ネットの人間は怒りっぽいのだが、怒りの持続時間は短い。

これはすぐ許すからではなく、次に怒るものを見つけるまでが爆速であり、見つけた瞬間前に怒っていたものの存在を忘れる速さも異常だからだ。

よって、記事が掲載されるころにはその件を誰も覚えていない、というのはよくあることだが、現時点ではまだ、大御所作家によるルミネの広告イラストのトレスや肖像権侵害問題に怒っている人が多数いる。

やったことからその対応まで、まさに大胆不敵であり、自分はこの作家に比べれば無名も無名であり、同じ名前を名乗ろうとしたら湯婆婆に大半の字を奪われ「エロ」しか残らないレベルの知名度なのでバレにくいとは思うが、さすがに同じことをしようとは思わない。

だが、自分もいつか世の中の意識の高まりに自分の感覚がついていけず同じ系統のことをやらかしてしまうだろうと思ったら、あまり笑える話でもない。

昔から許されてなかったものが、正しく許されないと糾弾される社会になったともいえるが、昔は本当にOKだったものがNGになることもあるので油断がならない。

この原稿も30年後には「Wordで游明朝フォントを使用して入稿していたことが判明」という理由で燃えているかもしれないし、燃えている本人は何が悪いかもわかっていないので、ろくに謝ることもできずにさらに燃えるのだ。

そうならないためにも、日々高まっていくコンプラや権利意識についていくべきなのだろうが、年を取るとそれも難しく、つい昔の感覚でやってしまいそうな気もする。

そういう意味では「AI」は登場時点で、権利的に危ういものという認識だったのでまだ助かっている。

もし今現在AIが何の問題もなく商業的に利用できるツールで、徐々に「これは権利的にいかがなものか」という流れになっていったとしたら、確実にやらかしてしまいそうな気がする。

半裸で青龍刀を持ち、顔面に梵字のタトゥーが入っている人に対し「本当はいい人かもしれないが近づかないでおこう」と思えるように、最初から全身グレーで登場してきてくれたAIは親切ですらある。

リアルな生成AI動画が作れる「Sora2」、一周回って夢女子たちに優しいかも

だが、どこまでOKなのか判然としないままAIは進化し、我々に提供されるAIツールも増えて来た。

先日ChatGPTの開発元がAI動画作成・共有アプリ「Sora」に続いて動画生成AI「Sora2」を発表した。

Sora2では簡単なテキストプロンプトでリアルなAI動画が作成できるのだが、「カメオ」といって、作成した動画に自分自身を登場させられるのが最大の特徴だという。

せっかく作った夢溢れる動画に自分を登場させて世界観をぶち壊しにしよう、というビルドアンドスクラップ精神を促す機能なのかと思ったが、単純に映画のような世界に自分が登場出来たら嬉しいし、それをみんなに見せたら楽しいだろうという善意で作られたもののようだ。

この時点で言いたいことの全てをネットミームに代弁させようとするX民とは相性が悪いような気がするが、冴えない奴ほど感動的なシーンに登場した時の絵面が面白くなるという意味では俺たちチー牛集団の方が、平素インスタに自撮りを乗せている連中より面白い動画が作れる、ともいえる。

確かに公開する勇気はないが、『HiGH&LOW THE MOVIE』であった、アメ車のボンネットに乗って登場という景気の良いシーンを自分でやってみたいとは思うし、多分普通に面白い動画になると思う。

それに「自分」ほど権利フリーな存在はない、人権を所持さえしていれば、自分の画像を使って訴えられるということはないだろう。

私も先日エッセイ漫画に他人を描いたため、その他人に見せて許可を取ろうとしたところNGが出たため、見事全ボツとなったのだが、それは仕方がないし、むしろ許可を得ることなく掲載していたら大変なことになっていた。

その点、出演者が自分と自分の脳内にいる誰かのみであれば、許可取りの手間、訴えられるリスクをゼロにできるので非常にコスパがいい。

稀に脳内の誰かが訴えを起こしてくることもあるが、その場合必要なのは出廷ではなく通院であり、権利の問題ではない。

ただ、当然、私が乗っかるアメ車やボンネットの方の権利が不透明なため、どの程度利用していいかは不明である。

しかしSoraで作成した動画はAI生成であることが最初から明確である点は安心と言われている。

この自分登場システムが進化すれば、推しと自分がリアルに共演している夢動画も生成可能になってくるし、すでに会話AIを推しキャラ風に調教して会話を楽しんでいる者は大勢いる。

もしかしたらAIとは夢女子や男子のために作られた技術なのかもしれない。

  • 生成AIはオタクの幻想(ユメ)を叶える願望器なのかも……?

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