を次のステージに進めたいというのが今回の人事の大きな狙いといえるでしょう。そして、タレック氏に経営の比重が多く置かれている点を見るに、楽天モバイルとしては今後、海外事業に重点を起きたいのではないかと考えられます。

楽天モバイルは、同社のネットワーク技術をプラットフォーム化し、主として海外の企業にそれを販売する「楽天シンフォニー」という子会社を有しています。楽天シンフォニーは2021年8月に、ドイツの進行携帯電話会社である1&1に同社のプラットフォームを包括提供するなど実績を積み上げている最中ですが、三木谷氏はかねて、楽天シンフォニーによるプラットフォーム事業で獲得可能な市場規模は15兆円に達すると評価するなど、この事業には非常に強い期待を寄せています。

それゆえ、国内での事業立ち上げがひと段落したことで、楽天シンフォニーの事業を本格拡大するフェーズに入ったと判断。タレック氏を中心とした体制でプラットフォームの開発と販売を大幅に強化していきたいというのが、今回の経営体制刷新の狙いといえます。

  • 楽天モバイルは「楽天シンフォニー」による海外向けのプラットフォーム事業に力を入れており、タレック氏のCEO就任でその流れが加速する可能性は高い

ですが、国内市場の現状を見ると、エリア拡大に伴い本格的にサービスを提供する範囲も広がったことで、大手3社と全国で本格的に競争しなければならないフェーズへと入ったことも確か。確かに、楽天モバイルの契約数はMVNOによるサービスも含めて550万に達するなど順調に伸びていますが、それを他社に迫る水準、より具体的には1000万を超える水準にまで広げるには、不足している要素が少なくありません。

実際、他の3社が人口カバー率99%を超えていることから、それに匹敵するエリアを整備しなければ、どんなに料金面でメリットがあっても地方での評価は高まらないでしょう。また、地方にまで広くサービスを販売して信頼を得ていくうえでは店舗網やサポート、そして災害対策などへの備えも本格的に必要となってきます。

  • エリア拡大に伴い、地方での販売を本格化するうえでは、エリア整備に加えて店舗網やサポートなど、さまざまなインフラの整備強化がが求められることとなる

そうした不足しているさまざまなインフラを整備するうえでも、国内での継続的な事業強化は必要不可欠ですし、そのためには経営陣にも国内の現場に近い感覚が求められるでしょう。タレック氏単独ではなく、あえて矢澤氏を社長に据えツートップ体制を取ったのは、国内事業で信頼を得ることの重要性が高いことを示しているといえます。

それは、楽天モバイルが参入当初から現在に至るまで、基地局整備の遅れやサポートの不足などでさまざまなトラブルを起こし、信頼低下につながってしまった部分があったからこそといえるかもしれません。新経営陣には、かつての教訓を糧としながら、利用者から信頼を得て国内・海外双方の事業で成功を収められる体制をうまく整えてほしいと感じます。