建設産業の内外に「建設DX(デジタルトランスフォーメーション)」を実現しなければいけないという意識はあるのに、なかなか進まない現状があります。
本連載では、その理由が何なのか、建設DXの普及を牽引する企業である野原グループの代表取締役社長兼グループCEO、野原弘輔氏をホストに、建設産業に携わる多様な立場のゲストの方との対談を通じて、建設産業への思い、DXへの取り組みについて浮き彫りにします。
最終回となる第7回は、通商産業省(現・経済産業省)、内閣参謀参与を経て現在は慶應義塾大学大学院教授で、また実業家としても活躍される岸博幸先生に、建設産業の未来予測と復興の鍵についてお話を伺います。
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授 岸博幸
1986年、一橋大学経済学部卒業。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックス顧問のほか、総合格闘技団体RIZINの運営などにも携わる。
建設産業に期待される、人口減少に対応した街づくりという大役
未来を担う若者たちが希望を見い出せる新たな時代へ
今こそDXで、産官学が手を取り合い、ゲームチェンジを起こすとき
野原:就労人口の減少や高齢化に悩む産業は少なくありません。第1回でも触れましたが建設産業は特に働き手の減少が深刻で、ピーク時には685万人もいた建設産業従事者が、485万人ほどにまで減っています。高齢化の面でも、2022年には55歳以上が約36%で、29歳以下が約12%。全産業と比較すると著しく高齢化が進んでいるのです。
岸:建設産業従事者が3割近くも減っているのですね。
野原:はい。一方で、建設産業従事者数は、全産業の7%を占めるほどに大きく、重要な役割を担う産業とも言えます。岸先生は、こうした建設産業の衰退をどのように感じられていますか?
岸:まずは建設産業に限らず、日本のあらゆる産業が同じ課題に直面しているのは間違いありません。ご存知のように、この30年の間、日本経済は低迷し続けていました。「デフレが続いたことが低迷の原因」と言われることもありますが、違います。デフレは原因ではなく、景気が悪い結果として起きるものですからね。
では、なぜずっと景気が悪かったのかというと、基本的には日本経済全体の生産性の低さが原因です。失われた30年の間、日本経済の生産性は低下・低迷を続けました。その結果、OECD(※1)のデータによれば、2022年の日本の労働生産性(就業時間1時間あたりの付加価値)は、加盟38カ国中30位にまで落ちています。
これはG7中最下位であるだけでなく、トルコやポーランド、ポルトガルといった国々よりも低い順位です。これだけ生産性が低い状態では、経済全体でも、産業全体でも、成長が見込めないのは当然です。
最近では長く続いたデフレからインフレに転化し始め、経済が明るい方向に向かっているように見えますが、本質的には生産性を向上させ、賃金を上昇に転じさせなければ問題の解決にはならないでしょうね。特に建設産業は多重下請け構造(※2)によって生産性が低いと言われる上、「3K(キツイ・キタナイ・キケン)」といったネガティブなイメージもあります。
賃金を上げて優秀な人材が集まる産業にするのは非常に大変だと思いますが、かなり尽力する必要があるのは間違いないでしょう。ただ、個人的には建設産業は特に応援したいと思っているんですよ。
※1 OECD:経済協力開発機構。ヨーロッパを中心に日本やアメリカも含めた38カ国が加盟する国際機関
※2 多重下請け構造:元受け会社が業務の一部を複数の下請け会社へ委託する、下請け会社からさらに下請け会社に委託する、など複数の下請け会社が関わる仕事の構造
野原: 建設産業を応援して下さるのは心強い限りです。しかし、なぜ建設産業を特に応援したいと?
岸: 私の研究領域のひとつが地方経済だからです。日本の地方経済の現実を見ますと、今でも建設産業と農業が地方の基幹産業です。一端を担う建設産業が成長してくれないと地方経済が大きなダメージを受けてしまいます。日本を支えるためにも建設産業には頑張っていただき、やはり地域の雇用吸収源として成長を続けてもらいたい。
野原: なるほど。そんな地域経済と、ひいては日本経済の要とも言える建設産業が息を吹き返すためには、まず「生産性を上げる」ことに尽きるということでしょうか?
岸: その通りです。生産性を向上させて賃金を上げ、人が集まる産業にしなければならないと思います。本当に産業の構造が生産性向上の障害となっているなら、産業を挙げた是正に向けて動き出さなければならないでしょう。結果として生産性を上げられない企業が淘汰される可能性はありますが、人を集めるためには生産性の高い企業、そして高い賃金を払える企業を増やしていかなければなりません。
野原: 建設と同じように人手不足が叫ばれる産業のひとつに運送業があります。近年は爆発的にニーズが増えているにもかかわらず、運び手を確保できずに倒産する会社が増えている話を耳にします。建設産業も同じようなことが起きかねないということでしょうか。
岸: 人が集まりにくい体質のままでいるなら、同じ道を歩むでしょう。建設産業も運送業と同じく、2024年4月以降は労働時間の上限規制が適用されました。人が少ない上に長時間労働ができなくなれば、人手不足にさらに拍車がかかるでしょうからね。