軍事の業界では一般的に、「○○INT」というと「○○情報」という意味になる。電子情報のELINT(Electronic Intelligence)、通信情報のCOMINT(Communication Intelligence)、地理空間情報のGEOINT(Geospatial Intelligence)など、いろいろある。これらは多くの場合、単体のものとして扱うことが多いが、最近は事情が違ってきた。

複数の情報を融合する

それがタイトルにある「Multi-INT」。つまり、複数の「○○情報」を組み合わせて融合することで、単体では見えてこなかったものが見えてくるのではないか、という話である。そこで例として、不審船の捜索・監視について考えてみる。

洋上に船がいるかどうかは。レーダーで捜索すれば分かる。いまどきの洋上捜索用レーダーであれば、多少の波浪があってもそれは不要な情報として無視して、本当に意味がある探知目標だけを拾い出してくれる。ただし、レーダーは電波の反射によって目標を探知する手段だから、「電波が返ってくるかどうか」しか分からない。電波の反射源が何者なのかについては分からない。逆合成開口レーダー(ISAR : Inverse Synthetic Aperture Radar)というものがあって、探知目標の動きを利用することで解像度を高める手法はあるが、それとて限度はある。

では、他に洋上の艦船を探知する手段はあるか。まず、電子光学/赤外線(EO/IR : Electro-Optical/Infrared)センサーがある。赤外線センサーによる赤外線映像に加えて、十分な光量があれば、電子光学センサーによる可視光線映像も得られる。可視光線と比べると赤外線の映像は解像度が悪いが、それでも昔と比べると品質は上がっている。これなら対象の外観が分かるし、赤外線センサーなら温度の差異も分かる。温度の差異は、相手が艦船の場合、煙突の位置を突き止める役に立つ。

また、船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)もある。これを使うと、個々の艦船の識別符号、種類、位置、針路、速力、航行状態、その他の安全に関する情報を得られる。ただし、正直に本当の情報をセットしているとは限らず、時には意図的に不正確な情報をセットするケースもあるという。もちろん、そんなことをするフネは、「人にはいえないようなことをしているフネ」である。

こうしてみると、どの探知手段にもそれぞれ一長一短があることが分かる。レーダーだけに頼っていても、EO/IRセンサーにだけ頼っていても、AISにだけ頼っていても、不十分な情報しか得られない。それなら、これらの情報源を個別に使うのではなく、情報を重畳・融合したら?

  • 2020年10月に八戸で飛行試験を実施したシーガーディアンは、Multi-INTを地で行く無人偵察機だ

無人偵察機における洋上Multi-INTの例

そこで、無人偵察機にレーダーとEO/IRセンサーとAIS受信機を搭載する。レーダーが何かを探知したら、その探知目標に対応するAISデータを拾い出す。すると探知目標の正体(少なくとも、探知目標が自らを何者だと名乗っているか)が分かる。そしてEO/IRセンサーの有効範囲内まで接近すれば、映像による確認が可能になる。本当は貨物船なのに「マグロ漁船です」と偽りのAIS情報を出していても、この段階でばれる。

レーダー探知なら自機からの方位と距離が分かるから、そこにセンサーを指向すればいい。また、自機の緯度・経度・高度を基準にして、相対的な方位と距離を加味することで探知目標の座標を計算できるから、それでAIS情報との相関もとることができる。

つまり、単に複数の情報源を用意するだけでなく、それらの相関を取り、複数の情報源で得られたデータを融合することで、単体のデータでは分からなかったことが分かったり、ウソを見破ったりできるという期待を持てる。これがMulti-INTの基本的な考え方。

無人機が搭載するセンサー群のデータを対象とするMulti-INT活用については、すでにゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)が手掛けており、MISP(Multi-Intelligence Smart Processing)と称している。

  • GA-ASIは米国空軍とMISPに関して契約を締結しており、開発したテクノロジーをMQ-9リーパーに搭載する計画。写真はMQ-9リーパー向け航空訓練シミュレーター 写真:USAF

MAPLE

そのMulti-INTを活用するために、パターン学習機能を応用しようと考えたのが、BAEシステムズ社。イギリスの本家BAE Systems plcではなく、アメリカ現地法人BAE Systems Incのほうだ。ここが2020年2月に米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)から、「SIGMA+」という研究案件の契約を得ている。

SIGMA+が企図しているのは、核・生物・化学兵器・爆発物(CBRNE : Chemical, Biological, Radiological, Nuclear and Explosive)の脅威検出。それぞれ個別に探知機はあるが、SIGMA+計画では複数のデータ・ソースからデータを集めて融合、さらにモデリング、パターン・マッチング、機械学習を組み合わせて、MATCH(Multi-info Alerting of Threat CBRNE Hypotheses)と名付けられた脅威検出手段につなげようと考えている。CBRNEをひそかに持ち歩こうとする側は隠蔽策を講じるだろうから、それをMulti-INTによって突破しようとする考えだろうか。

そこで活用することになったのが、BAEシステムズの研究部門であるFAST Labsが開発したMAPLE(Multi-INT Analytics for Pattern Learning and Exploitation)という分析エンジン。このMAPLEは、CBRNEの検出専用というわけではなく、汎用的に使える分析機能だ。

そのMAPLEを別分野に応用するのが、これもDARPAの案件でGCA(Geospatial Cloud Analytics)という。その名の通りに地理空間情報が絡む案件で、MAPLEの機能をネットワーク経由で呼び出し、分析の機能を引き受けさせる構想。これをMaaS(MAPLE as a Service。Mobility as a Serviceではない)と称している。

確かに、分析や学習の機能を個別の拠点やプラットフォームに実装して回るのは手間がかかるし、学習効果の観点からいっても、ひとつところに集約する方が具合がいい。それによって分析エンジンの能力が高まれば、Multi-INT分析のレベルが上がると期待できる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。