マイナンバーカードは、公的な身分証明書とされています。日本で最も普及した身分証明書であり、日本国民であれば無料で発行されるため、最も手軽な身分証明書でもあります。子供でも取得できますし、運転免許証を返納する年齢になっても身分証明書として使えます。
そんなマイナンバーカードには、オンラインで身元を確認し、本人であることを証明する機能も搭載されています。これは今までの身分証明書にはなかった機能で、これがマイナンバーカード設計のひとつの目的でもありました。
その活用シーンは、今はそれほど多くはありません。当連載の第42回では避難所での活用について紹介しましたが、もうひとつ国が力を入れようとしているのがエンターテインメント分野での利用です。その目的の1つは、大げさに言えば「転売ヤーの撲滅」です。
身元確認と当人認証で転売ヤー対策
一般的に「転売ヤー」というのは、「オンラインでイベントのチケットなどを購入して他人に販売する人のうち、転売を目的として、本来の料金より高く売るために買い占めを図る業者」ぐらいの意味でしょうか。
キャパシティに上限があるイベントでは、全員がチケットを購入できるとは限りません。そこにさらに転売目的の購入者がいると、購入できなくなる人がさらに増えます。現在の日本だと嫌われることの多い行為でしょう。
対策となるのは1人が買える上限を決めることですが、オンラインの場合は複数アカウントを作成すれば簡単に複数購入ができてしまいます。1人1アカウントを実現できれば、比較的対策がしやすくなります。
これまで、銀行口座や携帯電話ではこれがある程度は実現できていました。それは身分証明書による本人確認をしていたからです。1キャリアで複数の携帯回線を契約することも可能ですが、個人は特定できていますので、「1人5回線まで」といった制限が(ある程度は)機能します。
同じことがオンラインのチケット購入でもできればいいわけです。
マイナンバーカードにはもともと、オンラインにおける本人確認を実現するための機能が搭載されています。ICチップの電子証明書を使った公的個人認証(JPKI)によって、身元確認と当人認証という2つの機能が実現できます。
ICチップから住所・氏名・生年月日・性別という基本4情報を読み取れるので、その4情報で個人を特定し、チケットの複数購入を制限できます。マイナンバーカードとパスワードを他人から預かれば、その人に成りすまして購入することもできますが、それ自体は「身分証明書のリスク」であり、回避が難しい問題です。世の中には運転免許証やパスポート、健康保険証も他人に渡してしまう人もいるぐらいですから、マイナンバーカードも例外ではないのです。しかし、だからといって対策をしないというのでは転売ヤーの思うつぼでしょう。
東京ガールズコレクションでマイナンバーカードを活用
というわけで、こうしたエンターテインメント分野でのマイナンバーカード活用が2023年から進められています。まだ実証実験の段階で、活用されている事例は限られていますが、少しずつ進展しているようです。
これまでの実績としては、2023年9月の「Surf in Music in 北泉」、同9月の「PIA MUSIC COMPLEX」、同12月の「バイクロア」、2024年1月の「マサラーフェス」、同2月の長野県赤岳における入山届などで実験が行われました。具体的には、マイナンバーカードを使って現地で本人確認をたり、年齢確認に使ったりしています。
年齢確認をマイナンバーカードで行った「マサラーフェス」の場合、入場時にマイナンバーカードを提示して機械に読み込ませて年齢をチェックし、20歳以上であればアルコールを含む1ドリンクと交換できるバッジが手渡されました。20歳未満であればソフトドリンクの交換バッジになり、イベントでの酒類提供で厳密な年齢確認を手軽にできる、というのがポイントでした。
東京ガールズコレクションで行われた転売対策の実験
そして3月2日に開催された「マイナビ 東京ガールズコレクション 2024 SPRING/SUMMER」(TGC)では、チケット購入時にマイナンバーカードを使う、転売ヤー対策の実験が行われました。
TGCでは、チケット販売の一部で、マイナンバーカードを使った先行抽選販売を実施しました。先行抽選販売は複数の形態で行われており、マイナンバーカード先行は限られた枚数だったとのことですが、一般販売よりも早い段階での抽選が可能で、よりよい席を求めて抽選に参加した人もいたようです。実際、現地で来場者に話を聞いたところ、「先行販売で残っていたのがマイナンバーカード先行だったから」という人もいました。
マイナンバーカードを使った申し込みの場合、通常と同じ予約フローで登録した後に、専用アプリをダウンロードしてマイナンバーカードのICチップ読み取りかカードを撮影しての認証を行うことで個人を確認。登録時に入力された個人情報とマイナンバーカードの情報を照合して、認証を行っていたそうです。抽選の結果、当選になった場合はチケットが送られてくるわけですが、これは他の予約と同様にQRコードの形で届けられたそうです。
入場時は、まずマイナンバーカードをスタッフに手渡して顔写真と本人の顔を目視で確認。QRコードのチケットをかざすとスタッフの端末に氏名が表示されるので、これも目視で確認していました。
今回は顔写真/氏名を目視で確認していましたが、実証実験ということで簡便な仕組みを導入したとのこと。マイナンバーカードでは目視しか対応できないというわけではなく、あくまで今回の実験の仕組みということです。
チケットシステムは「ticket board」を運営するボードウォークとドリームインキュベータが担当。IC読み取りと券面撮影では別のアプリを使っているとのことで、そのあたりの仕組みも洗練されていない印象ですが、これも実証実験ゆえということでしょう。
もともと時間が短いなかでの開発だったそうで、例えばマイナンバーカードをかざすだけでチェックが完了するといった仕組みまでは構築されなかったとのことです。
当選して現地に来ていた来場客にも話を聞きましたが、予約・購入手続に関しては複数の人が「とくに問題はなかった」と答えていました。TGCの客層は若い女性がほとんどだったので、ITリテラシーの面での問題はなかったようです。
また、聞いた限りでは「普段からマイナンバーカードを持ち歩いている」という人がほとんどでした。これには、普段持ち歩く程度にはマイナンバーカードに慣れている人がマイナンバー先行申し込みをしたという側面はあるでしょう。こうした傾向は「マサラーフェス」でも同様でしたが、マイナンバーカードを持ち歩いている人は結構いるようです。
このあたり、数十万円をかけて運転免許証を取得しなくても無料で同レベルの公的な身分証明書が得られることから、手軽な身分証明書として一定の認知がされつつあるのでしょう。身分証明書を持ち歩くかどうかは人それぞれでしょうが、(運転をしないのに)運転免許証を持ち歩くのであれば、マイナンバーカードを持ち歩いても同じことです。マイナンバーカードを落としたからといって、運転免許証よりも多くの情報が漏洩するということはありません。
話を聞いてみると、「マイナンバーカードによる本人確認を導入することで過度な転売が抑制され、行きたい人がチケットを買えるようになるようであれば、それは歓迎」という声は多かったようです。
取り組みとしては現時点ではシンプルなものですが、今後は電子証明書のスマホ搭載についてはiPhoneが対応する見込みでもあり、スマートフォンとの連携も検討されるでしょう。例えばチケットをダウンロードしたスマートフォンと生体認証を組み合わせれば、スマートフォンのタッチだけで本人確認をして入場できます。
最近のイベント入場では、あらかじめ登録した顔を使った顔認証で入場する例も増えています。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023」や「COUNT DOWN JAPAN 23/24などはそういった形でした。
これも、マイナンバーカードを組み合わせれば、本人確認済みで転売を防止しつつ、入場は顔だけで済む――ということで利便性が高まります。デジタル庁の鳥山高典参事官補佐は、「顔認証は今後やっていきたいと思っていて、いま準備をしているので、近々発表できると思う」とコメントしています。
すべてのイベントが顔認証である必要はないでしょうし、すべてのイベントで転売ヤーがはびこるわけでもありませんが、鳥山氏は、厳格な転売対策が可能な仕組みとして、利用者・イベント主催者双方に一定のニーズがあるとみているそうです。
エンターテインメント分野でのマイナンバーカードの活用は、1つの方向性として今後のさらなる展開を期待したいところです。