9月4~8日にかけて米海軍の横須賀基地に、英海軍の空母「クイーン・エリザベス」が寄港した。このフネは今年の1月から、英海軍の艦隊旗艦を務めている。ちなみにその前は、2018年3月から2021年1月まで、揚陸艦「アルビオン」が旗艦を務めていた。その間、2018年8月に晴海に寄港して一般公開を実施しているから、読者の皆さんの中にも、「アルビオン」を訪れた方がいらっしゃるだろう。

  • 9月8日に横須賀を出航、浦賀水道を南下する「クイーン・エリザベス」 撮影:井上孝司

    9月8日に横須賀を出航、浦賀水道を南下する「クイーン・エリザベス」

  • 「クイーン・エリザベス」の前の英海軍艦隊旗艦は、この「アルビオン」だった 撮影:井上孝司

    「クイーン・エリザベス」の前の英海軍艦隊旗艦は、この「アルビオン」だった

旗艦とは?

ところで。旗艦とは何か。本来はネイビー用語だが、民間でも使われることがある。よくあるのは、家電量販店のチェーン店などを対象として、規模や売上が多いエース格の店舗を「旗艦店」と称するものだ。また、カメラ業界でも最上級モデルを「フラッグシップ機」と呼ぶ。

「旗艦」の原語はflagshipだし、日本語訳でも「艦」とつくのだから、本来は軍艦のことである。そして、もともとの定義は、「司令部または司令(官)が乗艦する艦」である。そして、指揮官旗を掲げるから旗艦という。

軍艦は商船と異なり、複数の艦が集まって集団行動をとるのが基本である。そこで船頭が複数いたらフネが山に登るから、一人の指揮官が全体の指揮を執る。それが司令、あるいは司令官。

使い分けは国や時代によって違うが、一般論としては、規模が小さい組織のボスは司令、規模が大きい組織のボスは司令官という。同種の艦を複数集めて編成する「隊」レベルなら司令だが、艦隊レベルになると司令官、というのが一つの目安だろうか。なお、いちいち両方書くのは面倒なので、以後はまとめて司令と書く。

ついでに余談を書くと、同じ「しれい」でも、鉄道事業者で運行管理などを担当しているのは「指令」である。運行管理を司る施設の名称も「指令所」という。

閑話休題。司令は1人だけで任務を果たしているわけではなく、業務をサポートするためのスタッフ(幕僚)を引き連れている。幕僚の仕事としては、作戦、情報、兵站、通信、暗号、庶務などがある。そして、司令と幕僚、幕僚の補佐を担当する要員などが集まって構成する統帥組織が司令部(headquarter)となる。

そして、その司令部が乗り込んで隊や艦隊の指揮を執る艦が旗艦である。司令が1人だけで仕事をするなら、司令が乗る艦が旗艦ということになるが、実際には1人でできる仕事ではないので、実情としては司令部が乗る艦となる。

どの艦を旗艦にするか

昔は、隊や艦隊を構成する艦の中でも、最大・最強の艦を旗艦にするのが一般的だった。例えば、太平洋戦争中の大日本帝国海軍・聯合艦隊であれば、開戦時は戦艦「長門」、1942年2月から戦艦「大和」になり、その後の1943年2月に同型艦の戦艦「武蔵」が引き継いだ。

ここまでは分かりやすいが、1944年5月になって事情が一変する。聯合艦隊の司令部が、旗艦を軽巡洋艦「大淀」に移したからだ。その後、1944年9月から聯合艦隊司令部は陸に上がり、神奈川県の日吉に陣取ることとなった。「最大・最強の艦を旗艦にする」という分かりやすい常識からすれば、なんとも腑に落ちない話ではある。では、他の事例はどうか。

同じ太平洋戦争中のこと。聯合艦隊司令部が「大淀」から指揮を執った「あ号作戦」では、対峙した米海軍第5艦隊の司令部は重巡洋艦「インディアナポリス」に乗っていた。その後、聯合艦隊司令部が日吉に移って指揮を執った「捷一号作戦」では、対峙した米海軍第3艦隊の司令部は戦艦「ニュージャージー」に乗っていた。戦艦はまだ分かるが、主役は空母部隊である。ましてや、重巡洋艦が旗艦と聞くと、「なんで?」となってしまう。

そこから数十年後。筆者が大学生の頃の話だが、米海軍の第7艦隊旗艦が揚陸指揮艦(今は指揮統制艦という)「ブルーリッジ」と知って、最初は「???」となったものである。当時、横須賀に前方展開していた空母は「ミッドウェイ」だったが、その「ミッドウェイ」ではないのだ。

  • 米海軍・第7艦隊の旗艦は指揮統制艦「ブルーリッジ」。見た目は「いくさフネ」っぽくないが、耳と頭脳で任務を果たす艦である 撮影:井上孝司

    米海軍・第7艦隊の旗艦は指揮統制艦「ブルーリッジ」。見た目は「いくさフネ」っぽくないが、耳と頭脳で任務を果たす艦である

日露戦争の頃みたいに、目視できる範囲内で戦闘が完結していた時代であれば、指揮下にある艦のうち最大・最強の艦に司令部を乗せる、ということで何も問題はなかった。

大きな艦のほうが艦内スペースに余裕があるから、固有の乗組員以外に司令部の要員がゾロゾロ乗り込んできても、収容したり、指揮所を設けたりする余地はある。そして、その旗艦に司令が指揮官旗を掲げて艦橋に陣取り、指揮下の艦に対して「我に続けぇ!」とやれば用が足りた。

しかしである。航空機の登場で海戦の範囲が広がるとともにスピードが速まり、さらに潜水艦なんてものまで出てくると、戦場は広範囲かつ立体的になる。つまり目視できる範囲内だけの話では済まない上に、大量の情報を取り込んで迅速に意思決定しないといけなくなる。そのことが、旗艦に求められる機能の変化につながった。

その「旗艦に求められる機能」が「軍事とIT」という本連載のテーマと直結しているので、これから何回かに分けて書いてみることにした次第。なお、海の上の話が済んだ後は、陸の上の話も書いてみたいと思う。

ちょっと余談

隊や艦隊の指揮をとるのは司令だが、司令の仕事はあくまで、隊あるいは艦隊として何を達成するかを命じること。その命令を実行するために個々の艦の指揮を執るのは、艦長である。

これは第2次世界大戦中のドイツ海軍で、実際にあった話。ドイツの戦艦が英空母の搭載機に襲われて、魚雷を撃ち込まれた。そこで見張員が魚雷の接近を報告、続いて艦長が舵手に「左35度」と指示した。

ところが、その様子を見て黙っていられなくなったのが、司令の某提督。ついつい舵手に「面舵一杯」といってしまった。それを聞いた艦長は、「提督、本艦の艦長は私です。艦の責任を負っているのは私です!」といって、舵手に「取舵一杯」と真逆の指示を出した。

司令の指揮対象はあくまで指揮下の隊全体であって、個々の艦のことは艦長が責任を負う、という区分を示したエピソードといえようか。

なお、潜水艦は事情が少々異なる。潜水艦は隊として行動するのではなく、個艦で動くのが基本。組織としては、複数の潜水艦を集めて「潜水隊」を編成していても、実際の任務行動は個艦が単位。だから、潜水隊の司令が指揮下の艦に乗り込むことがあっても、司令が艦長に代わって指揮を執ることはしない。司令の仕事はあくまで、艦長の働きぶりを見たり、指導したりすることだという。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。