今回からしばらく、相互運用性(interoperability)について取り上げてみたい。実は、軍事分野では極めて重要な話なのだ。なにも軍事分野に限らず、IT分野ではもともと重要視される言葉である。

相互運用性の例

「相互運用性」という言葉は本来、「さまざまなシステムや組織が連携して、相互に運用できる」という意味だとされる。これだけでは、単に言葉を切り出しただけのように見えなくもない。

しかし、日常的に相互運用性が重要な役割を占めている場面、相互運用性が確保されているおかげで助かっている場面はたくさんある。単に、それが「空気のようなモノ」になっていて、いちいち意識しなくても済んでいるだけだ。

相互運用性を実現するための構成要素としては、物理的な共通性・互換性の実現と、論理的な共通性・互換性の実現がある。

たとえば、物理的な共通性・互換性の一例として、より対線イーサネットで使用しているRJ45コネクタがある。「より対線イーサネットのコネクタはRJ45」と規定して、さらに信号線の配列や電気的特性、ノイズ対策といった面の仕様を統一しているからこそ、異なるメーカーの製品を組み合わせて使うことができる。

論理的な共通性・互換性の一例としては、電子メールがある。POP3(Post Office Protocol Version 3)、IMAP4(Internet Message Access Protocol Version 4)、SMTP(Simple Mail Transfer Protocol)といった標準プロトコルを規定して、それに則った製品が使われているからこそ、異なるメーカーのメールサーバとメールクライアントを相互に組み合わせてもメールの送受信を行える。

下位レイヤが同じイーサネットやIEEE802.11無線LANで揃っていたとしても、メールサーバやメールクライアントのレベルでプロトコルの標準化・共通化が実現できなければ、相互運用性は確保できない。つまり、相互運用性を実現するには、すべてのレイヤに渡って標準化・共通化を図る必要がある。

ちなみに、相互運用性以外に、「互換性」「相互接続性」といった言葉もある。互換性とは、「部品やコンポーネントなどを別のモノと置き換えても、同様に動作させることができること」、相互接続性とは特に通信が関わる分野について「異なるシステムを接続して通信が成立すること」と定義される。

それに対して相互運用性は、もうひとつ上のレイヤまで含めた話といえばよいだろうか。つまり、互換性や相互接続性は、相互運用性を実現するための下位レイヤの構成要素、という意味だ。互換性や相互接続性を実現した上で、異なるシステムや組織が一緒になって業務や任務を遂行できる状態を指す、といえばよいだろう。

軍事における相互運用性

軍事分野でも、相互運用性は重視される。たとえば、同じ国の同じ軍種の中で装備品の相互運用性を確保できていなかったら厄介だ。

手近なところでは基本中の基本である装備、自動小銃がある。小銃だけでなく、機関銃でも大砲でもそうだが、単に口径が同じというだけでは互換性・相互運用性を確保できたことにはならない。小銃弾なら薬莢の長さや形状がいろいろあるし、同じ形状でも薬莢の中に入れる装薬(弾を撃ち出す火薬)の量が違うことがある。

物理的な形状が違う場合はもちろん、薬莢のお尻の形状が違っていても(起縁、つまりリムが飛び出している薬莢と、飛び出していない薬莢がある)、薬莢の中に入れた装薬の量が違っていても、互換性はない。当然、相互運用性も実現できない。

「それぐらい揃えていて当然だろう」などというなかれ。異なる国の間で食い違いがあるならまだしも、同じ国の同じ軍種の中で、口径が違ったり薬莢の形状が違ったり、はたまた同口径でも装薬の量が違ったり、といった事態を引き起こし、弾と銃の組み合わせがパズル大会と化した事例はあるのだ。

同じ軍種の中ですらこういう事態が起きるぐらいだから、異なる軍種、あるいは異なる国の間では、意識的に策を講じなければ、互換性も相互接続性も相互運用性も実現できない。

たとえばNATOでは、5.56mm自動小銃で使用する弾や、その弾を入れる弾倉(マガジン)について標準化仕様を取り決めている。こうすることで、その標準化仕様に則って作られた自動小銃同士なら弾や弾倉が共通化され、互いに取り替えっこできることになる(ハズである)。

NATOにおける、この手の標準化に関する取り決めのことを、STANAG(Standardization Agreement)という。相互運用性の実現に必要な諸項目について、標準化仕様を取り決めて、加盟各国に遵守させるものだ。

軍事の世界に限らないが、部分最適を求めた結果として全体最適が損なわれることがある。つまり、個別の分野について性能や使い勝手を追求していたら、互換性も相互運用性も損なわれて、大局から見てマイナスになってしまった、という類の話だ。某国陸軍における、銃と弾の組み合わせのパズル化は、その典型例といえるのかも知れない。

統合運用・連合作戦が相互運用性を求める

近年では、ひとつの国だけで軍事作戦を行うのではなく、複数の国が一緒になって軍事作戦を行う事例が増えている。政治的な事情から、一国だけが突出するのは「単独行動主義」ということで具合が悪く、複数の国が連携する方が望ましいという事情。そして、ひとつの国だけでは所要のリソースをすべて賄えないという事情が背景にある。

また、同じ国の中でも、陸海空軍がそれぞれバラバラに(という言い方が悪ければ、別個に)任務を遂行するのではなく、ひとつの指揮系統の下に入り、互いに連携しながら任務を遂行する形が普通になった。いわゆる統合作戦である。

そうなると、異なる軍種の間で、あるいは異なる国の間で、相互運用性が実現できていなければ困ってしまう。たとえばの話、「陸軍が空軍に航空支援を要請しようと思ったら、陸軍が使っている無線機は空軍の戦闘機と通信できませんでした」なんていうことになったら支援を要請できない。それが元で負け戦になったらシャレにならない。

ただし注意しなければならないのは、「相互運用性=同じモノを使う」とは限らないことだ。どうしても揃えなければならない部分と、揃えなくてもなんとかなる部分がある。その、どうしても揃えなければならない部分をどうするかが問題なのだ。

先に例示した電子メールでいうと、プロトコルは揃えなければならないが、そのプロトコルに則って動作するソフトウェアは、同一製品でなくても相互運用性を確保できる(はずである)。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。