新年あけましておめでとうでございます。年の初めの日に、ぐうたら主婦にお付き合いいただき、まずは感謝の気持ちをお伝えしたい。ところで、昨日は予約受け付けを見合わせているほど、売れているライスブレッドクッカー「GOPAN(ゴパン)」について少しだけ紹介した。今日はさらに踏み込んで、外から見えないところまで、ゴパンをじっくりと紹介したい。
まずは、どのようにしてパンができあがるかについて触れてみよう。ところで、初めて「米粒からパンができる機械」と聞いたとき、ゴパンは炊飯器のようにコメと水だけ入れておけば、パンができあがると私は思い込んだ。さすがに、それは甘かった。小麦粉のパンでも、焼くには小麦粉のほかイーストや砂糖、ショート二ング(無塩バターでも可)、塩などを入れるのが一般的だ。ゴパンも同様、これらの材料が必要だ。そのほか、ふっくらとふくらみを持たせるには、コメのみでは厳しいものがある。ゴパンでは小麦グルテンを投入しなければならない。
小麦グルテンは手に入れるのがやや面倒である。そこで、代用品として上新粉を用いてもOKである。三洋電機コンシューマエレクトロニクス 岡本正範氏(家電事業部 企画統括部)によると、「上新粉は蒸しパンのような味わい」になり、上新粉だから味が劣るわけでもなく、お客様のなかには上新粉のほうが好みだという人もいるという。なにより、小麦アレルギーの方にとっては、上新粉を使えばアレルギーに苦しむことはない。小麦アレルギーで、パンを食べることができないお子様をお持ちのお母さんにとって、ゴパンは「みんなと同じものが食べられる」というプレゼントを子どもに贈ることができる素敵なベーカリーなのである。
健康面でいっても、ゴパンは優等生だ。小麦よりも若干カロリーが低い。三洋電機によると、パン1斤あたり、小麦パンは861kcalに対して、コメパンは780kcal。わずかだが、少しでもカロリーが低いのはダイエットしている人にとってうれしいことだ。しかも、「水分含有量が小麦パンよりも多く、腹もちがいい」(岡本氏)という。比較的、お腹がすきにくいのもダイエットで重要なポイントである。
また、白米のほか、玄米、雑穀などを原材料に用いることもできる。玄米は健康にいいとされているが、ご飯で炊くと、ぐうたら家の娘は食べたがらない。このような家庭は少なくないだろう。そこで、パンにして、トッピングを工夫すれば、娘も喜んで食べられるはず。コメって優れた食材なのだと改めて感じさせられた。
ヒット商品の下にも光を当ててみよう
話題、販売実績ともに、ゴパンは間違いなくヒット商品である。サイトのページビューや問い合わせ件数など、さまざまな点でゴパンは三洋電機調理家電の記録を塗り替えたという。テレビや雑誌で取り上げられることも多いわけだから、当然のことだと言える。
ただ、ヒット商品が生まれると、その商品にばかり光が当たるのだが、実は、メーカーのヒット商品の下には死屍累々、日の目を見ずに消えていった品々が横たわっているものである。今回のゴパンもそうだった。
そもそも、三洋電機はゴパンの前身として、2003年に米粉(コメを粉砕して粉状にしたもの)を原材料にするベーカリーを世に送り出している。当時の食料事情、政府からコメの消費拡大などの方針が出されたこともあり、ヒットが期待された。しかし、予想に反して販売台数は大きく伸びることなかった。米粉は小麦粉と比べて、スーパーなどで置いている店が少ないうえ価格も高い。一斤こしらえるのに、約340円もかかってしまう。このような理由が重なって、ヒットに至らなかったようだ。
「米粉ではなく、家庭にあるコメを利用したベーカリーを開発しよう」
このような結論に達したのがゴパンの出発点だった。
方針が決まると、技術者はコメを粉砕して米粉にする「家庭用の米粉ミル」の開発に乗り出した。ところが、業務用で米粉を製造するミルはとてつもなく大きい。それを家庭用のコンパクトな形に収め、しかもふっくらと美味しいパンに仕上げることは予想以上に厳しかった。毎年開催される社内の技術報告会では、「今年も美味しいパンができませんでした」と残念な結果が続いた。
研究者のなかには、自分は報われる日が来るのかどうか不安を抱く人も少なくない。研究を進めていくと、先の見えない霧の中で、手さぐりで答えをつかむような場面にいきあたることがある。多くは自身の研究が成功するかどうか、保証などないのである。また、運よく製品化にこぎつけても、お客様に見向きもされずに、消えていく商品は後を絶たない。岡本氏が覚えているだけでも、ボタンを押したらおしぼりが出てくる「おしぼり器」や快適に睡眠できる(はず)の「ふとん専用のエアコン」など、さまざまな日の目を見なかった製品の山が過去にはあった(もちろんこれは三洋電機だけではなく、技術力で勝負している日本メーカー全般にいえることだ)。
そんなわけで、成果の出ない研究を進める技術者がモチベーションを高めたまま歩み続けるのは辛いときもあるのだ。だが、ゴパンの担当者はあきらめなかった。製品化されたら間違いなくヒットするだろうという希望と、食料問題の解決に貢献できるという社会的使命を胸に、腐らずに開発を進めた。
約5年が経ったある日、三洋電機コンシューマエレクトロニクス(当時)の下澤理如氏(三洋のベストセラー商品『おどり炊き』の生みの親)が、コメを粉にしたものをパンにするのではなく、コメを水に浸してペースト状にしたものを砕いたほうがいいのではないかとアドバイスし、ペーストから作ったパンを皆に試食させた。これがゴパンの核となる技術、「米ペースト製法」を生み出したきっかけだ。これまで開発者はコメを砕いて米粉をつくり、それをもとにパンを焼こうと思っていた。だが、ミルの材質、装置の機構、あらゆることを変えてもうまくパンが焼けなかった。アドバイスには、米粉を先にこしらえるのではなく、水でペースト状にしたものを粉砕するという発想の転換があったのだ。これにより、ゴパンの製品化はさらなる第一歩を踏み出すに至った。
「米ペースト製法」の実現の裏には、もうひとつのドラマも。米のペースト化用と生地をこねる用に必要な2つのモーターの設計は、掃除機の開発を手がけるチームが担当。総合家電メーカーならではの技術者たちの交流がゴパンを生んだ |
その後、コツコツと実験を繰り返し、紆余曲折を経てゴパンの試作品が完成した。
「なにより、研究者を信じて、研究を続けさせてくれた上の人に私は感謝しています」(岡本氏)
ゴパンの開発継続を容認した三洋電機の企業体質がなければ、ゴパンは途中で消えていただろう。「失敗続きで、もうダメだ」とあきらめなかったこと、そして、ムダにみえる試行錯誤、この重要性がわかっている組織があったから、ゴパンは誕生したといえる。
三洋ブランド最後のヒット商品と言われて
報道されている通り、三洋電機はパナソニックの完全子会社化することが決まっている。それにともない、2012年4月をめどに、コンシューマー商品につき、三洋ブランドは原則、パナソニックに統一することが正式発表されている。「いざなくなるとなるとさみしいものがある」と岡本氏は言う。
このゴパンは三洋電機にとって、ある意味で"最後"のヒット商品なのだ。
「気合いの入り方が違いました」(岡本氏)
プロモーションにも調理家電ではこれまでになく力を入れた。担当の伊藤千恵氏は本社マーケティング本部に所属する。調理家電の事業部が本社のプロモーション部隊とコラボレーションするのは異例のことだ。三洋電機は社長の号令のもと、関係者全員の心が一つになってゴパンに注力したといえる。
自分たちのブランドがなくなってしまう。思いの丈を込めて、それぞれが自分の役割を果たしたのだ。いま、三洋電機ホームベーカリーのなかで断トツの生産台数を記録しているゴパン。その快進撃はどこまで続くのだろうか。
イラスト:YO-CO