宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2020年8月20日、宇宙ステーション補給機「こうのとり」の最終号機となる9号機を、計画どおり大気圏に再突入させた。機体は燃え尽き、任務を終了。2009年から始まった、国際宇宙ステーション(ISS)への補給物資の輸送ミッションを完遂した。

「こうのとり」は日本が苦難の末初めて開発した、有人宇宙施設に飛行・接近する宇宙機であ、信頼と実績を少しずつ積み重ねつつ、ISSの運用・利用に欠かすことができない重要な役割を担ってきた。そしていま、新型の補給機「HTV-X」の開発が進んでいる。

本連載の第1回では、「こうのとり」開発の経緯について取り上げた。第2回となる今回は、1号機にあたるHTV技術実証機から8号機までのミッションの歩みについて取り上げる。

  • こうのとり

    ISSに到着したHTV技術実証機。世界初のランデヴー・キャプチャー方式を採用している (C) NASA

「こうのとり」の軌跡

約12年の歳月と、JAXAとNASAをはじめとする多くの人々の苦労を経て、2009年にHTV技術実証機が完成した。そして同年9月11日、同じく新開発のH-IIBロケット試験機に搭載され、種子島宇宙センターから打ち上げられた。

初飛行ながら大きなトラブルもなく順調に飛行し、9月18日にISSに到着。世界初のランデヴー・キャプチャー方式によるISSとの結合が成功した。その後もすべてのミッションを無事にこなし、同年11月2日に大気圏へ再突入して廃棄。ミッションを完遂した。

HTV 2号機からは「こうのとり」という愛称が付き、2011年1月22日に打ち上げに成功。28日にISSに結合された。そのミッション中の3月11日には東日本大震災が発生。JAXA筑波宇宙センターの管制設備や日米間の地上回線が一時利用できなくなるなど大きな影響を受けたが、復旧作業を行い、最低限の機能を回復。3月29日にはISSを出発、ミッションを無事完遂した。

2012年7月21日に打ち上げられた3号機では、メインエンジンや通信機(トランスポンダー)など、さまざまな機器が国産化された。打ち上げ後、ISSへの結合や滞在は順調だったものの、9月13日に分離する際、「こうのとり」が通常よりも速くISSから離れるという事態が発生した。

原因は、分離時に意図しない初速が与えられたために、安全化処置が自動実行され、計画と異なる軌道へ退避したためだった。しかし、運用管制員は冷静かつ速やかに復帰計画を立案し、実行。その結果、予定どおり翌日に大気圏に再突入し、無事ミッションを終えた。

2013年8月4日に打ち上げられた「こうのとり」4号機では、もともと太陽電池パネルが貼られていた「跡地」を利用し、そこに実験装置などを取り付けて宇宙実験などのミッションを行う試みが行われた。4号機では、表面電位センサー「ATOTIE- mini」を搭載し、ISS係留前後の「こうのとり」表面電位変化を計測し、船外活動等への影響の有無を調べるためのデータを取得した。この跡地を利用したミッションは、この後の号機でも提供された。

  • こうのとり

    ISSに到着した「こうのとり」4号機 (C) NASA

見せつけた信頼性の高さ、ISS運用継続危機の回避に貢献

2015年8月19日に打ち上げられた5号機は、「こうのとり」全ミッションを通じて最大のハイライトとも言うべきエピソードが起きた。

この前年の2014年10月、米国のシグナス補給船を積んだロケットが打ち上げに失敗。補給物資をISSに送り届けることができなかった。

さらに悪いことは続き、2015年4月にはロシアの「プログレスM-27M」補給船が、打ち上げ後に制御不能に陥るという事態が発生。そして6月には、スペースXのドラゴン補給船運用7号機も打ち上げに失敗するなど、米露の補給船が相次いで失敗し、物資補給が滞ったことで、ISSの運用が継続できなくなるかもしれない危機に陥った。

そんななか、ちょうど打ち上げに向けて準備が進んでいた「こうのとり」5号機の輸送計画を急きょ変更。NASAからの緊急要請に応え、ISSの維持に不可欠な装置を搭載して打ち上げることになった。そして「こうのとり」5号機は、無事にISSへ物資を送り届け、ISSの運用継続危機の回避に貢献した。このことは、日本の技術力、そして信頼性の高さを示し、国際パートナーからの信頼を高めることにもなった。

また、この5号機のキャプチャーは、当時ISSに滞在していた油井亀美也宇宙飛行士が、ロボット・アームを操作して実施。また地上では、若田光一宇宙飛行士が通信役のリーダーを担当するなど、全体を通じて日本の存在感が大きく発揮されたミッションとなった。

  • こうのとり

    ISSに接近する「こうのとり」5号機。米露の補給船が相次いで失敗し、ISSの運用が継続できなくなるかもしれないという状況のなか、急きょ搭載したISSの維持に不可欠な装置を、無事に送り届けた (C) NASA

続く6号機は、打ち上げに向けた準備作業中、ヘリウムの配管の溶接部分から漏洩が起こる不具合が発生。修理のために分解、再組み立てが必要となったことから、打ち上げが大きく遅れた。約2か月後の2016年12月9日に打ち上げられ、ミッションは成功したものの、「些細な見過ごしが全体計画に大きな影響を及ぼすことを痛感し、7号機以降に向けた大きな教訓となった」という。

この6号機では、ISSの電源となる新型のリチウムイオン電池を運ぶという、きわめて重要なミッションが始まり、今回の9号機まで続いた。また、スペース・デブリ(宇宙ごみ)除去のための要素技術実験「HTV搭載導電性テザー実証実験(KITE)」も実施。テザーの伸展には失敗したものの、その成果は現在も活き続けている。

7号機は2018年9月23日に打ち上げられたが、ISSに到着後、ロシアの有人宇宙船「ソユーズ」が打ち上げに失敗するという事態が発生。搭乗していた宇宙飛行士は全員無事だったものの、地球とISSを往復できる唯一の有人宇宙船がトラブルを起こしたことで、その後のクルーの交代などが滞り、最悪の場合ISSが無人になる可能性が生じた。

「こうのとり」もこの非常事態の影響を受けることになり、無人となる前に7号機をISSから離脱させなければならないことになった。しかし、機体には6号機から始まったISSの新型バッテリーが搭載されており、しかもそのバッテリーを交換するための船外活動(EVA)をする余裕はなかった。

全ISS参加国・機関による議論の末、バッテリーを載せた「曝露パレット」をISSに残したまま離脱するという運用を行うことに。「こうのとり」は曝露パレットを積んだ状態で飛ぶことを前提としており、本来想定していない運用だった。運用チームは技術評価を行い、曝露パレットがなくとも正常に飛行できることなどを確認。無事、再突入まで完了させた。

またこの7号機では、「小型回収カプセル(HSRC)」を搭載。ISSで生み出された実験成果、試料などを搭載し、地球に持ち帰ることに成功した。

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    「こうのとり」7号機に搭載された「小型回収カプセル(HSRC)」。ISSで生み出された実験成果、試料などを搭載し、地球に持ち帰ることに成功した (C) NASA

なお当初、「こうのとり」の運用は7号機までの計画だったが、2015年12月に、2024年までのISS運用延長が決定されたことにより、2機が追加されることになった。

2019年9月25日、8号機が打ち上げに成功。打ち上げ前には、「こうのとり」を載せたH-IIBロケットの発射台が火災を起こすというトラブルもあったが、「こうのとり」自体には問題なく、打ち上げ後も順調にミッションをこなした。また、7号機がISSに残してきた曝露パレットを、この8号機で回収して搭載、廃棄するという運用も行われた。

さらに、機体の姿勢決定のための装置として、7号機まで使っていた地球の縁を検出する「地球センサー」に代わり、星の配置をもとに決定する「スタートラッカー(恒星センサー)」を新たに搭載。地球センサーに比べて高精度な姿勢決定が可能になったほか、地球から離れたところでも姿勢制御が可能となった。この技術は、現在開発中の新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」にも使用される予定で、技術実証も兼ねていた。

そして2020年5月21日。「こうのとり」全ミッションの集大成として、そして未来へバトンをつなぐため、「こうのとり」の最終号機となる9号機が打ち上げられた。

(次回は9月9日に掲載します)

参考文献

JAXA | 宇宙ステーション補給機「こうのとり」9号機(HTV9)の大気圏への再突入完了について
宇宙ステーション補給機「こうのとり」9号機(HTV9)ミッションプレスキット
宇宙ステーション補給機「こうのとり」9 号機(HTV9)ミッションプレスキット 別冊 「こうのとり」のあゆみ
平成21年度宇宙環境利用の展望 - 第7章宇宙ステーション補給機(HTV)技術実証機の飛行結果
宇宙ステーション補給機技術実証機(HTV1)プロジェクトに係る事後評価について平成22年10月18日(A改訂)平成22年9月21日宇宙航空研究開発機構有人宇宙環境利用ミッション本部HTVプロジェクトマネージャ虎野吉彦