KDDIは2022年12月1日、米Space Exploration Technologies(スペースX)の「Starlink」を用いた衛星通信を、KDDIの通信網で利用開始したことを発表した。衛星通信の活用で携帯電話のネットワークはどう変わろうとしているのだろうか。

光ファイバー敷設が難しい場所に基地局を展開

ここ最近、携帯電話に衛星通信を活用したサービスが増え、注目を集めている。衛星通信を用いて場所を問わずに携帯電話を利用するサービスは以前から存在するのだが、衛星の打ち上げや運用にかかるコストが高いのに加え、遠く離れた衛星と通信するのに端末側に大きなアンテナが必要なことなどが障壁となっており、その用途は災害時など非常に限定されている。

しかし近年では、その衛星通信をより身近なものにする取り組みが進んでいるようだ。実際アップルの「iPhone 14」シリーズは、その低軌道衛星を用いて携帯電話がつながらない場所でも緊急通報ができる仕組みを提供し、話題となった。

だがより大きな話題を呼んだのは、スペースXが提供する「Starlink」であろう。これは同社が打ち上げた3,000以上の衛星群を活用した通信サービスであり、スマートフォンと直接通信するのではなく地上にアンテナを接続し、そこから固定回線のような形でインターネットに接続するものとなる。日本でも2022年10月よりサービスが開始され、衛星通信を用いたブロードバンドサービスとしてはかなり価格が安いこともあって人気となっているようだ。

そのスペースX社と2021年9月に提携したのが国内通信大手の一角を占めるKDDIである。同社はStarlinkによる通信サービスを法人向けに直接提供するだけでなく、KDDIの携帯電話回線のバックホール回線、要は基地局とコアネットワークを結ぶ回線として利用することを表明していたが、2022年12月1日にその第1弾となる基地局の運用を、静岡県熱海市にある離島の初島で開始すると発表している。

  • KDDIが「Starlink」を基地局に活用、衛星通信でモバイル通信インフラはどう変わるのか

    KDDIはStarlinkの通信サービスを活用した基地局を静岡県熱海市の初島に設置、2022年12月1日にその利用を開始したことを発表している

初島のような離島や、山間部などは環境やコスト面の観点から光ファイバーを敷設するのが難しく、携帯電話の基地局を設置する上では光ファイバーの代替えとなるバックホール回線の確保が大きな課題となってくる。離島の場合は従来、バックホール回線に無線通信を固定回線の代替として活用するFWA(Fixed Wireless Access)が用いられることが多かったのだが、FWAは直進性が強い高い周波数帯を用いられているため、本土と離島の間に障害物がなく、見通しがよい場所にしか設置できないという課題がある。

今回基地局が設置された初島のグランピング施設「PICA初島」は、そうした条件が整っておらず基地局整備が難しかったエリアであったという。だがそれでも訪れる観光客は日常的にスマートフォンを利用しており、高い通信ニーズがあることからエリア対策をするには抜本的な対策が必要となっていた。そこで白羽の矢が立ったのが、本土との位置に関係なく通信ができるStarlinkだったようだ。

  • 初島に設置された、Starlinkを活用した基地局。上部にStarlinkのアンテナが取り付けられているのが分かる

天候の課題もあるが現時点では最適解

ただKDDIではFWA以外にも、衛星回線をバックホール回線に活用して離島などをカバーしているケースもあったという。だがそれらは地上からおよそ3万6,000kmほど離れた静止軌道衛星を用いていたことから、通信速度が遅く遅延も生じやすい。その点Starlinkの通信サービスは地上から2,000km以下を回る低軌道衛星を用いているので、地上との距離がより近く従来の衛星通信よりも高速かつ低遅延での可能なことから、その置き換え用途としてもStarlinkの活用は進められるようだ。

  • Starlinkは静止軌道衛星より低い軌道を回る低軌道衛星を用いていることから、サービス提供に多数の衛星が必要になるものの、通信速度や遅延などをより抑えられるメリットがある

そうした既存基地局の置き換えも含め、KDDIはStarlinkを活用した基地局を、今後国内に1,200以上設置していく方針だという。光ファイバーよりはるかに低コストでバックホール回線を確保できることから、離島や山間部をはじめとして通信が不便なエリアの通信環境改善に期待がかかる所だ。

  • Starlinkを活用した基地局は、既存基地局の入れ替えも含め今後1,200以上設置していく予定だという

ただ一方で、衛星通信を用いるだけに課題もある。それは通信品質が天候に大きく左右されてしまうことであり、とりわけ豪雨などの際には通信が難しくなる可能性が高いだろう。KDDIによると、豪雨の影響は基地局と衛星をつなぐ部分よりむしろ、衛星とコアネットワークをつなぐフィーダーリンク用の回線の方が、使っている周波数が高く天候の影響を受けやすいそうだが、KDDIでは衛星と通信する地上局を国内に複数用意し、天候の影響を受けていない地上局を用いるなどして影響を避ける取り組みを進めているとのことだ。

もう1つ、天候の影響として気になるのは雪の影響である。Starlinkのアンテナ自体に融雪機能が付いていることから雪が多少積もる分には影響は受けないというが、冬場の豪雪地帯で連日の積雪を回避するのはさすがに難しいだろう。こうした物理的要因をいかにカバーして安定運用させられるかは、Starlinkの基地局活用を進める上で重要なポイントになってくるように思う。

日本で活用することを考えればまだいくつかの課題を抱えているとはいえ、Starlinkがモバイル通信のインフラ整備のあり方を大きく変える可能性があることは確かだろう。ただ現在期待されているのは、iPhone 14シリーズや楽天モバイルの「スペースモバイル計画」に代表される、衛星とスマートフォンとの直接通信であろう。確かにスペースXも米国で、衛星とスマートフォンを直接通信する仕組みの実現を予定しており、直接通信ができるようになれば基地局整備すら必要なくなるのも確かだ。

ただ低軌道衛星を使うとはいえ、スマートフォンと衛星との間の距離は非常に遠いことに変わりはなく、小型のスマートフォンのアンテナを使って通信しようとなると多くの制約が出てきてしまう。実際iPhone 14の衛星通信は、現状SOSの発信に限られるのに加え、実際に通信するには場所を選ぶし時間もかかる。

そうしたことを考えると、少なくとも当面はKDDIのように、大型のアンテナを用いて一度地上の基地局などを経由し、スマートフォンと通信するという使い方が現実的であることは間違いないだろう。スマートフォンとの直接通信を見据えながらも、当面は裏方として衛星通信の活用は進むことになるのではないだろうか。