イージス・アショアの導入断念に関連して、「イージス・アショアは極超音速飛翔体に対応できるのか」という話を持ち出す向きが見受けられる。ところがその手の話を見てみると、「対応できる」または「対応できない」といった、あまりにもざっくりとしすぎた論じ方をしている。それは果たして適正なのか。ということで、その極超音速飛翔体の話も含めて、ミサイル防衛に関する最近の話題を取り上げてみたい。

極超音速飛翔体とはなんぞや

まだなじみの薄そうな言葉だから、まずは「極超音速飛翔体とはなんぞや」という話から。次回以降に、それを迎え撃つ段階の話までを紹介する。

「極超音速飛翔体」の定義だが、飛行機の業界では飛行速度の領域を示す言葉として、以下の定義がある。

  • 亜音速(subsonic) : マッハ0.8以下、980km/h以下
  • 遷音速(transonic) : マッハ0.8~1.2、980~1,470km/h
  • 超音速(supersonic) : マッハ1.2~5.0、1,470~6,150km/h
  • 極超音速(hypersonic) : マッハ5.0~10.0、6,150~12,300km/h
  • 極極超音速(high-hypersonic) : マッハ10.0~25.0、12,300~30,740km/h
  • 超音波音速(ultrasonic) : マッハ25.0~、30,740km/h~

ただし、音速は大気の密度や温度によって変動する。ここで挙げたのはすべて、海面高度・気温は摂氏15度・気圧は1気圧という条件である。ともあれ、上記の定義に則ると、マッハ5以上で飛翔する飛翔体が「極超音速飛翔体」に分類されるのだとわかる。

余談だが、飛翔体とはミサイルと考えていただいて差し支えない。メーカーによっては飛昇体と書くこともあるようだが、ここでは飛翔体で統一する。

飛翔速度だけなら、弾道ミサイルも極超音速の領域に入っている。ただし弾道ミサイルの場合、最初に向きを決めて発射して、所定の速度まで加速した後は、慣性によって物理法則に従って弾道飛行を行うだけである。そのため、発射を探知したらそれを追尾して飛翔経路を把握することで、未来位置の予想を行える理屈となる。

よく、弾道ミサイル防衛に批判的な人が「ピストルの弾をピストルの弾で迎え撃つようなもの」などと言っている。だが、側方や後方から追いかけるのと比べれば、飛翔経路を予測して、その前方に占位するように迎撃ミサイルを持っていくほうが、まだしもマシである(簡単だとはいっていない)。そうした迎撃を避けるために、飛翔経路の最終段階で弾頭を機動させる機能を持たせた弾道ミサイルの事例もある。

  • 米国空軍と国防高等研究計画局(DARPA)が開発中の極超音速試験飛翔体「Falcon HTV2」 資料:DARP

    米国空軍と国防高等研究計画局(DARPA)が開発中の極超音速試験飛翔体「Falcon HTV2」 資料:DARPA

  • 米国空軍が開発を行っている無人超音速実験機「X-51」。スクラムジェットエンジンを搭載している。図では、B-52ストラトフォートレスの翼の下に搭載されている 資料:U.S. Air Forc

    米国空軍が開発を行っている無人超音速実験機「X-51」。スクラムジェットエンジンを搭載している。図では、B-52ストラトフォートレスの翼の下に搭載されている 資料:U.S. Air Force

極超音速飛翔体の飛行プロファイル

では、昨今話題の極超音速飛翔体では、何が違うのか。ざっくり分類すると、推進方式の違いにより2種類に分かれる。

ひとつは、ロケット・ブースターの先端に取り付ける無動力の滑空飛翔体。ロケット・ブースターは推進力を与えるためのもので、発射の直後は弾道飛行を行う。そして、ロケット・ブースターから切り離された飛翔体は、弾道飛行の頂点から落下に移った後で滑空段階に移行する。高速で飛行する時に衝撃波が発生して、それによって圧縮された空気の領域ができる。それに乗って飛翔すれば、揚力を発揮できて射程距離が伸びる。この段階では上昇と降下を繰り返すことになり、それによって目標に接近したところで急降下、着弾するという流れ。

もうひとつは、自ら動力源を持つ飛翔体。極超音速の領域になると、一般的なジェット・エンジンは使えず、普通はスクラムジェット・エンジンを使用する。前方から取り入れた空気を、圧縮機ではなくラム圧によって圧縮するラムジェット・エンジンというものがある。この場合、超音速飛行をしていても、圧縮空気は亜音速まで減速させており、そこに燃料を噴射して燃焼させる。それによって発生する排気ガスが推進力を生む。それに対してスクラムジェット・エンジンの場合、燃焼も超音速で行っている点が異なる。

ラムジェット・エンジンにしろスクラムジェット・エンジンにしろ、ラム効果を発揮できる速度まで加速する手段は別に必要で、そのためにやはり、ロケット・ブースターを必要とする。

このように推進方式の違いがあるが、どちらにしても大気圏内を飛翔する点が弾道ミサイルとの大きな違い。なにせ大気がなければ「衝撃波によって圧縮された空気に乗る」ことも「スクラムジェット・エンジンを作動させるための空気を取り入れる」こともできない。

そして、慣性によって弾道飛行を行う弾道ミサイルと比べると、飛翔経路変更の余地が大きく、飛翔経路の予測が難しい。それに加えて、大気圏内を超高速で飛翔することで、周囲の大気がプラズマ化するが、これは電波による探知(つまりレーダー探知)に影響を及ぼす。

つまり「速度が速い」「飛翔経路の予測が困難」「レーダー探知に際して、他の飛行物体とは勝手が違う」の3点が問題になるわけだ。そしてこれらが、「極超音速飛翔体への対処ができる、できない」という議論と密接に関わってくる。

といったところで次回から、その「対処ができる、できない」の具体的な話に踏み込んでみることにする。そこでようやく「軍事とIT」らしい話題が出てくることになる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。