前回は、レシプロ・エンジンやターボプロップ・エンジンを使用する航空機の推進手段であるプロペラについて、基本的な話を書いた。今回は、可変ピッチプロペラの機能と、それを応用する話などを取り上げる。

固定ピッチプロペラと、可変ピッチプロペラ

油圧式のプロペラの羽根を、回転する中心部(ハブ)に取り付ける方法には2種類ある。

1つは単純に固定してしまう方法で、この場合、進行方向に対する羽根の角度(ピッチ)は常に一定だ。これを固定ピッチプロペラという。もう1つは、羽根自体を回転式の軸を介してハブに取り付ける方法で、その軸を動かすことで、ピッチを変えることができる。こちらは可変ピッチプロペラという。

昔の飛行機は固定ピッチプロペラで済ませていたが、エンジンの馬力が増えて、速度性能が上がってくると、固定ピッチプロペラでは具合が悪くなる。例えば、速度が200km/hから500km/hにアップしたからといって、エンジンの回転数を比例させて2.5倍にするのは無理な相談だ。

1940年代の末期には、レシプロ・エンジン装備の戦闘機の最高速度は750km/hぐらいに達していたが、ほんの10年にもならない第2次世界大戦の前と比べただけでも5割増ぐらいになった計算だ。だからといって、エンジンの回転数まで5割増にはならない。

では、エンジンの回転数を上げずに推進力を高めるにはどうするか。そこで、羽根のピッチを変えるという話になる。エンジンの回転数は一定の範囲に保ち、速度に応じてプロペラの羽根のピッチを変えて、最適な性能を出させる。といっても、ピッチを高くしすぎると空力的な問題があって効率が落ちるので、一般的には45度ぐらいが限度とされていたようだ。

しかし、クルマと比べれば回転数が低いとはいえ、それでもハブは毎分数百~1,500回転ぐらいのスピードで回転している。その中に、ピッチを変えるメカニズムと、それを制御するメカニズムを組み込むのは、簡単な仕事ではない。

B-36爆撃機のプロペラ。比較対照がないのでわかりにくいが、説明書きによると直径19フィート、約5.7メートルというデカブツである。Tu-95のプロペラも同じぐらいのサイズになる。ハブの部分に可変ピッチ機構が組み込まれている様子は、外見でもわかる

ちなみに、零戦はエンジン回転数2,700rpmで7/12に減速していたので、プロペラの回転数は1,575rpmとなる。艦上偵察機「彩雲」はエンジン回転数3,000rpm、減速比1/2だからプロペラの回転数は1,500rpm。どちらもプロペラの直径は3mほどだ。余談だが、「彩雲」と同様に2,000馬力級のエンジンを載せていた米海軍のF4Uコルセアは、直径4mのプロペラだ。

これが、直径5.61mのプロペラを付けたツポレフTu-95ベア爆撃機になると、エンジンの回転数は8,250rpmなのに、プロペラの回転数は750rpm。1/11という高い減速比である。12,500馬力のエンジンに耐えられて、かつ高い減速比を持つ減速ギアボックスを造るのは大変だ。

油圧式のハミルトンと電動式のラチエ

もちろん、ハブに取り付ける羽根の枚数が増えれば、それだけメカニズムは複雑になる。しかも、高速で回転する羽根には遠心力がかかっているから、それに耐えられる強度も持たせる必要がある。零戦のプロペラを例にとると、遠心力によって付け根の部分に30tぐらいの荷重がかかったらしい。

だから、プロペラの設計・製作というのは意外と大変で、設計・製作にはノウハウが要る。第2次世界大戦中の日本の戦闘機でも、プロペラの可変ピッチ機構は海外メーカー由来のものだった。

可変ピッチ機構を大きく分けると「油圧式」と「電動式」の派閥に分かれる。ちなみに、日本海軍の零戦はアメリカのハミルトン・スタンダードに由来する油圧式可変ピッチプロペラ、日本陸軍の四式戦闘機「疾風」はフランスのラチエに由来する電動式可変ピッチプロペラだった。

四式戦がラチエの電動式にしたのは、ピッチ変更範囲の広さと動作の速さを買ったためだという。ただ、安定して確実に動作できるようにするまでにはいろいろ苦労があったという。

どういう仕組みになっているかというと、ハブの部分に、プロペラ軸と一緒に回転するおもりが組み込んである。回転数が上がれば、遠心力が増すからおもりが外方に移動するし、回転数が下がれば逆になる。その動きを利用して、モーターのスイッチをオン/オフして、ピッチ変更用のモーターを動かしたり止めたりする。

これが能書き通りに機能するには、おもりがスムーズに動くことと、それによって押されるスイッチの動作が確実であることが求められたはずだ。もしもスイッチが接触不良を起こせば、ピッチを変えなければならないのに変わらない(あるいはその逆)、なんていうことも起こりうる。

ただし、電動式は電線を引っ張ってくれば済むので、油圧配管の油漏れ対策に腐心しなくても済む利点がある。

リバースピッチとフェザリング

その羽根のピッチを変えるメカニズムは、速度変化に対応するだけでなく、さまざまな出番がある。

例えば、飛行中にエンジンが停止した時。その際に羽根にピッチがついたままだと、抵抗が大きくなって行き脚が落ちてしまう。そこで、エンジンが停止した時は、羽根がなるべく前後軸線と平行になる角度までピッチを減らす。これをフェザリングという。

駐機している時のATR42-600のプロペラ。こうしてアップで見てみると、意外と複雑な形状をしている様子が見て取れる。そして、羽根の向きが機体の前後方向に沿っている様子もわかる。フェザリングとは、飛行中にこの角度に設定する操作のこと

さらにそれを推し進めて、羽根の迎角がマイナスになるところまでピッチを動かすと、推進力は後ろ向きではなく前向きに発生する。これをリバースピッチというが、得られる結果はジェット・エンジンの逆噴射と同じ。用途も同じで、着陸の際に接地した後の減速手段だ。

ただし、リバースピッチを可能にするには、ピッチ角の可変範囲を大きくとる必要があるから、メカが複雑になり、おそらくは場所もとる。だから、リバースピッチは諦めて、真横に近い角度に留める方法もある。これをウィンドミルというが、逆推力には至らないまでも、抵抗を増やして行き脚を落とす効果はある。

余談だが、艦船のスクリュープロペラでも可変ピッチプロペラを使う場合がある。こうすると、推進軸の回転方向を変えずに前進したり後進したりできるし、ピッチの調整によって速度の加減もできる。