飛行機の運用環境は厳しい。温度変化ひとつとってもそうで、例えば真冬の北海道と真夏の沖縄では気温の開きが50度ぐらいになる。それどころか、成層圏まで上昇すれば外気温は氷点下50度を下回る。もちろん、それに耐えられるように設計するが、設計するだけでなく、確認もしなければいけない。

寒いところと暑いところで試験

だから、新しい機体を開発する際には試験の一環として、試作機を寒いところに持って行ったり、暑いところに持って行ったりする。

例えば、真冬のカナダ北部やアラスカ、シベリアあたりに持って行けば寒冷地試験ができる。単に「気温が低いところでも問題なく機能するか」という試験だけでなく、凍結した滑走路、胴体や翼面への降積雪に着氷、といったところも問題になるので、試験の項目に挙げられる。

では、暑いところはどうか。気温が高いということなら、中東の砂漠地帯にある国に持って行くことがよくある。気温が高い上に粉塵も問題になるから、これもテストできる。高温多湿の環境が欲しければ、東南アジアに持って行けばテストできそうだ。

ヘリコプターの場合、運用条件として最も厳しいのは、高温・高標高。気温が上がるとエンジンの出力が減ってしまうし、標高が上がれば空気の密度が下がる。その両方がそろった場所、例えばアフガニスタンはヘリコプターにとって厳しい試練の場になる。

ただ、こうやって実際にさまざまな環境に放り込もうとしても、「お天気次第」のところがある。飛行機以外の業界でも、「寒冷地試験をやろうとしたら気温が下がらなかった」とか「降雪試験をやりたいのに雪が降らない」とかいうことは起きている。

第一、テストをやるには「満たすべき要件」と「それに基づくテストケースの設定」が必要だ。「とりあえず、気温が低いところに持って行って飛ばしたけど、問題なかったのでオーケー」なんていう雑な試験では許容できない。設定した条件通りの環境を用意して、条件を満たせるかどうかの確認をすべてこなさなければならない。

世界各地の気象環境を再現する施設

すると、人工的にさまざまな気象環境を再現できる施設が欲しい、という話になる。

そんな施設の一例が、アメリカのフロリダ州、エグリン空軍基地内にある「マッキンリー極限気候研究所」(MCL : McKinley Climactic Laboratory)。ここには実機が収まる巨大な格納庫があって、その中でさまざまな気象条件を再現できる。最近の機体だと、F-35も三菱スペースジェットもエアバスA350もホンダジェットも、ここで環境試験をやっている。

  • マッキンリー極限気候研究所の試験用格納庫に収まった、C-5Mスーパーギャラクシーの実機(!)。華氏で-65~+165度(摂氏で-54~74度)の範囲を再現できるそうだ 写真:USAF

もちろん、ここでテストするだけでオーケーというわけではなくて、実際には寒い現場や暑い現場に持って行くことも必要になる。それに、マッキンリー極限気候研究所では機体は静止した状態だから、「氷結した滑走路での離着陸」なんていうテストはできない。とはいえ、ベースとなる試験を行うには、こういう施設が必要になる理屈である。

マッキンリー極限気候研究所ではF-35の環境試験を実施したが、それを紹介する動画をロッキード・マーティンが配信していたので、紹介する。

  • 寒冷地試験のために、アラスカ中部、フェアバンクス近くのエイルソン空軍基地に持ち込まれたF-35A 写真:USAF

機体の試験だけとは限らない

ここまで書いてきたのは、完成した機体をテストするための環境、あるいは施設の話。しかし実際には、個別の搭載機器やコンポーネントも同様に、環境試験を必要とすることがある。

分かりやすいところでは、エンジンがある。地上で、静止した状態で運転しただけで「これでオーケー」とは行かない。寒くて気圧が低い高高度でも、暑い砂漠のど真ん中でも、ちゃんと動いてくれないと困る。だから、エンジンも機体と同様に環境試験のための施設を必要とする。

また、エンジンは何か余計なものを吸い込む可能性があるから、それもテストしなければならない。そこで、氷を撃ち込むテストや、鳥を撃ち込むテストもしている。もちろん、これらも満たすべき要件が定められていて、例えば氷や鳥の質量が決められている。操縦席の窓も、鳥などがぶつかる可能性があるので、これまた同様に現物を撃ち込んでテストする必要がある。

外部に露出するものでなくても、環境が地上と異なる場合は試験が必要になる。たとえ機内に設置する機器類がそれだ。高高度を巡航している時の機内は一般的に、標高2,400メートル程度に相当する気圧だから、そこで正常に機能してくれないと困る。

いずれにしても、テストをするためには相応の施設を用意しなければならない。小規模なものなら自前で用意できるにしても、エンジンや実機のような大物が入る施設になると話は違う。

そういう施設を保有・運用できる国は限られているから、それが手元になければ、他国の施設を借りてテストしなければならない。その辺の詳しい話は次回に取り上げる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。