前回までは複数回にわたり、軍事における偵察用の資産である偵察機について説明してきた。書き始めたきっかけが航空自衛隊の災害派遣だったから、というのが事の真相である。しかし、偵察用の資産といっても偵察機だけではない。今回からは、偵察をテーマに少し話を広げていこう。

偵察衛星の誤解を解く

まずは、何かと誤解がついて回りがちな偵察衛星から紹介したい。

偵察衛星に関する誤解とは何か。それは「見たい時に見たいところを見られる」という誤解。

偵察衛星は低軌道の周回衛星で、一定の軌道を一定の周期で周回している。だから、地上・海上の特定の地点を定期的に定点観測するには具合がよいが、臨機応変に「ちょっとあそこを見てこい」という使い方をするにはまったく向かない。

偵察衛星が備えるセンサーは、主として「銀塩カメラ」「デジタルカメラ」「赤外線センサー」「合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)」といった面々になる。

最も映像の品質に優れているのは、銀塩カメラやデジタルカメラによる可視光線映像だが、夜間、あるいは雲に覆われている場所は見えない。赤外線センサーなら昼夜を問わずに使えるが、映像の品質が可視光線より落ちるのは航空偵察と同様。SARは昼夜・天候に関係なく使用できるが、映像の品質では見劣りする。これも航空偵察と同様。

冷静に考えれば当たり前のことだが、偵察機も偵察衛星も「頭上から偵察する」のは同じである。そこで、使用するセンサーも同じような顔ぶれだから、いったん目標地域の上空に到達すれば、できることは基本的に同じ。違うのは、偵察機だと領空侵犯のリスクがあるが、宇宙空間を飛んでいる偵察衛星にはそれがないこと。

だから、偵察衛星が最も威力を発揮するのは「他国の領土内をのぞき見る」という使い方になる。そして、銀塩カメラの時代にはフィルムをカプセルに入れて投下、それを回収して現像するというプロセスを経ないと映像を得られなかったが、今ならデジタル映像のリアルタイム伝送が可能。

  • 偵察衛星のデータがデジタル化されていれば、地上局を用意してダウンリンクできる(遠方のアンテナ・ドーム群がそれ)

ただし。いつ、どの衛星がどこを通過するかは相手国にもバレているから、それに合わせて隠蔽策を講じられる可能性は考えておかないといけない。

また、基地局から見通せる場所を衛星が通過するとは限らないから、場合によってはデータ中継用の衛星が必要になるかも知れない。基地局ばかりは安全な自国領内に置かなければならないからだ。

衛星からのデータ受信を中継するシステムとしては、エアバス・ディフェンス&スペースが手掛けている、スペースデータハイウェイことEDRS(European Data Relay System)がある。レーザー通信を用いて、1.8Gbpsの伝送能力を実現しているという。減衰などの影響が出やすい大気圏内と比べると、宇宙空間のほうがレーザー通信に向いている。

  • 2019年8月に打ち上げられたSpaceDataHighwayの2番目のノードであるEDRS-C衛星 資料:エアバス・ディフェンス&スペース

洋上の偵察はどうするか

海の上のことだから、フネを出して偵察すればよい――こんな考え方は、当然のように出てくる。実際、昔は「通報艦」という種類の軍艦があったし、商船や漁船を徴用して見張りを担当させる事例もあった。

1942年4月18日のドゥーリットル東京空襲に際して、日本海軍が徴用していた漁船が米空母を発見したため、B-25爆撃機の発進を当初の予定より早めざるを得なかった話は有名だ。ただし、件の漁船は、「敵発見」の通報という金星と引き換えに撃沈されてしまったけれど。

この頃までは、センサーといえば人間の目玉(Mk.Iアイボール)しかなく、通報の手段は遠距離用の短波通信のみ。そもそも、地球は丸いのだから、洋上に浮かべたフネで見張れる範囲はせいぜい半径20~30km程度にとどまる。

また、水上を走るフネの速度を考えると、自由自在に動き回りながら捜索するのは難しい。彼我の速度差が少ないから、離れたところから追いつくには幸運を期待しないといけない。

だから必然的に、広い範囲をカバーしようとすれば多数のフネがいるので、徴用した漁船をズラリと並べて哨戒線を張ったわけだ。

水上艦や漁船ではなく、潜水艦を使って哨戒線を張る方法もあるし、実際に行われた事例は多い。だが、浮上すれば見つかりやすいし、潜航すれば潜望鏡で見張るしかないので、ますます視界が狭くなる。見張りの手段としては効率がよろしくない。

それに、慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)を積んでいる当節の潜水艦ならともかく、第2次世界大戦の頃には天測以外の手段がなかったから、航法誤差だって発生する。せっかく敵艦隊を発見しても、報告した位置が間違っていたら話にならない。

結局、洋上の捜索も航空機にやらせるほうが良い、という話になってしまう。陸上の偵察と違うのは、今は、写真偵察機よりもレーダー偵察機のほうが重宝すること。敵艦がいるかいないかがわかればよいので、全天候性があるレーダーのほうが具合がいい。

実際、ソ連海軍はツポレフTu-95RTs(NATOコードネームはベアD)という洋上哨戒専用機を保有していた。これが胴体下面に搭載するレーダー(NATOコードネームはビッグ・バルジ)が米空母なんかを発見したら、対艦ミサイル装備の爆撃機や潜水艦が襲いかかる、という運用構想だった。

ただ、レーダーで敵艦隊を探知できても、その情報を口頭で伝達するのでは迂遠に過ぎるし、間違いの元。デジタル・データリンクを使い、捜索機のレーダーから攻撃担当機のミッション・コンピュータに、ダイレクトにデータを送り込めるほうがよいに決まっている。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。