その日の東京・品川にある日本マイクロソフト本社ビル。月曜日だというのに、案内されたフロアはガランとして、まるで休日のオフィスであるかのように人がいなかった。普段なら何百名もの社員が活気にあふれて働いている姿のあるフロアだ。10月27日からのこの週は「テレワーク推奨強化週間2014」として、できるだけオフィス以外の場所で仕事をするとされていたからだ。

ガランとした平日の日本マイクロソフトのオフィスフロア。普段は何百人もの社員であふれている

日本マイクロソフト執行役常務、パブリックセクター担当の織田浩義氏(テレワーク推奨強化週間2014担当役員)は、本社ビルの会議室に一部のプレスを呼んだこの日の説明会で「今日、この本社各フロアの中でいちばん人口密度が高いのはここでしょうね」と前置いて説明を始めた。

新しい働き方にもっともパッションをもって取り組んでいるという日本マイクロソフトだが、テレワークはイコール在宅勤務ではないと織田氏。いつでもどこでも働けて、さらに最適な形で働けることがテレワークであるという。それは、いつでもどこでも誰でもが活躍できるということでもあるという。テレワークというと、すぐに育児と仕事が両立できるような事例がイメージされがちだが、そうした特別な人の働き方ではなく、全社員にとっての働き方をさす。

同社がテレワークに取り組み始めて今年で3年目になる。今年は、マイクロソフトだからこそできるのかということを立証するために、マイクロソフト以外の企業といっしょにできないかが議論され、賛同の企業をつのったら32社が集まったという。

強化週間の目的は、社内のさらなる経験蓄積とデータ収集だ。そして、テレワークの外部への波及をもくろみ、日本のテレワークの推進に貢献しようというのがマイクロソフトの姿勢だ。

今週のマイクロソフトは、社長室から全社員に、部門単位で月曜日か火曜日のどちらかを全員出勤しないコア日として設定、その他の日も「できる限りオフィスに出勤しない」を呼びかけた。本来はかなり忙しい時期であるともいう。もちろん休日ではないので、どこかに働く場所を探す必要がある。もちろん自宅だってかまわないのだが、そうもいかない職種もある。そこで、賛同企業と交換するかたちで、連携チャレンジ企画をたて、ワークプレース交換によって、マイクロソフト社員はパートナーのオフィスで、パートナーはマイクロソフト本社のスペースで働けるような融通も組み立てた。

賛同企業の社員は日本マイクロソフトのワークスペースを借りて業務を行う。マイクロソフトの社員は他社のオフィスを間借りする

今後の展開として、この1週間をそれで終わりにするのではなく、活動結果の報告や意識調査などを経て、政府への提案提言の準備をすすめるという。そして、個人の働き方のみならず、思いもかけないビジネスが生まれてくる可能性を探る。

たとえば、自宅にオカムラの高級事務椅子を買っている人が意外に多いといった状況も把握できた。高級椅子を買うのは、自宅でのデスクワークをオフィスと同じくらい快適に行うためだ。あるいは、外で携帯電話を使って連絡をとるときにどうしてもまわりの人に聞かれたくない話は、個室やカラオケボックスが便利と、そんな場所で仕事をしている社員もいる。今回の賛同企業の中には第一興商といった名前もあり、昼間のカラオケボックスとテレワークのビヘービアを観察しながら、その場所で何かできないかといったことを模索しているのだそうだ。

同社代表執行役社長の樋口泰行氏は立場上この日も出勤していた。記者説明会に社長室から会議ソフトのLyncで出演し、強制的に会社にこれない状況を作り、それでもきちんと仕事が動くという実感をもってもらいたいし、災害、家庭の事情などがあっても、こうしたことができるのだという練習ができればという。

Lyncで記者説明会に出演した同社代表執行役社長の樋口泰行氏

マイクロソフトがめざすのは、新しいテレワークのカルチャーを作ることだ。今は笑い話にすぎないが、一昔前に電子メールを各社が導入し始めときに、そんなものが役に立つのかといった時代があった。テレワークも同じだとマイクロソフトはいう。「アッという間に市民権を得て、ど真ん中の一般名詞になっていくのではないか(織田氏)」。こうした取り組みを経て、テレワークリテラシーを推進していきたいということだ。

ぼく自身は、個人的にテレワーク的な仕事のスタイルを始めて30年以上がたつ。当たり前だ。フリーランスのライターの仕事は、アポイントと取材、そしてそれを原稿にまとめることだからだ。紙の時代はどこでも原稿は書けたが、何軒もの取材先のアポどりは、比較的静かな場所で、じっくりとダイヤルを繰り返す必要があった。電話ボックスを占有するわけにもいかず、自宅で電話機に向かうしかなかった。〆切間際は編集部に泊まり込み、デスクを借りて原稿を書き入稿した。

書く道具がコンピュータに代わってからは、原稿がどこでも書けるのはもちろん、アポどりも電子メールになり、どこでも仕事ができるという点ではフレキシブルになった。それでも、もっとも仕事をしやすいのは、ネットワークやデバイス、モニタといったコンピュータリソースがもっとも充実している自宅兼オフィスであるというのは紛れもない事実だ。ここで原稿を書くのがもっとも効率がいい。公共交通機関での移動中、取材と取材の間の空き時間をつぶすコーヒーショップ、出張先のホテルなど、どこでも仕事はできるが、小さなモニタのノートパソコン一台だけでは効率がよくない。

会社員も同様だろう。会社が望む装備を供給してくれず、自分の必要な装備を自前で揃えてでも自宅の方が効率よく仕事ができるというケースもあるにちがいない。このテレワークという取り組みは、オフィスのありかた、そこでの働き方という漠然としたものが抱える問題点やニーズをあぶり出すことができるだろう。

マイクロソフトでは今の日本の生産性を高めるには、ホワイトカラーのそれを高めることが急務だと考えている。2020年の東京オリンピックまであと6年。半世紀前、1964年の東京オリンピックを機に日本が大きく変わったように、再び日本は変わろうとしている。その変革に、テレワークのコンセプトがどのような影響を与えるのかを見守りたい。

(山田祥平 http://twitter.com/syohei/ @syohei)