華麗なるシャドーITの誕生
シャドーITを経験した情シス責任者や、事業部門の経営幹部の方達とお話することがあります。非常に経営感覚に優れ、ITの技術変化に対する知見があり、物腰穏やかながらも、ビジネスではリスクを取った判断を推進するようなシャープさを感じます。その反面、明るく、高いコミュニケーション能力で会社の中で人気のある方だとうかがえる人達が多いです。
今回は、ある華麗なるシャドーITの人生についてお話します。
この方は、2年前は電子部品メーカーの事業部門の企画責任者でした。仮に影山 徹氏と呼ばせていただきます。当時の肩書きは企画部長ですが、専務でもある事業部長の直轄のスタッフとして、実質ナンバー2のポジションで組織の運営を行っていました。10年ほど前に現在の会社に転職されたようですが、歳の頃は、40歳を少し超えたくらいに見えました。この会社は過去にM&Aを繰り返し、いくつかの事業部門や関連会社があり、全体で従業員1,000名超の企業グループに発展していました。
影山氏は、この企業に設計エンジニアとして入社し、部品設計の一端を担っていましたが、 CAD/CAM/CAEシステムを本格的展開する際の推進メンバーとしての参画や、部品ライブラリの体系化を実施しエンジニアリングデータベースとして構築するプロジェクトやリアルタイムでの在庫管理の可視化にIT事業部門との連絡係として参加するなど、多くのIT化の経験を積んできました。
衆目を避けたプロジェクトスタート
システム増強について当初は情シス部門に相談していたものの、事業部サイドからの要求が増えてきたため情シスも個別対応ができなくなり、他事業部で先行していたプロジェクトで進められたものを社内標準として採用すべきとして一歩も引きませんでした。日に日にガバナンスが強くなってきたといいます。
しかし、どのようなビジネスでも競合関係が激化していくのが常です。現在の専務が、さらにビジネスのリードタイムを短縮するために、密かに事業部単独でのシステム増強を検討し始めました。そして白羽の矢が立ったのが影山氏です。
影山氏は過去のITプロジェクト経験や、自身の持つ向学心で、ITの知識が充実してきていました。専務のアイディアに自分の考えを加えプロトタイプを作ったりして、専務と夜な夜な相談もしました。影山氏は、この時点では、情シス部門への説明材料としてプロトタイプを作っていると思い込んでいました。
一方専務は、外部ベンダーのコンサルタントにセキュリティー管理についてのガイドライン策定をサポートしてもらいながら、事業部内でハイブリッドのクラウド環境のシステムを構築することを決めました。それを聞いた影山氏はとても驚きましたが、事業部門の動きとしては必然的なものであるとすぐに理解できました。
プロジェクトを秘密裏に実行することは専務と影山氏のみしか知らず、協力を要請されたエンドユーザーの人達に、情シス主導のプロジェクトではないのではないか、と疑う者はいませんでした。このように、シャドーITとしてシステム構築がスタートしました。今でこそ笑って話してくれますが、プロジェクトの途中には想像を絶するような困難もあったようです。
プロジェクトの立ち上がりに呼応するかのように、ビジネスは成長曲線を描き、業界内のランキングも上昇。そして、同じ顧客を持つ同一カテゴリーの部品メーカーの水平統合型M&Aを推し進め、お客様にワンストップショッピングとして対応できるようになりました。
事業承継とIT統合
M&A成功の要因はさまざまですが、地味ながらもとても大切なこととして、ITインフラの統合が挙げられます。実は、専務はM&Aをした部品メーカーと、統合する以前から長い間情報交換をしていました。どの会社も、事業承継が大きな問題になっています。次期社長の候補がいない会社、社長子息はいるが会社経営に関心がなく、技術者としてのキャリアを踏むことを望んでいるなど、後継者問題は事業承継の大きな障壁となります。加えて、事業の将来性や顧客減少など事業の先細りの不安もあります。
そこで、下請け部品メーカーの社長達と話し合い、最も注目されている承継方法のひとつであるM&Aを考え始めたのです。情報交換の中で、ITインフラにも話が及び、元請けのお客様企業とのERP連携の可能性なども議論して、シャドーITを擁してでも導入することが今後の会社の発展に寄与すると判断したのです。
そしてこの専務は、M&Aをすることを社長に進言し、部品メーカーを傘下に収める成長戦略を描き始めました。M&A成功の背景には事業部門で独自に導入したERPが事業統合などに貢献していることがあるということを、正式に社長に報告しました。社長も、それぞれの部門がM&Aに対応しやすくなるように、ITシステムの社内標準を再考すべきとの考えに至り、専務の提案を役員会で協議し、このプロジェクトをスタートすることを決めたのです。社長もM&Aが加速できない状態に満足していなかったという点も一因でした。そして、情シスを統括する管理部長兼総務部長を呼び出し、この体制を敷くように指示をしたのですが、スタッフの数が限られていてどうすることもできないとの反応でした。また、ビジネスナレッジ豊富なスタッフも不可欠で、各事業部への対応も難しいなどの進言もありました。
社長は専務を呼び出し、事業部門でのIT推進のスタッフについて話を聞いて、そのサクセスケースを築いたメンバーを情シス部門へ統合することを依頼しました。専務は、最初は戸惑いを隠せなかったようですが、全社のITの統合にはこのノウハウの水平展開が必要だと認識し、了承するに至りました。
場所変わっても気持ち変わらず
そしてシャドーITであった影山氏が、新年度から正式な情シス部員になりました。情シス部門ではスーツ姿が一般的なのですが、影山氏は事業部門の時と同じようにジーンズにギンガムチェックのシャツといういつものスタイルのままオフィスに通いました。 最初は奇異の目で見られたものの、影山氏が積極的に事業部門や関係会社のエンドユーザーと対話し次々と解決策を提示する姿を見て周囲から評価されるのに、それほど時間はかかりませんでした。
そして1年後には、グループ会社含めた情シス数人のグループの責任者に昇進。全社のITプラットフォーム変革を担当したり、働き方改革を支援するようなモビリティ環境を構築したり、クラウドを使うようなガイドラインを出したりと、水を得た魚のようでした。 また、自身がそうであったように、ユーザー部門で創意工夫することが重要だと思っており、ガイドラインは出すものの、厳しく管理することは最低限にして、まずはITをどう活用すればビジネスにプラスになるのかを考えてもらうようにしているということです。
「言葉としては、ほぼ死語に近いですが、エンドユーザーコンピューティングの概念を認識することが大事だと思います」と影山氏は語ります。そのためのワークショップのような会合も事業部門の若手と頻繁に開催していました。
どこから来たのか?
影山氏は、とても明るく素敵な兄貴分のような雰囲気ですが、 10年前に現在の会社に来るまで何をされていたのかについてはまったくの謎です。過去のキャリアについて触れようとしても、巧みな話術で話をはぐらかされてしまい、何も伺うことができません。仕事の進め方や、言葉の選び方などがしっかり訓練されている雰囲気もあり、コンピュータサイエンスにおける博識な部分を見ると、高い教育レベルにあってもおかしくないとは思います。しかし、現在活躍している情シスの方々の中には、元はまったくの畑違いで、ITどころか、デザイン系の仕事をしていたり、ミュージシャンであったりして、すべてを独学で体得した方もいらっしゃいます。影山氏のキャリアも想像の範囲を超えている可能性がありますが、シャドーITになってからの苦労や経験、スキルにさらに磨きをかけ、懐の深い人間力を進化させたのは間違いないことでしょう。
デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell
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