今ではPCはごく普通の日常生活の一部と化したアイテムになっているが、発表当時はこれほど普及するとはだれも予測できなかった (著者所蔵イメージ)

いきなりサブタイトルがどこかの大学の経済学部か法学部の学生の論文のようになってしまい恐縮である。私は昨年から大学生をやっており、今は学期末試験、レポートの真最中なので、なんとなくそんな風になってしまった。

前回の話ではAMDとインテルの法廷闘争前史ということで、主に著作権侵害についての経緯をまとめて書いた。そこで最後に私は、"このころからインテルの市場独占が形成されたのだと思う"、と書いた。私の考えはたぶん間違っていないであろう。そもそも、企業間で起こる民事訴訟は大抵が自己のビジネス防衛か、競合他社に対する攻撃が目的である。私が前回紹介した訴訟の例はインテルがAMDに仕掛けた法律的な攻撃のほんの一部で、ほかにも特許侵害だとか、トレードマーク侵害だとかいろいろあった。いちいち書いていてはきりがないので著作権の問題についてだけ書いたのだが、要するにインテルにとってはAMDがインテルのシェアを奪うことを阻止することができれば何でもよかったのである。私が24年のAMDでの経験から観察した限りでは、インテルがCPU市場を独占し世界最大の半導体メーカーになった過程は次のようである。

  1. DRAM・EPROMのビジネスを日本メーカーに奪われてしまったインテルはその軸足を汎用CPUに大きく移した(この点はさすがに思い切った判断だと思う)。
  2. CPUビジネスは最初は鳴かず飛ばずで、インテルは何度も潰れる目にあったほどだ(実際IBMがインテルに財政支援を行った事実がある)。
  3. そこで奇跡が起きた。IBMがインテルCPUとマイクロソフトのDOSを組み合わせたPCというコンセプトで小型のコンピューターを売り出した。初めは誰も売れるとは思っていなかったが、売れ出した時のためにIBMはインテルに2次ソースを立てることを条件にした。その2次ソースのパートナーがAMDだった。
  4. 当初の予想に反して、PCはバカ売れしてたくさんのメーカーが参入し市場は爆発的に成長した。しかも技術革新による性能向上に対する明確なニーズがあった。その状況でインテルとAMDがしのぎを削る開発競争をしたおかげで、PC・CPUの性能は飛躍的に上がり、トランジスタあたりのコストは級数的に安くなった。まさにムーアの法則がそのまま現実となった。
  5. ここでインテルは考えた。"これだけ市場が大きくなり確立されればAMDはもう必要ない。市場を独占すればもっと儲かるだろう"。そこでAMDを市場から排除するあの手この手を考えて、その強力な武器として著作権などの法律問題を使った。技術のみでの競争以外の奥の手を使ったのだ。

AMD OpteronでAMDが起こしたイノベーションは技術競争が生んだ代表的な例である (著者所蔵イメージ)

こういう風に書くと読者の方の中には(特にインテル関係者の方々)、吉川明日論はあまりにもAMDの主張を一方的に書き過ぎるとお怒りをお持ちになると思うので、これに添えて書かせていただければ、

  • メモリー中心のビジネスの軸を儲かるかどうかわからないCPUに移したのは、大きなリスクを顧みないインテルのすごさだと思う。そのような決然としたビジネス判断は常に大きな勇気を必要とするものだ。しかし、IBMのPCへの採用とその後のPC市場の急成長はアンディー・グローブ自身が回顧録で"ラッキーだった"、と認めているように奇跡的な快挙だった。
  • 市場が大きく成長する中、インテルは技術開発、生産キャパの向上に多大な投資を行った事も事実である。

むしろ私は以前に"インテル"という本の書評や、今は亡きアンディー・グローブに対する追悼文でインテルに対する尊敬と、エールを表明してきた事実も申し添えておきたい。

さて、市場独占の弊害についてであるが、これはいろいろな角度から見て明らかである。

  1. 半導体などの高度な技術集約的市場での最重要事項は、絶え間ない不断の技術革新であるが、一旦不動のトップの座についてしまうと投資費用を抑えて儲けを最大化するためにイノベーションを怠りがちになる。あるいは、イノベーションの目的が市場ニーズにこたえるためというよりは、自己の繁栄のみを目指す独善的なものになることがある。インテルがかつてゴリ押ししようとしたItaniumはその最たる例だと思う。
  2. CPUのようなキー・コンポーネントの市場を独占してしまえば、半導体における不断のコスト低減にもかかわらず売値を不当に釣り上げて高い利益を確保するのが可能になる。市場独占で得られた利益は莫大で競合の排除、顧客の支配に有効な財源となる。インテル・インサイドに代表されるインテルのマーケティングはその例である。
  3. 結果、売り手と買い手の立場が完全に逆転して、買い手であるPCメーカーは"どうかCPUを安定供給してください、できれば他のお客さんへの売価よりも安い値段で"、となる。
  4. 結果的に被害を被るのはPCのエンドユーザーで、性能はイマイチのPCを高い値段で買わされる羽目になる。

とまあ、こんなわけであるが、資本主義の代表のような半導体経済が、結果的には皮肉にも共産主義国の経済原理にどんどん似てくるわけだ(また大学論文調になってしまった…)。ただし、我々は共産主義国に暮らしているのでもないし、半導体という自由市場ではいろいろなやり方でそれを突き崩すことは十分可能である。まさにそれがこの業界で働くことのだいご味であり、私がこれまで書いてきた連載に共通するテーマでもあった。

しかし、市場独占という圧倒的な立場を利用して競合AMDを市場から排除しようとしたインテルのやり方は、今でもフェアではないと思っている。しかし、この最終章はインテルが如何にアンフェアなことをやったかを明らかにするのが目的ではない。むしろ、"それに対してAMDがどういう戦いを挑んだか、そのプロセスはどうだったか、しかも結果は?"ということに注目して読んでいただければありがたい。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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