経済ジャーナリスト夏目幸明がおくる連載。巷で気になるあの商品、サービスなどの裏側には、企業のどんな事情があるのか。そんな「気になる」に応え、かつタメになる話をお届けしていきます。
筆者は「社名マニア」。取材で様々な企業を訪ねるとき、いちいち「なんでこの名前に?」と考えるからです。今回から数回にわたり、社名の由来、社名の不思議についてスッキリ! していただきます。
「ニッカウヰスキー」の社名にマッサンの思いが
サイトウさんやワタナベさんにメールを出すとき、ちょっと緊張しませんか? あの人は斉藤さんなのか、斎藤さんか、もしくは齋藤さん? 同様に、社名にも間違えやすいものがあります。例えばニッカウイスキー、キューピー、キャノン……と書きましたが、実はこの表記、全部間違いなのです! 正しくは「ニッカウヰスキー」、ほかはユとヤが大きい「キユーピー」「キヤノン」です。
これは同社のパソコンが壊れていて小さいユやヤが打てず……というのはもちろん嘘で、実は、それぞれにこだわりがあるのです。
例えばニッカウヰスキーには、同社の創業者でNHKのドラマ「マッサン」の主人公にもなった竹鶴政孝の思いが詰まっています。竹鶴は苦労を重ねながら海外でウイスキー作りを学び、1934年に北海道・余市町の醸造所を立ち上げました。しかしこのとき盲点が! ウイスキーは、原酒を数年から十年以上樽で熟成させてつくります。起業当初は費用ばかりかかり、利益をあげられるのは何年も後なのです。そこで竹鶴は、地元特産のリンゴをジュースにして販売、なんとか会社を存続させました。その当時の社名が「大日本果汁」。略して「ニッカ(日果)」だったのです。すなわち「ニッカ」の部分は、苦難にも負けない竹鶴の情熱が込められていた、というわけ。さらに「ウヰスキー」なのは彼のこだわり。ウイスキーづくりは水が命です。そこで彼は、井戸の「井」の字をつかい、社名を「ニッカウ井スキー」にしようと考えました。ところが当時はカタカナと漢字を混ぜた社名は認められず、彼は当時使われていたひらがな「ゐ」のカタカナで、かつ「井」の字に由来する「ヰ」を使ったとされています。
いかがでしょう? 社名の由来を知ると、急に親しみが湧いてきませんか?
富士フイルムはなぜあえて「フイルム」の名を残す?
キヤノンとキユーピーが小さな“ヤ”や“ユ”を使わない理由は、両社ともにほぼ同じです。ざっくり言えば「商標のデザイン上の理由」。ロゴの文字の大きさをバランスよくするためです。話すときは「キューピー」で問題ないし、取材のときに聞いてみると「正直、ちょくちょく間違えられますよ」とのことでした。
そして両社ともに、社名にも由来があります。
キヤノンのルーツは、戦前に興された「精機光学研究所」。創業者は「日本は資源が少ないから、材料が原価に占める割合が少ない商品をつくろう」と考え、カメラの製造に取り組みました。そして、最初の試作機に「KWANON(カンノン)」と名付けます。観音菩薩のお慈悲によって、世界最高のカメラを創りたい、という願いがこもっていました。そして同社が社名を決めるとき「Canon」になりました。「KWANON」と音が近く、英語では「聖典」「規範」「標準」という意味を持つからです。
次はキユーピー。同社の創業者はアメリカに赴任していた1915年頃、みんなが野菜にマヨネーズを付けて食べるのを見て、国産化を志します。当時の日本人は栄養が不足気味、しかも体格が貧弱だったのです。マヨネーズで野菜を食べ、みんな健康に、と願いを込め、創業者は「キューピー人形のように誰からも愛されるように」とブランド名を決めたと言われています。
ちなみに、ヤやユが小さくならないパターンは意外と多く「シヤチハタ」「三和シヤッター工業」「富士フイルム」「エドウイン」などがあります。ちなみに名古屋に本拠を置くシヤチハタの由来は、設立当初、旗の中に鯱(シャチ)が描かれた商標を使っていたから「鯱+旗」でシヤチハタ。創業社長が日の丸を商標にしようと考えたものの「国旗を商標に利用するのはよくない」と指摘を受け、名古屋城の天守閣にある金のシャチホコを意匠にし「名古屋発の商品が日本一になるように」と願いを込めたと言います。
また富士フイルムは現在、液晶ディスプレイに使用される偏光層保護フィルムや化粧品の売り上げが伸びており、フイルム事業は縮小傾向にありますが、広報いわく「当社の技術は元々フイルムにより培ったもの。それを忘れないように」とのことで、現在も「フイルム」という名称を残しているそうです。ちなみに同社では、フィルムの呼び方も「フイルム」としています。
名前の由来を知る、それは企業の出発点を知ることなのかもしれませんね。
著者略歴夏目幸明(なつめ・ゆきあき)'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は「ニッポン「もの物語」--なぜ回転寿司は右からやってくるのか」など多数。 |
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