6月30日、菅義偉官房長官が再び携帯電話料金の引き下げに言及したことが話題となりました。総務省が発表した「電気通信サービスに係る内外価格差調査」で、世界主要都市における携帯電話料金の中で東京が依然として高い水準にあるというのがその根拠となるようですが、果たして重要なポイントはそこなのでしょうか。

発言の根拠は総務省の内外価格調査

2018年、菅官房長官が「携帯電話の料金は4割下げられる余地がある」と発言したことが大きな話題となりました。これは主として、携帯電話市場がNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社の寡占状態にあり、競争が働きにくくなっており料金が高止まり傾向にあることを指摘したもの。この発言を受けて、総務省は有識者会議「モバイル市場の競争環境に関する研究会」を実施し、約1年半近くにわたる議論の結果を受ける形で、2019年10月に電気通信事業法の改正がなされました。

この法改正で対象となった携帯電話会社は、スマートフォンなど端末の値引きが最大2万円までと制限され、いわゆる“2年縛り”の違約金上限が1,000円と、従来の10分の1の水準にまで引き下げられました。「端末の大幅値引きで顧客を獲得し、2年縛りで長期間囲い込む」という従来の携帯電話大手のビジネススタイルが大幅に規制されたのです。

そうしたことから、携帯電話各社は2019年から2020年にかけて、料金プランや端末購入プログラムを改正法に対応した形に変更するなどの対応を迫られることとなりました。その結果、携帯電話大手のメインブランドの料金が大きく下がったかというと、ある程度は下がったものの、劇的に安くなったわけではありません。そうした状況に業を煮やしてなのか、6月30日に菅官房長官が再び、携帯電話料金が「まだまだ引き下げの余地がある」と言及したようです。

その根拠とされているのが、総務省が同日に公表した「電気通信サービスに係る内外価格差調査」のようです。これは東京のほか、ニューヨーク、ロンドン、パリ、デュッセルドルフ、ソウルの主要6都市における携帯電話料金を比較したものになります。

  • 総務省「電気通信サービスに係る内外価格差調査―令和元年度調査結果(概要)―」より。世界6都市におけるシェア1位の通信事業者の料金は、東京がいずれも高い水準にあるという

その内容を見ると、「シェア上位3又は4事業者が提供する料金プランのうち、最も安いポストペイド型の一般利用者向けのもの(新規契約の場合)」では、東京の支払額が2GB、5GBでは中位、20GBでは最も高い水準とされています。また「最もユーザシェアの高い事業者(メインブランド)の料金プラン」では、東京の支払額が2GB、5GBではニューヨークに次ぐ水準、20GBは最も高い水準となっています。

価格に現れない割引やサービス、品質の評価も必要

ただこの比較は、あくまで各社が提示した最も基本的な料金をそのまま並べたもの。家族割引や固定・携帯のセット割など、多くの人が適用している割引サービスは一切考慮されていません。

また最近の料金プランは、単に通話や通信だけを提供するのではなく、「Netflix」や「Apple Music」などをセットにしたKDDI(au)の「データMAX 5G ALLSTARパック」などのように、インターネットサービスなどをセットで提供するケースも増えています。

  • auの「データMAX 5G ALL STARパック」のように、NetflixやApple Musicなど複数のサービスがセットになった料金プランも増えている

そうした傾向は日本だけではありません。例えば、米国最大手キャリアのベライゾン・ワイヤレスの料金プランを見ると、4Gまたは5Gの通信が無制限の「Unlimited」プランは、いずれも「Disney+」が1年間無料で、Apple Musicがバンドル、あるいは6カ月無料(料金プランによって異なる)となっています。

  • ベライゾン・ワイヤレスの「Unlimited」プラン。通話・通信だけでなく、Apple MusicやDisney+、自社独自のクラウドサービスなどがセットになっていることが分かる

そうした実情を考慮すると、各社が提示する通信料金だけを比較しても、純粋に安いのかどうかを評価するのは難しくなっているといえます。割引やバンドルサービスなどを含め、なおかつ利用者の実態に即した形で多角的に評価することが求められるはずなのですが、ベースの値段だけを比べて「高い」と言い切ってしまうのには少なからず疑問を抱きます。

また、携帯電話の料金を比較するうえでは、提供されるサービスの内容や品質も考慮されるべきです。日本のモバイルネットワークは、全国津々浦々で快適に高速通信ができるなど、世界的に見て非常に高い水準を保っていますし、日本では自然災害が非常に多いので、災害から迅速に復旧するための備えも多くのコストをかけて整えられています。

  • 各キャリアは、災害発生時に不通となったエリアを臨時でカバーする移動基地局車などの設備を用意している。維持するのにもコストがかかっており、その多くは消費者の通信費から賄われている

しかも、大手3社は店舗を全国に構え、シニアなどにスマートフォンの使い方を教える教室を実施するなど、店頭で充実したサポートを無料で提供しています。それを維持しているのは、我々が支払っている毎月の通信料であることを忘れてはならないでしょう。

「高速通信は都市部だけで十分」「災害が起きても復旧は遅くて構わない」「店頭でのサポートは有料でもいい」というのであれば、料金を大幅に下げることは可能でしょう。ですが、果たして消費者が安い料金と引き換えにサポートやサービスの縮小を望んでいるのでしょうか。そうした部分を無視した比較には、どうしても違和感を抱いてしまうのです。

そもそも、すでに国内には「ワイモバイル」「UQ mobile」など携帯大手のサブブランドやMVNO、そして楽天モバイルなど安い料金プランを提供するサービスが多く存在しています。行政には、サービスの質を低下させることにつながりかねない、大手3社のメインブランドの料金引き下げに固執するのではなく、そうした低価格サービスの認知を高め、消費者が乗り換えやすくするため環境作りをすることこそが、最も求められているのではないでしょうか。