川崎重工は2020年10月6日に、北海道の大樹町多目的航空公園で実施した、無人複合型ヘリコプター「K-RACER」の飛行試験について発表した。なお、K-RACERはKawasaki Researching Autonomic Compound to Exceed Rotorcraftの略だそうだ。

参考 : 川崎重工のプレスリリース

参考 : 川崎重工が公開した動画

複合型ヘリコプターの別形態

本連載では第57回で、複合型ヘリコプターの例としてシコルスキーの実証機「X2」と、ユーロコプター(現エアバス・ヘリコプターズ)の「X3」(「えっくす・きゅーぶど」と読む)を採り上げたことがある。

複合型ヘリコプターは、通常型のヘリコプターでは不可避の課題であるローター失速の問題を解決して、高速化を図るのが狙い。メイン・ローターに代わって揚力を生み出すための主翼と、メイン・ローターに代わって推進力を生み出すためのプロペラを備えるところは、シコルスキーの実証機「X2」とユーロコプター(現エアバス・ヘリコプターズ)の「X3」のいずれにも共通している。

  • シコルスキーの実証機「X2」のデモンストレーター。X2にはロッキードマーティンのテクノロジーが用いられている 写真:米ロッキードマーティン

    シコルスキーの実証機「X2」のデモンストレーター。X2にはロッキードマーティンのテクノロジーが用いられている 写真:米ロッキードマーティン

  • エアバス・ヘリコプターズの複合型ヘリコプター「X3」のデモンストレーター 写真:エアバス・ヘリコプターズ

    エアバス・ヘリコプターズの複合型ヘリコプター「X3」のデモンストレーター 写真:エアバス・ヘリコプターズ

ただし「X2」と「X3」では機体の形態に違いがあった。「X2」は反トルク対策として二重反転ローターを採用しており、推進用のプロペラは尾部に備えている。一方、「X3」はシングル・ローターで、機体の左右に張り出した主翼の先端に1つずつ、合計2基の推進用プロペラを備えている。

複合型ヘリコプターは、低速になると通常のヘリコプターと同様に機能する。だからローターの反トルクに対処する仕掛けも必要になるのだが、「X2」は二重反転ローターで対処した。それに対して「X3」は左右にある推進用プロペラを利用している。普通の固定翼機なら、左右のエンジンの出力を同調させなければまっすぐ飛べない。しかし複合型ヘリコプターは事情が異なり、ヘリコプター・モードにおいて、意図的に左右のプロペラの推進力に差をつければ、反トルクを打ち消すことができる。

そして川崎重工の「K-RACER」は、「X3」と同じレイアウトをとっている。ただしこちらは無人機で、有人機を転用した「X3」よりもずっと小さい。人が乗っていないから低リスクだし、安上がりにもできる。エンジンは自社のバイク「Ninja H2R」のスーパーチャージャー付きエンジンを利用しているそうで。この辺は手持ちの資源を上手に利用している。

調べてみたら、4サイクルでDOHC・4バルブ・4気筒、排気量998ccで、遠心式スーパーチャージャーを加勢させて最高出力228kW(310PS)を14,000rpmで発生するという。回転数が高いから、減速ギアボックスで一気に回転を下げないといけないが、その辺の事情はターボシャフト・エンジンも大同小異だ。

複合型ヘリコプターのどこがキモ?

といったところで、複合型ヘリコプターで「キモ」になるのはどの部分だろうか、ということを考えてみた。

まず、離着陸時と低速飛行時はヘリコプターとして機能する。これはよい。問題は、速度が上がったときの遷移にあるのではないだろうか。

速度が上がるにつれて、主翼(「K-RACER」や「X3」)または二重反転ローター(「X2」)が揚力を発生し始める。ただしその際に、メイン・ローターの回転数を落としていく必要がある。これは揚力がらみの話で、「異なるふたつの揚力発生源の間で、スムーズに遷移させる」という課題になる。

推進力についても、メイン・ローターで推進力を発生させていたものが、速度が上がると今度は、推進用プロペラで推進力を発生させることになる。こちらもやはり、「異なるふたつの推進力発生源の間で、スムーズに遷移させる」という課題になる。

さらに「K-RACER」や「X3」の場合、低速では左右の推進用プロペラが発生する推進力に差をつけて、メイン・ローターに起因する反トルクを打ち消す必要がある。ところが、速度が上がった時にメイン・ローターから発生する反トルクが減った場合は、それに合わせて差分を減らしていかなければならない。もしも反トルクが発生しなくなった場合は、左右の推進⽤プロペラが発⽣する推進⼒を同調させる必要がある。

つまり、メイン・ローターと推進用プロペラが発生する推進力の調整を円滑に、破綻がないように実現する必要があるわけで、これはすべてを一括してコンピュータが総合的に制御しなければ無理な相談であろう。

なお、メイン・ローターにしても推進用プロペラにしても、単純に回転数の上げ下げでコントロールしているわけではない。回転数は一定範囲内に保ちつつピッチ制御によってコントロールしているから、それを的確にやらなければならない。もっとも、これは手動でやろうがコンピュータ制御でやろうが同じことである。

手動とコンピュータ制御の違いが出るのは、「調和をとりながら制御するプロセスを間違いなく行えるかどうか」の部分であろう。この「遷移飛行における制御の難しさ」という話は、ことにVTOL(Vertical Take-Off and Landing)機においてはつきものだ。なにも複合型ヘリコプターに限った話ではない。

例えば、ジェット・エンジンに推力偏向装置を組み合わせた、ロールス・ロイス製のペガサス・エンジン(ハリアーのエンジンである)。推力偏向ノズルの向きを変える操作とエンジン推力を加減する操作の調和がとれていないと、遷移飛行ができなくなる。ハリアーを開発した時代には、それを手動でやるしかなかったが、今ならF-35Bみたいにコンピュータ制御にできるので、操縦操作はとても楽になった。コンピュータ様々である。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。