NetfliexやAmazonプライムなどの配信サービスにかまけていて、日本のテレビ局のコンテンツ視聴がすっかりおろそかになっていたので、正月休みを利用して、SNSなどで評判のよさそうなドラマを、これまた各社の配信サービスで何本か見てみた。

手元にはビデオレコーダーもあるし、全録レコーダーもあるが、最近、それらのお世話になることはまれになった。

テレビ番組をサブスクで「いっき見」する魅力

民放各社のコンテンツであれば、各社の配信サービスに加入してまとめて見ればいい。コンテンツの間に挟まるCMをスキップする手間もなく連続して楽しめる。

これに味をしめると、毎週、放送日を楽しみにするということがなくなる。1クール分の10本程度をまとめて見た方が集中できるからだ。個人的には放送はもはや事後のメディアだ。

こうした楽しみ方のためには、各社の配信サービスに加入する必要がある。たとえば在京地上波各局の場合、次のようなサービスが提供されている。

これら全部を自由に見ようと思うと合計で4,681円だ。テレビに費やす金額としてはちょっと高額だ。何せ無料で見られるものだからだ。日本経済新聞 電子版(日経電子版)の4,277円/月とはちょっと違うように感じるかもしれない。

各社が共同出資したサービスとしてTVerがある。こちらは無料で各社のコンテンツを楽しめるが、基本的に次回放映までの時限付きだ。サブスクリプションビデオオンデマンドというわけにはいかない。

  • 民放テレビ局がコンテンツを持ち寄ったテレビポータルサイト「TVer」。サブスクリプションとは違い、無料の「見逃し配信」が行われている

そんなわけで、連続ドラマ1クール分一気視聴には、各社のサービスに入らざるを得ないのだが、見たいドラマ1クール分すべてを1,000円で買うようなものと考えている。見たい番組を見てしまったら退会してしまい、また見たいときに再加入すればいいくらいのイメージだ。そうすれば毎月課金されることはない。

もっとも、好きなときに好きなコンテンツが得られるサービスとして、新聞とテレビで合計9,000円程度というのは考えようによってはリーズナブルだ。

テレビ番組の配信、もっと便利にならないか

気になるのは、Tverのようなポータルサイトと違って、それぞれのサービスサイトのUI/UXが、各社各様な点だ。

全局のコンテンツを見放題で2,000円程度のサービスをTverが提供してくれればとも思う。だが、それはいろんな大人の事情が許してくれなさそうだ。

映画コンテンツについては、同じ映画があちこちの配信サービスで提供されている。もちろん独占配信といったものもあるが、主要な映画はどこのサイトでも提供されている。

この傾向は音楽サブスクリプションで顕著であって、ヒットチャートに顔を出すような著名楽曲を聴けないサイトが生き残れるはずがない。配信楽曲数で優劣を競っていた時代はもう終わっている。

同様に、テレビ局についても、コンテンツによる囲い込みというのはもう難しい時代になっているんじゃないだろうか。もし、コンテンツに自信があるなら、各配信サービスにバラ売りすればいい。

いずれにしても、ビデオレコーダーの登場が放送のあり方を変えたときのように、配信サービスの登場が再び放送というコンテンツ配信のあり方を変えようとしている。

受動的に楽しむテレビは「ラクチン」でもある

とはいえ、スイッチを入れれば、何かしらの番組が垂れ流されるという受動的なコンテンツの楽しみ方こそテレビだと思っている層も存在する。自分で番組を選ぶというような積極的な楽しみ方はめんどうくさいからだ。

適当にテレビをつけて、適当にチャンネルを切り替え、興味をひいたコンテンツをダラダラと視聴するのはラクチンだ。テレビとはそんなものであり、まして、コンテンツ視聴のためのコストを負担するというのはありえないと考える層は少なくない。

偶然という要素もある。自分では興味がないと思い込んでいたジャンルが、偶然目についたコンテンツをなんとなく見ているうちに引き込まれてしまい、その世界にどっぷりとはまっていくこともある。

テレビというのは、そんなきっかけを与えてくれた偉大な存在だし、それがなくなっていいとも思わない。でも、コンテンツ配布のバリエーションは、もっと増えてもいいんじゃないだろうか。このあたり、NHK総合・Eテレの番組をネットで見られる「NHKプラス」などはうまくやっているように感じる。こちらはNHK受信料の付加価値扱いだ。

放送はなくならないが、その姿勢は変えるべき

20年前に、ブロードバンドが普及し始めた頃、そう遠くない未来にレンタルビデオショップビジネスは消失すると予測した。でも、数は減ったとはいえ、今なお、街角に存在する。DVDやBDのパッケージコンテンツも健在だ。

でも、コロナ禍による巣ごもり事情は、こうした状況にもちょっとした変化を与えた。ネット配信の浸透にコロナが貢献した。動画サービスの利用は大幅に増加した。でも、カネを払ってまで見るという層はまだまだ少ない。

ラジオが登場しても書物はなくならなかったし、テレビが登場してもラジオは健在だ。ネット配信が浸透しても、放送はなくならない。でも、姿勢は変えるべきだ。

今、期待したいのは、テレビ各局が、ほんもののデジタルトランスフォーメーションを果たすことだ。隠さなければならない不都合な真実でもないかぎり、それは不可能ではないはずだ。