武器の世界はたいてい「矛と盾」の関係が存在する。電子戦の典型例として前回は妨害(ECM : Electronic Countermeasures、EA : Electronic AttackならびにCOMJAM : Communication Jamming)について取り上げたが、今回は妨害対策の話を。

ECMに対してECCM

ECMを仕掛けられた側が、仕掛けられっぱなしということはないだろう。何らかの対応策が必要である。

そのECMへの対抗策のことをECCM(Electronic Counter Countermeasures)という。ECCMによってECMを切り抜けようとすれば、ECMを仕掛けている側は手を変えて妨害を仕掛けることになるが、それをわざわざECCCM(Electronic Counter Counter Countermeasures)なんていうことはない。それでは無限ループになってしまうので、「ECMと、それに対するECCM」だけで終わりである。

それはそれとして。

前回に述べたように、レーダーを妨害する場合、妨害電波の選択として「広い周波数帯をカバーするバラージ・ジャミング」と「特定の周波数を狙い撃ちするスポット・ジャミング」がある、という話を書いた。

バラージ・ジャミングの場合、広い周波数帯に渡って投網をかけるように妨害を仕掛けるわけだから、妨害を受けた側は、バーンスルー(前回の記事を参照)を期待するしかなくなる。

バラージ・ジャミングだと、周波数帯あたりの妨害電波出力は相対的に低くなるから、バーンスルーはそれだけ起きやすくなる。もちろん、妨害電波の出力や、妨害側・被妨害側の距離に依存する部分もあるが。

一方のスポット・ジャミングの場合、妨害を受けた時点で周波数を変換すれば、妨害電波が出ていない周波数に逃げられる可能性がある。では、妨害を仕掛けた側はどうするかというと、相手が周波数変換を行ったら、それを迅速に察知して、また変換後の周波数で妨害電波を出す。すると今度は、妨害を受けた側がまた周波数を変換して、以後はどちらかが根負けするまで無限ループとなる。

この、相手の周波数変換に追従する形で妨害電波の周波数を変えながらスポット・ジャミングを仕掛ける形態を、特にスイープ・ジャミングと呼ぶ。ECMとECCMのいたちごっこだ。

味方を妨害しないようにするための配慮

電子戦にはひとつ、厄介な話がある。

電波は敵味方の区別をつけてくれない。だから、ECMを仕掛けたときに、味方のレーダーや通信まで妨害してしまう可能性があるのだ。特にバラージ・ジャミングを仕掛けた場合、対象となる周波数範囲に含まれる電波を出していれば、敵だろうが味方だろうがお構いなしに妨害されてしまう。

そもそも同じ物理法則に則っているのだから、同じような用途に使用するレーダーや通信機器は、同じような周波数帯の電波を使用することが多い。したがって、敵を妨害するつもりが味方まで巻き添えを食ってしまった、ということはおおいにあり得る。

もちろん、味方が使用するレーダーや通信機の電波の周波数を、敵が使用するそれと重複しないように調整しておいて、敵が使用する周波数帯に的を絞ってスポット・ジャミングを仕掛けられるのであれば、その方がよろしい。しかし、敵がECCMのために周波数変換を行った結果として、味方が使用している周波数と重なってしまうこともあり得る。

その場合にどう対応するか。たとえば、妨害電波を四方八方に発信するのではなく、ある程度の指向性を持たせておいて、発信源に向けて狙い撃ちするように妨害電波をぶつける手はありそうだ。

また、味方の通信を邪魔しないようにするシステムを備えている例もある。たとえば、米海軍が導入した最新鋭の電子戦機・EA-18GグラウラーにはCN-1717/A INCANS(Interference Cancellation System)という機材が載っていて、味方のレーダーや通信を邪魔しないように、ECM装置をコントロールするようになっている。

ちなみに、EA-18Gみたいな専任の電子戦機になると、妨害に使用する機材だけでなく、その前段として敵のレーダーや通信機の電波を解析する機能も充実している。EA-18Gの場合、その用途のためにAN/ALQ-218(V)2戦術妨害受信機(TJR : Tactical Jamming Receiver。ノースロップ・グラマン社製)という機材を積んでいて、そのためのアンテナが両翼端に収められている。

2012年の厚木基地一般公開に登場したEA-18Gグラウラー

EA-18GはF/A-18Fスーパーホーネットがベースだが、このAN/ALQ-218(V)2のアンテナを収めた翼端のフェアリングは、F/A-18Fと区別する上での重要な識別点である。

EA-18Gで面白いのは、妨害装置を機内搭載にしないで、主翼の下に吊したポッドに収めているところだ。あらゆる用途に対応できる妨害装置をすべて機内に搭載すると場所をとるが、ポッド式にすれば、状況に合わせて必要なものだけを選んで持って行ける。また、機器の改良や更新が必要になったときにも容易に対応できる。

そのEA-18Gグラウラーに取り付けられている、AN/ALQ-218(V)2のアンテナ・フェアリング

EA-18Gグラウラーの翼下に吊されたジャミング・ポッド

その代わり、空気抵抗は増えるし、ステルス性も何もあったものではない。もっとも、電子戦機は自ら妨害電波をガンガン出すので、ステルス性を持たせることにどこまで戦術的な意味があるのかは分からない。

ともあれ、EA-18Gは専任の電子戦機だけに、「探知~識別~妨害」というワークフローを単独でこなせるだけの道具立てを揃えているというわけだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。