2021年6月、東京駅日本橋口の目の前に竣工したオフィスビル「常盤橋タワー」。7月にグランドオープンして商業スペースを順次オープン、9月からはオフィスフロアも本格稼働がスタートした。

  • 竣工したばかりの常盤橋タワー。最終的に8,000人の就業者が働くことになる

    竣工したばかりの常盤橋タワー。最終的に8,000人の就業者が働くことになる

三菱地所による東京駅八重洲側常盤橋街区の再開発事業によるもので、最終的にはTOKYO TORCHと呼ばれるエリアが4棟のビルで構成されることになっている。今回竣工したのは、その最初のビルで、地上40階、地下5階建て、オフィスエリアには約8,000人が就業することになる。

「最新デジタル技術」を詰め込んだオフィスビル

常盤橋タワーは、コロナ禍という時期にもかかわらず、竣工時にはすでに9割のオフィス入居テナントが決定していた人気ビルだ。

最終的には約8,000名の就業者を収容することになるが、2021年9月現時点ではまだ6割の稼働に留まり、さらに、その6割の就業者のうち約7割が在宅勤務棟等で出勤していない。そのためか、ビルそのものはまだオープン前のようにまだひっそりとしている。

三菱地所の田中康司氏(TOKYO TORCH事業部事業推進ユニット主事)は、このビルにおける直営サービスのICTを統括する立場にある。その基本コンセプトを「『働く』を後押しする最新デジタル技術の実装」と位置づけ、就業者専用アプリ「TOKYO TORCH App for 常盤橋タワー」の導入や、館内共用スペースの予約/カフェテリアでの注文・決済/非接触セキュリティ、ロボット実装による施設管理の高度化、就業者サービスの展開、また、Torch Towerへの実装を見据えた「先進的なオフィストイレ」導入を考えた。

これらのコンセプトの実現を支えたのがフェンリルだ。ITのUX/UI技術大手の同社は、このビルの就業者専用アプリ「TOKYO TORCH App for 常盤橋タワー」を三菱地所と共同開発、新たにミニプログラム配信プラットフォームを導入した。ネイティブアプリとミニアプリによるプラットフォーム構成は、中国ではWeChat、Alipayなどが先駆者として君臨している。

ビル就業者専用アプリで入館、コーヒーの配達も

常盤橋タワーアプリは、非接触のモバイル入館証、食堂の予約/注文/決済、会議室の予約、コーヒーのデリバリー、さらにはビル周辺の天気予報の表示まで、多くの便利な機能を提供する。

その最たる特徴は、ミニプログラムによって提供される様々なサービス群の中から、個々のユーザーが自で最適なサービスを自在に組み合わせて利用できるようにした点だ。

  • ネイティブアプリの最上部にミニアプリのバナーが並ぶ。その右上には入館証ONのマークが見える

  • 入館ゲートにスマホをかざせばBLEで通信が行われて認証、ゲートが開く。ゲートを通過すると、登録フロア行きのエレベータが指定される、それに乗り込むとすでに行き先階ランプが押された状態になっている

サービスの利用をスマホ用のアプリで提供するというのは誰もが思いつくし、誰もが当たり前だと感じるだろう。まして、ビル内の就業者は当事者であり、そのアプリがなければ入館もできず、自分のデスクにたどりつけないとなれば、インストールは必須だといえる。

その一方で、サービスを提供する側からすると、アプリでのサービス提供は多少の不都合もある。というのも、ほとんどの場合、スマホ用のアプリは、そのプラットフォームの公式ストアを通じて配布する必要があるからだ。当然、アプリのリリースを分単位、時間単位でコントロールすることができない。急な情報配信や、アクシデント対処には支障が出るケースもある。

日々、さまざまなサービスが提供され、ニーズに応じて細かく仕様を改訂していく細かいメインテナンスのためには、アプリの頻繁なバージョンアップが必要だ。必然的に、エンドユーザーは、その頻繁なアップデートがめんどうになり、入館ゲートさえ開けばそれでいいといったことにもなりかねない。

だが、ミニアプリを使えば、それが解決できるとフェンリルは考えた。基本的な部分だけをネイティブアプリとして提供し、更新頻度の高いコンテンツや、突発的なサービス、期間限定のお知らせ等については、アプリ内のコンポーネントとしてミニアプリで提供することにしたのだ。

  • 会議室の予約もミニアプリで

  • 会議室への飲み物デリバリーも

サービスの提供側にとってのジレンマはたくさんある。例えば、次のような具合だ。

サービス提供側 エンドユーザー側
頻繁なアップデートはユーザーのため 使うたびにアップデートを要求するからうざい
いろんなサービスを提供しよう 機能が多すぎてよくわからない
ユーザーごとに最適化してサービスを提供したい 情報入力欄が多すぎて使う気になれない
プッシュ通知でオトク情報を提供しよう 通知がしつこいからオフにしよう

だが、コンテンツをアプリから独立させればアプリはそのままで、さまざまなコンテンツの配信ができる。各ミニアプリはそれぞれが外部システムとの連携機能をもち、そのAPI基盤を通じて各種システムと連携する。それ以外の基本的な部分はネイティブアプリに任せるわけだ。

三菱地所とフェンリルの挑戦、今後のビジネスチャンスに期待

三菱地所が管轄するサービスは常盤橋タワーだけではない。他ビルでの需要は多く、さらには今後、開発される新たなビルにおいてもこのプラットフォームは有効に活かせる。その作り込みにおいてもフェンリルの技術は欠かせない。

オフィスビルのみならず、マンションの管理組合による住民サービスや、国や地方自治体にける行政サービスなど、今後のビジネスチャンスもたくさんある。

三菱地所とフェンリルとの協業は、まだ始まったばかりのチャレンジではあるが、プラットフォーマーを超越したサービスを、サービスの提供者が柔軟に提供できる仕組みのニーズは高まる一方だ。

ただ、一歩間違えば、勝手ストア的な運用にもつながってしまいかねない。このあたりの矛盾をどう解決していくかも今後の課題になりそうだ。